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[文法・表現]

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[・] 命令形が失礼でない場合

TVのアナウンサーやインタヴューをする人は,相手が有名人であろうとなかろうと、"Tell us about..."とか、"Show us..."などと云います。"please"を付けません。

これは「ウン千万の視聴者の代表として尋ねているんだ」という大義名分によるものでしょう。"Tell me..."というとアナウンサー個人の頼みになってしまいますが、"Tell us..."と複数(=放送局=視聴者)になっているのがミソです。

相手のためにいいことを祈る場合も命令形が失礼ではありません。"Have a nice day!"のように。この例は沢山ありますね。"Get well soon!"【病人に】(早く良くなって)とか、"Drive safe!(安全運転でね!)とか。【"Drive safely!"じゃないの?と思われた方は、下の方の「動詞+形容詞?」を御覧下さい】

あるゴルフのTV中継(チャリティのための半分遊びのようなトーナメント)で、女性プロ・ゴルファーのAnnika Sorenstam(アニカ・ソレンスタム)にフェアウェイでインタヴューした女性アナウンサーが、感謝の言葉の後"Go make that putt!"(あのパットを成功させなさい!)と云いました。これも"Have a nice day!"と同じ趣旨の命令形であって、別に世界一流のプロを見下しているわけではありません。

ところで、"Have a nice day!"は有名ですが、"Have a good evening!"や"Have a nice night!"とも云うのを御存知ですか?午後3時過ぎくらいになると"Have a good evening!"、午後5時過ぎですと"Have a nice night!"と変化します。初めて聞くとびっくりしますが、もう一日も終ろうとしているのですから、これが正しいことに納得させられます。

"Have a beautiful day!"というのも何度か聞いたことがあります。大規模食料品店のレジ係の台詞としてはキザに聞こえるかも知れませんが、"What a nice day!"と云うと"Beautuful day!"と“訂正”されるような国ですし、ゴルフのショットにも"Beautiful!"という褒め言葉を気軽に発する国民なので、"beautiful"が出て来ても驚くほどのことではないのです。

(April 30, 2008)

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[・] 性別

'Out of Sight'『アウト・オブ・サイト 』(1998)という映画を観ていたら、次のようなやりとりが出て来ました。

白人女性:"You say your dog was killed?"(犬が死んだんですって?)
黒人女性:"Got run over by a car."(車に轢かれたのよ)
白人女性:"What'd you call him?"(彼、何て名前だったの?)
黒人女性:"Was a she. Named Tuffy.(彼女よ。タフィって名前)

"Was a she."は"It was a she."でしょうが、"a she"という表現が珍しい。"It was a female."を云い替えただけなんでしょうけど。

犬や猫の性別を聞く時には何のためらいもなく"Is it male or female?"と"it"を使えますが、人間の赤ちゃんはどうでしょう?"it"が使えれば"is it she or he?"と云えますが、動物や物ではないので"it"を使うのはまずいです。

五人ほどの中・高年男女アメリカ人が集まったパーティで、みんなにこの問題について聞いてみました。彼らも性別不詳の赤ちゃんの時は「可愛いわね」と云うのに困るそうです。日本語は「可愛いわね」で済むので問題ないのですが、英語の場合"He's cute!"あるいは"She's cute!"と主語の性をハッキリしなければなりません。もちろん、単に"Cute!"とだけ云うことは可能ですが、その赤ちゃんの話題が続くとすれば、いつかは男か女かハッキリさせないといけません。親(あるいは保護者)が話の中でheかsheを特定してくれるのを、耳をそばだてて待つのも一案(しかし、性別の判別がつかない名前で呼ばれたら駄目です。例えば、Tiger Woodsの娘の名前はSam)。何人かのアメリカ人は「どっち?」と単刀直入に聞いちゃうと云ってました。

赤ん坊の場合、男の子を女の子と間違えるのは許されるとしても、女の子を男の子と間違えるのは「あまり可愛くないと思ってるな?」と勘ぐられそうです。これは上のパーティ参加者も同意してくれました。"What a cute baby, she is!"などと探りを入れて、"This is he."と訂正して来るかどうか様子を見るテもありますね。

(April 10, 2008)

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[・] 電子メール

『英語の冒険・正篇』の「単数・複数」(文法・表現)で、私は「'letter'が封筒に入った手紙であり一通、二通と数えられるのに対し、『郵便』を表す'mail'は抽象的な概念なので不可算名詞となっているが、'E-letter'という言葉が存在しない以上、電子メール(E-mail)は現実的に数えられる名詞に変貌せざるを得ない」と書きました。それを執筆した当時(2,000年)はまだ過渡期だったようで、"E-mails"あるいは"e-mails"という表現に出会うのは珍しい感じでした。

最近、Angelina Jolie(アンジェリーナ・ジョリー)主演のアメリカ映画'Mighty Heart'『マイティ・ハート/愛と絆』(2007年)という映画を観ていましたら、ジャーナリストの台詞として"e-mails"という言葉(複数)が出て来ました。字幕でも確認しましたから間違いありません。

驚いてGoogleの「フレーズ検索」で"e-mails"を調べると、何と65,700,000件もヒットしました(フレーズ検索だと単数の"e-mail"は含まれない)。念のため、「言語」の設定を「英語」だけに絞って同様の検索をすると、数字は大分少なくなって4,410,000件となりました。それでも多いですが、この数字は英語を用いたホームページであって、英語圏のみというわけではありません。そこで「対象国」をアメリカ合衆国だけにして検索すると1,700,000件、イギリスだけだと407,000件、合わせると2,107,000件という数字になりました(いずれも2008年2月末現在)。

アメリカのウェブサイトで"e-mails"を使っている主なところは、
・Microsoft "Recognize phishing scams and fraudulent e-mails"(http://www.microsoft.com/athome/security/email/phishing.mspx?ifs=0)
・CNN "E-mails 'hurt IQ more than pot'"(http://www.cnn.com/2005/WORLD/europe/04/22/text.iq/)
・Washington Post "Editorials: Those Missing E-Mails"(http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2008/02/10/AR2008021001918.html)
・Internal Revenue Service "Suspicious e-Mails and Identity Theft"(http://www.irs.gov/newsroom/article/0,,id=155682,00.html)
…という具合。最後のInternal Revenue Service(通称IRS)は「国税庁」です。

官庁、マスコミ大手まで"E-mails"と書くようになったということは、もう「電子メールは可算名詞」に変貌を遂げたと云えそうです。

(March 01, 2008)

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[・] 勝ったのか負けたのか?

