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公開:2000年
監督:Boaz Yakin
地域:ヴァージニア州
出演:Denzel Washington、 Will Patton、Ryan Hurst、Wood Harrisほか
範疇:実話もの/スポーツ/高校フットボール/コーチ/人種問題/陰謀
私の評価 : ☆☆☆
【Part 1】
この映画に関する2001年執筆のリヴューは、VHS視聴後の簡潔なものでした。今回、DVDによって本編とそのSpecial Featuresを視聴し、全面的改稿・増補を行ないました。
この映画の舞台であるヴァージニア州は、地理的には“南部”とは云えないぐらい北方の州ですが、南北戦争では合衆国を脱退して南軍に入りしましたし、この映画に描かれているように白人の人種偏見も強い土地柄でした。
1954年に「公教育の場の人種差別を撤廃せよ」という最高裁判決があったにもかかわらず、南部の公立の小・中・高ではなかなか人種統合が進みませんでした。ヴァージニア州の小さな町Alexandria(アレクサンドリア)でも白人父兄の黒人蔑視は根強かったのですが、政府の方針も無視出来ず、1971年の新学期に三つの高校を併合し、T.C. Williams高校として人種統合による教育を行なうことになりました。その高校のフットボール・チームの選手たちとコーチ双方にも人種問題が降り掛かって来ます。その印象的なワン・シーズンを描いた、事実に基づく物語。
1971年。この町には人情に厚い白人のフットボール・コーチWill Patton(ウィル・パットン)がおり、彼を信頼する選手が多かった。ラインバッカーとしてこの地域唯一のオール・アメリカンに選ばれている選手のRyan Hurst(ライアン・ハースト)もその一人。選手たちの多くは人種統合によってポジションを黒人たちに奪われるのではないかと心配していた。
コーチの控え室にDenzel Washington(デンゼル・ワシントン)がやって来て、「T.C. Williams高校のアシスタント・コーチとして雇われた」と云う。Will Pattonを初め白人たちが驚く。もっと驚いたことには、高校の評議委員会がDenzel Washingtonをヘッド・コーチに任命したことだった。自分がヘッド・コーチに就任するつもりだったWill Pattonと彼の九歳になる娘はショックを受け、「不公平だ」とその決定を恨む。
Denzel Washingtonは単に黒人であるという理由でヘッド・コーチになるのは嫌だった。しかし、黒人有力者が「この町の黒人たちには、現在恥辱と絶望しかない。あんたが彼らの希望の星となるのだ」と説得したことと、彼の家の前に集まって来た黒人たちから祝福を受けたことによって、ヘッド・コーチ就任を決意する。
Denzel WashingtonはWill Pattonの家を訪ね、「ディフェンス・コーディネーターとしてアシスタント・コーチになってくれ。いい選手であれば黒人も白人も依怙贔屓しないで登用する」と云うが、Will Pattonは拒否する。
Will Pattonを囲んでフットボール選手と父兄の会合が開かれた。Will Pattonが他校のヘッド・コーチとして引っ越すと云うと、多くの選手たちが「ボクも転校してコーチの元でプレイする」と云う。しかし、Will Pattonは、転校して他校でプレイ出来るような能力がある選手はごく一部であることを知っていた。選手たちに子供の頃からフットボールを教えて来たWill Pattonは、生徒たちのために留まってDenzel Washingtonの下で働くことを決意する。
フットボール・チームは二週間の予定でGettysburg(ゲティスバーグ)の高校に向かう。黒人・白人で別れてバスに乗ろうとする選手たちを、Denzel Washingtonは「オフェンス・チームは前のバス、ディフェンス・チームは後ろのバスに乗れ」と命ずる。白人・黒人を混ぜこぜにする方策だった。彼はキャンプの間に、「毎日人種の異なる仲間一人一人と話し、家族のことや好き嫌いについて学べ。これが守られない場合は練習量を増やす」と宣言する。彼は夜明け前に選手全員を叩き起こし、自らのリードでマラソンを始める。着いたところは南北戦争最後の激戦地のGettysburgの墓地であった。「ここで50,000人の兵士が死んだ。戦争は終った。しかし、おれたちはまだ同じ闘いを続けている。もうそれを終らせる時だと思わないか?」と彼は全員に問いかける。
白人選手の中に、明らかに黒人選手のプレイに協力しない連中がいた。ディフェンスの優秀な黒人選手Wood Harris(ウッド・ハリス)は、キャプテンである白人選手Ryan Hurstに意見する。白人選手の黒人選手を蹴落とそうという企みを知っていたRyan Hurstはドッキリし、そういう企みを止めさせることにする。Ryan HurstとWood Harrisの間に友情が芽生える。次第にTitansは人種の壁を乗り越えて一体になる。
九月、人種統合されたT.C. Williams高校の新学期が始まる。白人父兄たちは「人種統合反対」のプラカードを掲げ、登校する黒人生徒たちを罵る。生徒たちも黒人と白人に別れて緊張している。Ryan HurstはガールフレンドをWood Harrisに紹介するが、娘はWood Harrisの差し出した手を無視して去る。町の緊張状態は高校の評議委員会にも影響した。黒人有力者はDenzel Washingtonに「評議委員会はあんたが一試合でも負ければ馘にすることを決定した」と伝える。
新生Titansの初の試合。試合前にDenzel Washingtonは緊張のあまり吐く。彼は選手たちに「相手校に人種の悩みはない。おれたちにはそれがある。しかし、おれたちはキャンプを通じてそれを乗り越えて来た。ギリシア神話のTitansは神より優れた絶対権力を持って宇宙を支配していた。今夜の競技場がおれたちの宇宙だ。ギリシアのTitansのように競技場をしようじゃないか!」と檄を飛ばす。