ゴルフ好きの友人Jack(ジャック)が、ある日のチーム対抗の賭けラウンドの結果について下のようにメールして来ました。チームを構成した人名が並んでいますが、ここではA、B、C等と略記します。

"Me, A and B got beat by C, D and E."

私はさーっと目を通しながら、"beat"が先に来ているのでJackのチームが勝ったのだろうと、"Congratulations!"という返事の文を考え始めました。正直に云って私は上のような構文に慣れておらず、"got"と"beat"の関係がよく解りませんでした。ふと、"by"が目に止まりました。Jackのチームが勝ったのなら相手チームの前に"by"が付く筈はありません。「負けたのか!?」負けた人に"Congratulations!"というメッセージを送ったら一大事です。友情にヒビが入る恐れがあります。

返事の文案を考えるのは中断し、"got beat"という表現について調べ始めました。私が持っているどの辞書にも(英英辞典にも)出ていません。で、インターネットで調べました。http://forum.wordreference.com/showthread.php?t=39440 に「Is it "got beat" or "got beaten"?」という議論が掲載されていました。

質問者は外国の英語学習者のようで、大勢のアメリカ人がそれに答えています。要約すると、
・"got beat"も"got beaten"も文法的に正しくない。負けたのなら"we lost"か"We were beaten"と表現するのが一番。
・アメリカ英語では過去分詞を過去形で代用する表現が(不幸にも)普通になりつつある。
・"got beat"は日常的に使われており、よく耳にする。
・"got beat"は黒人、それもプロ・スポーツの連中がよく使う。御存知のように、彼らは奨学金を貰ってスポーツ三昧で授業に出ていないのが普通だ。
・おれは大学スポーツやってたが、ちゃんと授業に出てたぜ。でもって、"got beat"を使う。
・黒人とは限らん。白人スポーツマンも"got beat"をよく使う。

要するにJackは負けたんですね。で、辞書に載っていないも道理、これは最近になって使われ出した表現のようです。"We were beaten"か"We were defeated"、あるいは上にあるように"We lost"と書いてくれれば私が悩むこともなく、友情の危機も浮上しなかったのです。人騒がせなアメリカ英語です。

(February 10, 2008)

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[・] カンマの後の関係代名詞

私が普通に関係代名詞を含む文章を書き、こちらのアメリカ人に添削を頼んだら、関係代名詞の前にカンマを打たれたことが数回あります。私は中学・高校と英文法学習をさぼっていたため、実際には関係代名詞の正しい用法を知らずに使っていたようです。

最近"I bought a new book, which was good."というような表現をよく見掛け、自分でも使おうと思いました。この場合、関係代名詞の前のカンマが重要な要素であることは推測出来ますが、よくその実態が分からない。生兵法は大怪我のもとなので先ず色々調べなくてはなりませんでした。今回の話題は真面目に勉強されている方には当たり前のことであって、別に珍しい知識が得られるものではありません。

この「カンマ+関係代名詞」は関係代名詞の「継続用法」とか「連結用法」、「非限定用法」、「非制限用法」などと様々に呼ばれているものです(筆者によって異なる)。カンマが先に無い関係代名詞は先行する名詞がどういうものかを修飾・限定します。「私が失くしたナイフ」、「私が壊した皿」、「芥川賞に選ばれた小説」など、どこにでも転がっている一般的なナイフや皿、小説ではないことを示します。そこで「限定(制限)する関係代名詞」と呼ばれるわけです。

「カンマ+関係代名詞」は先行する名詞を修飾するわけではなく、"I bought a new book, which was good."の場合なら"I bought a new book and it was good."と書き換えられるものです。つまり二つの文節を継続・連結しているわけですね。この用法は「関係代名詞の前で必ずカンマを打つ」のが原則です。

逆に云えば、カンマのある無しで意味が変わってしまうので要注意です。『実例英文法』(オックスフォード大学出版局刊)に次のような例が載っています。
1. The wine which was in the celler was ruined.(地下室にあったワインは駄目になった)
2. The wine, which was in the celler, was ruined.(ワインは地下室にあったので、駄目になった)
上の1の場合は地下室以外の場所にあったワインはOKで、2では全てのワインが地下室にあって全滅したという意味になるわけです。

なお、"I bought a new book, which was good."のように動詞の目的語に続く継続・連結の関係代名詞や、"I passed the letter to Peter, who was sitting beside me."のように前置詞+名詞の後に来る継続・連結の関係代名詞は会話でもよく聞かれるものの、一般的には書き言葉の範疇だそうです。

「カンマ+関係代名詞」と総称して来ましたが、《この継続・連結用法ではthatは絶対に使われない》そうです。これも要注意です。

(December 30, 2007)

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[・] by night

最近、姉妹サイト『アメリカ映画・南部もの映画大全集』のために'They Live by Night'『夜の人々』(1948)という映画を観ました。脱獄囚で銀行強盗の罪も重ねてしまい、夜間のみ妻と車で移動する男の物語。「夜に生活する人々」なら"at night"でよさそうなのに、なぜ"by night"なのか?と思いました。そこへ、'He Walked by night'『夜歩く男』(1948)という映画がTVで放送されるという予定を目にしました。これも追われる殺人犯のお話。またもや"by night"です。

お恥ずかしいのですが、"by night"については十数年前に調べておくべきだったのに、私はずっと怠っていました。私がコンピュータ用の冗談アドヴェンチャー・ゲームを作った時、カミさんと一緒に英語版も作成したのです。中に登場する「クロネコやまと」の貨物輸送機の会社を、英米人用に新しく命名しなくてはなりません。カミさんのアイデアで"Fly by Night Air"という会社名にしました。彼女の説明では、「いかがわしく、信用出来ない会社を"Fly by Night"と云うのだとのことでした。「クロネコ」は信用出来ますが、私の冗談ゲームの会社はうさんくさい会社でいいのです。トラックではなく飛行機の絵につけるコメントでしたから、"fly"という語感もぴったりでした。しかし、なぜ"by night"なのか、いささか引っ掛かりながらも、私は調べることをしませんでした。

今回、先ずその"fly by night"を調べました。'Word and Phrase Origins' by Robert Hendrickson(Checkmark Books, 1997)によれば、"Fly-by-night"の語源は「夜、箒に跨がって飛ぶ魔女」なのだそうです。それが19世紀になって、商売のために夜間にあちこち飛び回る人、特にペテン師を指すようになったとのこと。不良品を売りつけておいて、夜逃げしちゃうイメージですね。

それはいいとして、「なぜ"by"なのか?」という疑問がまだ残っています。『研究社英和中辞典』の"by"の項を頭から見て行くと、「…のうちに」、「…の間は」とあり、【byの後ろの名詞は無冠詞】となっています。これですね!例文は"I work by day and study by night"(昼は働き、夜は勉強する)というもの。"live by night"は「夜間に生活する」、'walk by night'は「夜間に歩く」ということになります。

『研究社英和中辞典』の"by"の「成句:by night」には「夜に紛れて」とあり、例文に"attack an enemy by night"(夜陰に乗じて敵を攻撃する)というのが出ています。'They Live by Night'の場合、「夜に紛れて生きる人々」というのがぴったりです。'He Walked by Night'も「夜に紛れて歩く男」が相応しい。

やっと解決しました。十数年経って果たした宿題でした。

(November 30, 2007)

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[・] 善悪を超えて

"for good"という慣用句はしょっちゅう目にしていましたが、ちゃんと調べることをしていませんでした。文脈から考えて、多分「充分に」程度のことだろうと推測していました。大間違いでした。

こちらの新聞のコラムの一つに健康相談があります。ローカル紙の記事ではなく、全国紙向けに書かれたものを転載しているようです。ある日の相談は「喫煙によって肺の中身は完全にダメージを受けるのか、それとも組織は再生・回復するものか?」というもので、医師の回答は「タバコの煙はその毒素によって肺の気胞を破壊してしまう。だから、禁煙するのなら若いうちである。25歳の女性が禁煙すれば、肺の機能を改善することが出来る」とあり、次のように続きます。

"In contrast, a 68 year-old, two-pack-a-day smoker probably will not improve upon discontinuation; the chronic damage is done for good, except that his risk for lung cancer might be reduced."

この場合の"for good"は、「chronic damage(長期にわたる損傷)が完了しているので」を形容しているわけですから、「善い」でも「良い」でもなく、「充分に」という程度でもなく、「徹底的に」という感じです。つまり、「68歳になるまで一日二箱の煙草を吸い続けて来た喫煙者の肺は、長期にわたって壊滅的ダメージを与えられているので、禁煙によって肺の機能を改善することは出来ない。禁煙してもせいぜい肺癌の危険を減らす程度に過ぎない」ということになります。

英英辞典を見ると、"for good"は"parmanently"、"forever"と同意義とあります。「充分に」などという生易しいものじゃなかったわけです。

"badly"という言葉もよく見たり聞いたりします。

"He wanted to win the tournment badly."

これも「善い悪い」とは無関係で、「とても」とか「是が非でも」という意味です。

(November 10, 2007)

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[・] 動詞+形容詞?

友人・知人を夜見送る時や、昼でも彼らが遠くに行くような場合、別れの言葉は「安全運転で、ね?」になります。動詞+副詞という組み合わせが正しいと教えられて来た私は"Drive safely."と云うのが常ですが、"Drive safe."(動詞+形容詞)という云い方もよく聞きます。文法的にDrive safe."はどういう扱いなのか?

ある日、例によってGoogleで「英語のみ」の「フレーズ検索」をしてみました。
1) "Drive safely" 738,000件
2) "Drive safe" 231,000件
3) "Safe drive" 98,300件
4) "Safety drive" 61,300件
これらは会話の文章に限られているわけではなく、「フレーズ検索」であっても何か他の名詞に連続している場合もあり、あくまでも使われている頻度の目安でしかありません。しかし、"Drive safe"が"Drive safely"の三割もあるのには驚きました。なお、後の二つは「安全運転」という標語みたいな感じであって、誰かに「安全運転しなさいよ」という語りかけるニュアンスは感じられませんので、これらはここでは無視します。

あるアメリカ人に聞くと、「もちろん、"Drive safely."が正しい。でも、南部人は副詞なんて知らないんだよ」と云いました。「副詞を知らない」はちょっと云い過ぎだと思います。アメリカでは副詞が来るべきところを形容詞で代用している用法がよく見られるのです。'Freedom Writers'『フリーダム・ライターズ』(2007)という映画を観ていましたら、カリフォーニア州の都会の高校の校長(白人)が、車で帰る父兄に"Drive safe."と云っていました。やはり、南部人だけが副詞を使わないのではなく、西海岸の教養人でさえ使わないこともあるわけです。

調べると、この形容詞を副詞的に使う用法は"flat adverb"(単純形副詞)と呼ばれ、イギリスにも例はあるものの特にアメリカで多く用いられているそうです。Wikipediaによれば、最も有名な"flat adverb"は以前アップル・コンピュータがキャンペーンのフレーズとして使った"Think Different"とのこと。これも本来なら"Think Differently"とすべきところを、"-ly"無しで"flat adverb"にしています。