Titansは勝った。しかし、まだ町の人種差別は止まず、レストランは黒人・白人入り交じった選手たちを追い出す。高校内でも黒人選手が白人女生徒と話すと白人男子たちが暴力で襲いかかったりする。Denzel Washingtonの家に煉瓦が投げ込まれる。
三試合目も勝利し、その後Titansは連戦連勝する。次第に町の雰囲気も変わり、レストランも黒人選手を受け入れるようになった。キャプテンRyan Hurstは、黒人のプレイに協力しない選手を辞めさせる。
Will Pattonを囲む父兄の集会が開かれる。父兄のリーダーが「Denzel Washingtonを追い出して、Will Pattonをヘッド・コーチにしよう!」と呼びかけ、みんなが拍手する。
ヴァージニア北部選手権試合が迫って来る。これに勝てば州選手権を争う最後の試合が待っている。町の有力者たちはレフェリ−を買収してまで、Titansをこの試合で負けさせ、Will Pattonを昇格させようと目論む。そうなれば、Will Pattonにとっても念願の「州高校フットボール名誉の殿堂」入り出来るチャンスが訪れるのだ…。
Disney(ディズニィ)が共同製作になっていますが、お子様向けの内容ではなく、白人コーチと黒人コーチのライヴァル意識や相互の不信感、人種差別や町の有力者たちの策謀なども描かれた大人の鑑賞にも耐えられる映画になっています。日本人にとってフットボールは馴染みのないゲームですが、ルールなど知らなくても楽しむことが出来ます。
Denzel Washingtonはいつもの穏やかで冷静な役ではなく、骨のある厳しいコーチを演じます。「民主主義ではなく、独裁制を布(し)く」と宣言し、ミスを冒した選手には毒づいたりします。これは彼の役のモデルが実際にそういう人物だったからだそうです。人種差別を克服して勝利への道を歩まなければならないのですから、物分りがいい態度をとってもいられなかったでしょうが。
白人コーチを演ずるWill Pattonは、やや演技が一本調子の嫌いはありますが、Denzel Washingtonと渡り合い、次第にDenzel Washingtonの“教育方針”を理解し、協力者となって行く人柄を渋く演じています。
Will Pattonの娘はWill Pattonの正義感を甦らせる重要な役を担っています。初公開時に見た時はこの娘の言動が可愛くないように思えたのですが、父親を尊敬し、父親とフットボールを熱狂的に愛している少女なんですね。だから、父の座を奪ったDenzel Washingtonを憎んだりするわけです。キャンプの厳しいトレーニングの成果についてDenzel Washingtonの方針を褒めたり、映画の中盤ではDenzel Washingtonの家に泊まりに来たり…と、可愛いところも充分あるのでした。
選手役の若者たちも全て所を得た感じでよく演(や)っています。特にキャプテンを演じたRyan Hurstは表情の演技が巧みで、一本調子のWill Pattonを凌いでいると云っても過言ではありません。モデルは特にない架空の人物を演じている俳優たちが何人かいますが、Ryan Gosling(ライアン・ゴズリング)もその一人。彼はこの映画の四年後に"The Notebook'『きみに読む物語』(2004)の主役を射止めました。
Titansの選手達は入場する時の振り付けを自分達で考え、実行します。白も黒もなくなった彼等の一致団結の象徴です。大向こう受けを狙っただけのパフォーマンスではなく、彼等の誇りと喜びが噴出したアクションと解釈出来るでしょう。
オリジナル脚本には数多くの卑語や罵りの言葉が詰め込まれていたそうです。Disneyは家族向けの健全な映画を提供する会社なので、この物語の映画化を思い立った共同製作者のJerry Bruckheimer(ジェリィ・ブラッカイマー)に、それらの耳障りな言葉の削除を要請したそうです。
この映画のフットボール・シーンはよく撮れています。適切なサイズのダイナミックな構図で、どのフットボール映画もこのように撮ってほしいと思うほどです。
いい映画ですが、あくまでもアメリカ流センチメンタリズム(=ヒューマニズム)が土台になっていることはお伝えしなければなりません。私はアメリカ流センチメンタリズムが好きなので、白人と黒人の間に芽生える友情、町の人々の意識の変化、自分の利益よりも正義を貫く…というようなストーリイに弱いのです。普通なら絵空事でしょうが、このTitansに限っては彼等が達成したことは歴史に残る事実ですから、多少綺麗ごととして描かれていても、やはり背筋がゾクゾクします。
この物語は全く“映画みたいに”出来過ぎなのですが、実話はもっと出来過ぎだったようです。それはPart 2にて…。
(January 05, 2011)
【人種問題関連】
・The Defiant Ones『手錠のまゝの脱獄』 (1958)
・To Kill a Mockingbird『アラバマ物語』 (1962)
・Black Like Me(未公開)(1964)
・In the Heat of the Night『夜の大捜査線』 (1967)
・A Soldier's Story『ソルジャー・ストーリー』 (1984)
・Sudie and Simpson(未公開)(1990)
・The Tuskegee Airmen『ブラインド・ヒル』 (1995)
・A Family Thing『ファミリー/再会のとき』 (1996)
・Once Upon a Time...When We Were Colored(未公開) (1996)
・Nightjohn(未公開)(1996)
・Miss Evers' Boys(未公開)(1997)
・Rosewood『ローズウッド』 (1997)
Poster shown above is a courtesy of Nostalgia Factory.
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