『研究社 新英和中辞典第六版』には「"safe" [arrive, bring, come, keep などの後に補語として用いて]安全に、無事に」とあります。これだったのですね。形容詞の副詞用法もちゃんと市民権を得ていたのでした。

(October 20, 2007)

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[・] 信じる

私は二人のアメリカ青年に日本語を教えています。かねがね、私以外の日本人の日本語を聞かせたいと願っていたのですが、絶好の機会が訪れました。当市の70数歳の日本婦人のところへ30数歳の姪御さんが日本からやって来たのです。私はお二人が揃っているところで、私のアパートでの日本語教室へのゲスト出演をお願いし、了承されました。

一週間後の日曜午前、私が車で姪御さんを迎えに行きました。日本婦人は既に教会へ行って留守でした。姪御さんを囲んでアメリカ青年二人との自己紹介やら日本語による質疑応答、クイズなどを楽しんでいたところ、「コンコン」とドアがノックされました。日本婦人のお友達の日本婦人(やはり70数歳)が立っていました。姪御さんの伯母さんが「心配だから、どういう状況か見て来て」と強く(かなり強く)懇請し、この御婦人も色々忙しいのに仕方なくやって来たのだそうです。

われわれはマリファナ・パーティをやっていたわけではないし、朝っぱらから酒を呑んでいたわけでもありません。この記念すべき授業内容を記録すべく三脚に固定したデジタル・カメラで、一部始終を録画してさえいたのです(後に全員にDVDで配布)。姪御さんの伯母さんは私のリクエストを拒むと角が立つので渋々承諾したものの、何故か私を信用出来ずにスパイを放ったわけです。12〜16歳ぐらいの女の子であれば心配するのも解りますが、姪御さんは30数歳の立派な大人ですからね。私はびっくりしてしまいました。

この日のことについてカミさんに顛末を話しましたら、カミさんも呆れていました。私は、"The Japanese lady doesn't believe me."(あの御婦人は私を信じていないんだ)とこぼしました。すると、カミさんが"She doesn't trust you."(彼女はあなたを信用していない)と云い直しました。カミさんは私の英語の先生でしたからね。まだ教鞭を捨てていないのです。あるいは、進歩の無い私をやり込めるためか…。

そうなのでした。私は「信じる」="believe"と単純に置き換える間違いを冒しました。日本語でも「信じる」と「信用する」は異なります。「神の存在を信じる」であって「神の存在を信用する」とは云いません。お金を貸す場合に「あの人を信用する」のであって、オリンピックで優勝するだろうとか、組織のリーダーを評する際などには「あの人を信じる」です。かの日本婦人は私を“信用”していなかったので、ここでは"trust"を使うべきだったのです。

LDOCEを見ると、"believe"の最初の定義は"to consider to be true, honest, or real"(真実、正直、あるいは事実であるとみなす)となっています。"believe in"という熟語は1) "to think that (something) exists"で、例:"Do you believe in fairies?"(あなたは妖精の存在を信じますか?)、2) ”to have faith or trust in"には例:"Christians believe in Jesus."(キリスト教徒はイエスを信仰する)などが載っています。

"trust"の最初の定義は"to believe in the honesty and worth of (someone or something); have confidence in"となっていて、"Why did you lend him all that money?" "I trusted him."(「何故彼にあんなに金を貸したの?」「彼を信用したんだ」)とか"I don't trust his judgement."(彼の判断力を信頼しない)などの例が掲載されています。

アメリカの紙幣には"IN GOD WE TRUST"と印刷されて(コインには刻まれて)います。これは1814年に作詞されたアメリカ合衆国国歌の歌詞にある"...And this be our motto: 'In God is our trust.'"が起源と云われています。これは「神を信ずる」という趣旨であって、「神を信用する」ではなさそうですが、お金にこの文句があると“信用”というニュアンスも若干混じっているように思えます。事実、アメリカのお店の中には"In God we trust ― All others pay cash."という文句を表示しているところがあるそうです。これは「神様には信用貸しする(ツケで売る)が、そうでない者は現金で払え」という意味です。

(September 10, 2007)

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[・] 弘法(?)も筆の誤り

[Golf_Magazine]

写真を御覧下さい。大きな誤りがあります。これはアメリカで一、二を争うゴルフ雑誌'Golf Magazine'のAugust 2007号の記事の一部です。"What do you think?"と云って数人の教養あるアメリカ人にこれを見せましたが、誰も間違いに気づきませんでした。みな、下の記事の方に目を移してしまい、私が「問題は見出しだ」と云っても数分はどこが“問題”なのか分らず途方に暮れていました。

彼らは"a hour"という表現を見ても自動的に"an hour"と修正して読んでしまって、間違いを素通りしてしまうのです。日本人も、例えば「中国大便館」という文字を見てもさっと見て「中国大使館」と解釈して素通りします。多分、それと同じでしょう。逆に云えば、われわれの"a"と"an"の間違いも素通りされると考えて安心出来るのではないでしょうか:-)。

しかし、有名雑誌なら編集者がいて校閲者もいることでしょうに、こんな大間違いを印刷してしまうというのは信じられない思いです。

ある時、私のアメリカ人のゴルフ仲間二人から電子メールを貰ったのですが、そのどちらもが似たような過ちを冒していました。

われわれは四人の顔馴染みが二組に別れ、マッチプレイというゲームをしていました。そのラウンドの前後に勝敗に関する単語が頻繁にメールに出て来ました。

1) It was such a close match you hate to see anybody loose.
2) Old golfers never die; they just loose their balls.

それぞれ異なる人間が同じ時期にくれたメールです。二人とも"lose"(失う、負ける)と書くべきところを"loose"(緩い、締まりのない)と書いています。本当の意味は(1)が「どっちが負けても口惜しいような僅差のマッチプレイだった」で、(2)は「老ゴルファーは死なず。ただボールを失うのみ」(マカーサー元帥の言葉のもじり)です。"lose"の発音は「ルーズ」であり、"loose"は「ルース」ですから、発音通りにタイプしたわけでもありません。云い訳の出来ないミスです。

"loose"には「不正確な」という意味もありますから、この二人の間違いは"loose writing"と云えましょうか。アメリカに生まれ、英語を話し・書いて60数年も生きて来た連中でこれですからね。われわれ外国人が多少間違えても恥じることはさらさらないようです。

(July 20, 2007)

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[・] わざと文法を間違える

私じゃありませんよ。私は正確な英語を喋ったり書いたりしようと努力していて、なおかつ間違えるのです。

あるゴルフのラウンドで、先ず私の友人の一人Mike Reekie(マイク.リーキィ)が打ちました。見ていた私を含む三人が、Mikeのショットを"Good shot!"とか"Good ball!"とか褒めそやしました。次は私の番。これもいいショットだったので、Mikeは"Perfect!"(パーフェクト!)と云ってくれました。私は自分のショットに満足しながらも一寸照れくさくて、"Poifect?"(ポイフェクトかい?)と彼に云いました。

ついでですが、"poifect"は"pefect"のニューヨーク下町風発音です。もともとはアイルランドの発音で、アイルランドからアメリカに移民して来た人々の名残りというわけです。

Mikeは「あんたはBronx(ブロンクス、ニューヨークの低所得者中心の居住地区)育ちなのか?」と冗談を云いながらも、"Yeah, poifect."(そう、ポイフェクトだ)と頷きました。さて、三番手の男が、これまたいいショットを打ちました。Mikeは"More poifect!"と云いました。「完璧」よりさらに上だというわけです。四番目の男が、これもいい弾道のボールを打ちました。Mikeは褒め言葉に困ってしまい、"More poifecter!"と口走りました。"more"と比較級"-er"が同居することは本来あり得ないのですが、もう破れかぶれなのです。

日本人も"more better"などと間違いを承知でふざけた云い方をすることがありますが、「へえ、アメリカ人も同じようなことを云うんだ」と、ちょっとびっくりしました。ただし、それはMikeが詩を書いたりセミプロの舞台で俳優を務めたりする言葉遊びが好きなタイプなので、極めて特殊なケースに違いないと思いました。そうではありませんでした。その数日後の'Golfweek'という週刊誌に次のような記事が掲載されたのです。【文中のApplebyとはオーストラリア人のプロ・ゴルファーで、Mercedesとはメルセデス・ベンツがスポンサーとなっているトーナメントです。Robert Applebyはこのトーナメントに三年連続で優勝を果たしました】

Appleby said his first victory at the Mercedes was "great," the second "awesome" and this one—he apologized for the English—"more awesomer." 「Applebyはこのトーナメントに最初に優勝した時「凄い!」と云い、二年目の優勝を"awesome"(素晴らしい!)と云った。で、今年の優勝については、変な英語を詫びながら"more awesomer"と述べた」('Golfweek' January 14, 2006)

…ということは、われわれの"more better"風の冗談は(間違いであるのは当然ですが)、英語圏でも結構使われているということのようです。勿論、自分の子供がそういう表現をすれば、親としてはたしなめるでしょうけど。

(June 20, 2007)

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[・] 続・名前と職業

IBMのアメリカのTV CMに「ヘルプ・デスク」シリーズというのがありました。市民の抱える難問を解決するため意想外な場所(高速道路の真ん中とか、野原)にヘルプ・デスクが出現するというシチュエーション。

その一つが羊の牧草地のヘルプ・デスクで、数人の人々がデスクを囲んでいます。ヘルパーの女性が群がった人々の職業を「農民、デザイナー、織り手、バイヤー、運送業、小売業…」という風に並べ立て、解決策を与えます。彼女は妙な棒を持った正体不明の男に当惑気味に"Who are you?"と聞きます。男が「羊飼いだ」と答え、羊が「メエエーッ」と鳴くのがオチ。要するに羊飼いは助けを求めてやって来たのではなく、単なる野次馬だったというわけです。

いずれにしても、これで"Who are you?"が職業を聞いているということがハッキリしました。日本の英語本の「名前を聞く時は"Who are you?"で、職業を聞く時は"What are you?"である」というのは間違いだったわけです。

なお、'Common Mistakes in English'(by T.J. Fitikides, Longman, 1936、邦訳は『英語「誤」法ノート555』)に次のような箇所があります。

「Whatは職業を尋ねるのにも用いられる。
"What is your father?" "He is a lawer."」

古い本ですが、私が持っている原書は1963年発行の第五版で、邦訳は『英語コモンミステイクス500例』として1984年に発行されたものです。どちらにも上の例が掲載されています。2000年に第六版が出たそうですが、もうこの例が消えていることを祈ります。

ところで、Robert B. Parker(ロバート・B・パーカー)の小説'Hugger Mugger'(2000)には、
"You got a partner?"
"Yep."
"What's he do?"
"Ophthalmologist."
というやりとりがあります。"ophthalmologist"は「眼科医」です。問題は"What's he do?"です。"What's he do?"の「's」は何を略しているのか?"What does he do?"なら理解出来ますが、doesを「's」と略すことは出来ません。"What's he doing?"は職業を聞いているのでなく、「彼はいま何してるの?」という行動に対する質問です。カミさんに聞きましたら「しょっちゅうこういう風に云うけど、文法的には知らないわ。私たちは文法に則って喋っているわけじゃないし」との答えでした。元高校英語教師Diane(ダイアン)も、「その云い廻しはよく聞くけど、文法的にはおかしい」と云っていました。Robert B. Parkerの私立探偵Spenserシリーズは、現代の都会人たち(白人、黒人、中年、青少年)の口語を活写している小説です。ベストセラー作家が文法的間違いをしていると云うより、彼は文法的間違いをしている現代人の会話を模倣しているわけです。

1991年のアメリカ映画'Paradise'『愛に翼を』では、10歳の少年が9歳の少女にこう聞きます。
"I haven't seen your father around. What does he do?"(キミのお父さん見掛けないけど、何してる人?)
実は少女の母は“未婚の母”なので、父はいないのですが。

2004年のアメリカ映画'Ladder 49'『炎のメモリアル』ではダブル・デートの際に二人切りになった男女が次のような会話をします。
男性:"So, what do you do?"
女性:"I work in a jewelry store."

2006年の英米合作映画'Scoop'『スクープ』では、初対面の男女が握手し名乗り合った後、次のような会話をします。
女性:"So, what do you do?"
男性:"Reporter."
これはWoody Allen(ウッディ・アレン)脚本・監督の映画ですが、主に英国系資本で作られロンドンを舞台に展開するお話です。

つまり、誰かの職業を聞く場合、
1) "Who is he?"
2) "What's he do?"
3) "What is his job/ occupation?"
4) "What does he do?"
の四つが考えられることになります("What is he?"は除外)。ま、一番間違いのないのは3番目の"What is his job (occupation)?"でしょうが、『英語の冒険』正篇の「名前と職業」でアメリカ人の英語教師Diane(ダイアン)も推奨していた、4番目の"What does he do?"が一般的と云えそうです。

(May 20, 2007)

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[・] 『あなた』の仮定法

1973年(昭和48年)に流行った歌『あなた』を御存知でしょうか?当時高校生だった小坂明子が作詞・作曲したラヴ・ソングで、ポプコンと世界歌謡祭でグランプリを受賞しました。ラヴ・ソングとはいえ高校生が作った歌ですから特定の恋人がいるわけではなく、未だ見ぬ未来の夫との生活を夢見るという甘い内容です。

歌詞は「もしも私が家を建てたなら、小さな家を建てたでしょう」と始まります。いかがです?変だと思いません?もう一度読み返して下さい。「もしも私が家を建てたなら、小さな家を建てたでしょう」まだ変だとは思いませんか?これ、普通の日本語なら「もしも私が家を建て・る・なら、小さな家を建て・る・でしょう」となるところだと思います。私は小坂明子がこの詞を考えた頃は、英語の授業で仮定法を習ったばかりだったのだと推理します。

英語の仮定法では現在の事実に反する仮定をする場合、If節に動詞の過去形を使います。過去の事実に反する仮定であれば、If節は過去完了形になります。『あなた』は見事にこの英文法の原則に則っています。この歌が登場し、大ヒットとなった当時、私も気づきませんでしたし、そう指摘した文章を読んだこともありません。しかし、この歌詞は英語で書かれたものを直訳でもしたような、変な日本語です。当時の中・高の英語教師たちは仮定法のいい教材として使ったかもしれません。「では、君たちの好きな『あなた』を英訳しなさい」なんてね。生徒達はいとも簡単に仮定法の英文が書けたことでしょう。

と、偉そうに講釈をしていますが、中学・高校と英文法学習をさぼった私は、実は仮定法の詳細についてよく知りませんでした。しかし、私には『たのしい英文法』(林野滋樹著、三友社出版、1975年発行)という強い味方があります。これは著者が「本当に『わかった!』と云って貰えるように書いた」と断言している通りの内容で、中学英語からやり直したい方にはお薦めの一冊です。この本によれば、仮定法には四種類あります。そして、《仮定法の文の結論の時制は、仮定法の名称の時制よりもっと新しい》という特徴があります(「仮定法現在」なら結論は未来のことを、「仮定法過去」なら結論は現在のことになる)。

1) 仮定法現在(未来についての仮定)
 If she comes, I'll leave soon with her.
 If snow falls, I'll go skiing.
 If節の動詞が現在形なので「仮定法現在」と呼び、結論部分はIf節の時制より“もっと新しい”「未来形」が使われています。

2) 仮定法過去(現在の事実に反する仮定)
 If I were a policeman, I would arrest that man. 【実際には自分は警官ではないから逮捕出来ない】
 If I had a camera, I could take a picture of the accident.【実際にはカメラを持っていないから写真を撮れない】
 If節の述語動詞は過去ですが、意味は過去ではなく「現在の事実の反対」です。【仮定法過去のIf節のbe動詞は全てwereを用いる】 結論部分にはwill、can、mayなどの過去形would、could、mightのどれかを使う。

 小坂明子の歌『あなた』はこの 仮定法過去ですね。「もしも私が家を建てたなら」とIf節が過去形になっています。高校生の彼女に家を建てられる筈はないので、「今は無理だけど」という「現在の事実に反する仮定」になっています。結論部分も過去形を使っていて、英文法そっくりです。逆に云えば、《現在の事実に反する仮定》の文章を作る時は、小坂明子の『あなた』を思い出せばいいということになります。"If I built a house, it would be a small one."という具合で。

ついでですので、残りの二つも…。

3) 仮定法未来(未来の事実に反する仮定)
 If he should come, I would beat him.
 このIf節は「奴が来ないのは確実だが、ひょっとして来たら」という意味で、この"should"は「万一 should」と呼ばれているそうです。「奴は絶対来ないだろう」という前提(100%確実と云える未来)があり、それでも「“万一”奴が来たら、叩き出してやる」という「未来の事実に反する仮定」が述べられています。

4) 仮定法過去完了(過去の事実に反する仮定)
 If I had studied harder, I could have been passed the exam.
 「もっと勉強していれば試験に通ったのに」【実際には、勉強しなかったので失敗した】
 この用法は、If節の述語動詞に過去完了形を使い、結論部分には[助動詞の過去形+現在完了形]を用いるとなっています。

(April 20, 2007)

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[・] 1も複数なの?

「ゼロは複数なの?」という記事はお読み頂けたでしょうか?『英語の冒険』正篇の「文法・表現」の中にあります。

'The Elements of Style'(by William Strunk, Jr. and E.B. White、Macmillan刊、1972)は、簡潔で明解な英文を書くための参考書で、世界中の人々に読まれ続けているベストセラーです。カーター大統領が就任当時、「あまりにも演説が簡潔過ぎる」という世間の批判を受け、側近が「'The Elements of Style'を読みなさい」と反論したそうです。「大統領はその本を模範として実践しているのだ」という意味です。この本はコーネル大学のWilliam Strunk, Jr.(E.B.ストランク二世)が講義のテキストとして書き下ろしたものですが、彼の生徒だったE.B. White(E.B.ホワイト、ピューリツァー賞受賞の文筆家)が改訂・増補した第二版でさえたった78ページしかない小冊子ですから、もともとは50ページぐらいの本だったようです。それが第四版では105ページと膨らんでいます。

久し振りに取り出して読んでいたら、「多くの人が"One of the ablest men who has attacked this problem..."とする間違いを冒す。"one"に引き摺られて"has"とするわけだが、これは"have"を使うのが正しい」という箇所がありました。誤植ではないかと疑いましたが、例文が二つも載せられていて、どちらも同じ趣旨です。私は本の主張と反対に「直前の"them"に引き摺られて"are"とする間違いが多い」のだと思っていました。【この項は第二版にはありませんので、原著者William Strunk, Jr.の文章ではなく、改訂したE.B. Whiteが追加したものであることが解ります】

これは"One of them are..."あるいは"One of them is..."と同じ問題だろうと思い、Googleで検索してみました。すると、
"One of them are..." 223,000件
"One of them is..." 14,100,000件
…という結果でした。”are"を使っている例は"is"のたった1.6%しかないのです。間違える人が世界中に98.4%もいるということでしょうか?

'Longman Dictionary of Common Errors' (by J.B. Heaton and N.D. Turton, Longman Group UK Limited, 1987)の"one"の項は、以下のようになっています。
One of the eggs were bad. (誤)
One of the eggs was bad. (正)
A phrase beginning with "one of" takes a singular verb. ("one of"で始まるフレーズは単数の動詞で受ける)

'Basic English Usage' (by Michael Swan, Oxford University Press, 1984)の「単数の動詞を伴う複数の表現」という項には以下のような記述があります。
"Expression like 'one of my...' are followed by a plural noun and a singular verb. ("one of my..."のような表現は続いて複数名詞と単数の動詞で受ける)
例:One of my friends is going to Honolulu."

'The Elements of Style'は、一体どうしたのでしょうか?世界的ベストセラーに間違いがあったのでしょうか?元高校英語教師Diane(ダイアン)に尋ねました。たちどころに納得出来る説明が得られました。

'The Elements of Style'に出ている例:"One of the ablest men who has attacked this problem..."は、後半の"who has attacked this problem..."が形容詞句となって"One of the ablest men"を修飾している。つまり、「この困難に挑戦した人々」は何人もいたのだから、ここでは"has"ではなく"have"でなくてはならない。ここでは"one"に引き摺られてはならないのだそうです。

"One of the eggs was bad."の場合、"of the eggs"は形容詞句ではない(句には必ず動詞が存在しなくてはならない)ので、省略しようと思えば省略出来る。だから、この例では"eggs"の数は無視して"one"に合わせた動詞を選ぶべきなのだそうです。

やはり、ピューリツァー賞受賞の文筆家は間違っていなかったのでした。

(February 20, 2007)

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[・] 「負け犬」はいつ負けるのか?

"underdog"という言葉に、日本の辞書の多くが「負け犬」という訳語をあてています。しかし、私が英語の雑誌や本で見る"underdog"の意味はどうも違うという印象でした。「負け犬」ではなく「格下」と訳すのが適切だという例ばかりなのです。以下は日本の辞書の例。

・『研究社・新リトル英和辞典』:「負け犬」、(人生の)敗者、脱落者
・『研究社・英和中辞典』:(試合などで)負けそうな人、敗(北)者、(社会不正などの)犠牲者、敗残者、「負け犬」
・『研究社・リーダーズ英和辞典』:敗者、負け犬、勝てそうもない人、(社会不正・迫害などの)犠牲者、弱者

二つの辞書が「負け犬」と括弧に入れて記述しているのが気になりますが、この括弧は“いわゆる”というニュアンスを篭めているのでしょう。で、『広辞苑』で「負け犬」を引いてみると、「けんかに負けてしっぽを巻いて逃げる犬、競争に敗れてすごすごと引き下がる人にたとえる。例:負け犬の遠吠え」とあります。つまり、日本語の「負け犬」は既に喧嘩(勝負、試合)に敗れた犬(人)なのです。既に負けているわけで、負けた犬【過去形】なんですね。LDCEを引いてみますと、

・LDCE:1. a weaker person, country, etc., that is always treated badly by others    2. a person, team, etc., that is expected to lose in a competition with another

(1)は明らかに「格下」という訳語が正しいことを示しています。(2)は日本語の辞書の「負けそうな人、勝てそうもない人」に相当します。この場合、まだ本当に負けたわけではなく、「格下」なので誰もこの人の勝利を期待していないということを意味します。

LDCEに則って判定すると、「負けそうな犬」(英和中辞典)あるいは「勝てそうもない人」(リーダーズ英和辞典)という【未然形】の状態の訳語は正しいとしても、「負け犬」という既に勝敗が決した後(過去形)の訳語は間違いということになります。

(January 20, 2007)

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[・] 県と冠詞の関係

私の父の書家・高野流居(りゅうきょ)に関するウェブサイトを作りました。【http://www2.netdoor.com/~takano/muan/muan.html】作品の展示が主ですが、人となりについて、父の友人が書かれた新聞記事を転載させて頂くことになりました。それを文字数3.700、ワード数620語ほどに英訳し、元高校英語教師Diane(ダイアン)に点検して貰いました。

彼女がチェックした箇所は全部で42ヶ所。その半分は表現に関するもので、よりよい(解り易い、優れた)表現を目指したものですから、これらは間違いという範疇ではありません。残りの半分は間違いと云えるもので、カンマ2、時制2、数1、そして冠詞に関する間違いが何と16もありました。

つけるべき冠詞をつけなかったり、不要なところに冠詞をつけたり…でしたが、かなりの箇所は何度も登場する"Ibaraki Prefecture"(茨城県)を"the Ibaraki Prefecture"とせよというものでした。あまりの頻度に彼女自身"the"を足しながら、「何で私たちはこう"the"をつけたがるのかしら?」と云うほどでした。私が「(私たちが住んでいる)"Lauderdale County"(ローダーデイル郡)には必ず"the"をつけますか?」と聞くと、「Yes.」と答えました。

Googleで調べてみました。(「英語のページのみ検索」で「フレーズを含む」モードによる検索です)

the Ibaraki Prefecture     616件
Ibaraki Prefecture    167,000件
the Chiba Prefecture     804件
Chiba Prefecture    258,000件

【註:Ibaraki Prefectureの数字にはthe Ibaraki Prefectureの分も含まれているでしょうが、ごく僅かな数字なのでここでは無視します。数字はいずれも2006年12月中旬のものです。何故かGoogleの検索結果は一日違うと大幅に変動することがあり、確実なデータとは云い切れません。傾向を掴むだけと考えた方がいいようです】

これですと、"the"付きの表現は0.3〜0.4%でしかなく、英語圏では"Prefecture"には"the"は不要と考えている執筆者が多いことは明白です。最近大地震があった新潟県も見てみましょう。

the Niigata Prefecture  9,090件
Niigata Prefecture    210,000件

大地震について英語圏諸国で報じられたようですが、やはり"the"抜きが圧倒的です。"the"付きはたった4.3%。

アメリカで"prefecture"に似た行政区画と云えば"State"(州)です。調べると、

the Mississippi State     413,000件
Mississippi State        1,610,000件

…と段違いの結果です。たった26%が"the"をつけているだけ。で、Dianeが「"county"には必ず"the"をつける」と云ったのが正しいかどうか調べてみました。

the Lauderdale County     28,900件
Lauderdale County         439,000件

"the"をつけている表現は6.6%程度しかないことが分ります。

Dianeに上のようなデータをメールで送り、「"the"をつけなければいけないという規則があったら教えてほしい」と頼みました。すると、「"the Lauderdale County policemen"というように"Lauderdale County"が何か(名詞)を修飾している場合にのみ"the"が付けられる。"The Lauderdale County supervisors met in Newton County."では"supervisors"(監督官)を修飾しているので"the"が必要だが、"Newton County"は単なる地名なので"the"を付けない。だから"Ibaraki Prefecture"にも"the"は要らない」という返事でした。多分、文法書か何かで確認したのでしょう。添削の時と正反対の答えでした。

「英米人が常に文法的に正しいわけではない」と云えると思います。英語の先生でさえこれですから。われわれ日本人の日本語が、常に文法的に正しいわけではないのと同じでしょう。英米人の説明も時に眉に唾して聞かないといけません。

(December 20, 2006)

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[・] 県と州

2006年11月04日、asahi.comに次のような記事が掲載されました。

「第4のひれ持つイルカ発見 退化したはずの後ろ脚?

 和歌山県太地町立くじらの博物館は4日、胸びれ、背びれ、尾びれとは別に生殖器の脇に第4のひれを持つイルカを捕獲した、と発表した」

翌11月05日、当地の新聞にAP発として同じニュースが掲載されましたが、この中に"Wakayama prefecture (state)"という表現がありました。読者に"prefecture"は"state"みたいなものだと、括弧内でヒントを与えているわけです。ダイヴァーたちがイルカを押さえ、四つめのひれ(二枚組)を見せている写真の説明にも"Wakayama prefecture (state)"とあり、合計二回出て来ました。

つまり、アメリカの読者には"prefecture"という言葉がいかに馴染みが少ないかを物語っているようです。『研究社 英和中辞典』によれば、「prefecture:(フランス・日本などの)県、府」とあり、英米には"prefecture"が存在しないことが分ります。確かに日本の県はアメリカの"state"ほど独立・自治のシステムではないので、"state"としなかったのは賢明だったかも知れません。しかし、英米人には分りにくい概念となっていることも否めないようです。

「英語だから通じる筈だ」と思い込み、これまで私は何の不安もなく"I'm from Ibaraki Prefecture; north of Tokyo."などと云っていましたが、英米人にどれだけ正確に伝わっていたか疑問です。日本に来たことのある外人ならおぼろげにでも大きな行政区画だと理解してくれるでしょうが、中には初めて"prefecture"という言葉を聞く人々もいると思わなくてはなりません。

(December 20, 2006)

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[・] 知ったかぶり

当地の大手スーパーWalmartには眼鏡売り場(直営ではなくテナント)があります。そこで色々な眼鏡を眺めていたら、黒人の中年女性店員が"May I help you, sir?"と近づいて来ました。

彼女は眼鏡の縁が並んだ壁面を指し、「ここは男性用、ここからあそこまでは女性用。このコーナーはどちらにでも」と説明しました。私は最後のコーナーについて"You mean bisexual?"と聞きました。売り場の女性は"Yes, that's right. Thank you." 「そう、それこそ正しい表現だわ。(思い出させてくれて)ありがとう」と云いました。私も気の利いた表現を教えて上げられて満足でした。

家に戻って"bisexual"を調べると、気の利いた表現どころか、私はとんでもない恥さらしな表現を教えたことが分りました。"bisexual"は「両性具有。男女両性に性欲を感じる人」という意味だったのです。

多分、私も彼女も「遠近両用眼鏡」が"bifocal"であることに引き摺られ、似たような構造の"bisexual"を是認してしまったようです。「男女両用(の)」は"unisex"なんですね。

私は眼鏡売り場の彼女が、「このコーナーには男女両性に性欲を感じる人のためのものを揃えています」と得意げに喋っているんではないかと心配しています。

(November 20, 2006)

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