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【掲載順はランダムです】
私は二人の青年(21歳と25歳)に日本語を教えています。二人とも日本のTVアニメ(’Naruto'など)のファンで、日本語の台詞を理解したいというのと、出来れば日本に行って働きながら滞在したいというのが動機だそうです。
ところで、この二人が90分の授業中にしょっちゅう欠伸をするのです。まあ無理もないのです。20歳の青年は毎朝7:00から夕方5:00まで薬屋の店員として働き、その上ジョギングだの自転車乗りだので疲れ切っています(彼はトライアスロンに挑戦中なのです)。片や25歳の青年はゴルフ場のグリーンズ・キーパーで朝6:00から午後2:00まで働いています。毎日かんかん照りや寒風のもとで肉体労働をしているのです。欠伸が出るのも理解出来ないではありません。しかし、大勢の教室で一人が欠伸するのと、たった二人の生徒の一人が欠伸するのは大違いです。私は最初びっくりし、次いでどう対処すべきか悩みました。
元高校英語教師のDiane(ダイアン)に聞くと、「無視するのが一番ね」という返事でした。アメリカでは生理現象だからという理由で寛容なのでしょう。しかし、私は無視出来ませんでした。どうしたかと云いますと、「日本の小学校・中学校で欠伸をしたら、先生に無礼な行為を働いた罰として授業中立たされるのであーる(本当は最近はどうか知らないのですが)。しかし、君たちが疲れているのは理解しているので、罰は与えない。ただ、欠伸したら『済みません』とか『失礼』と日本語で云うように」と指示しました。彼らはこれによって、日本人の善悪観を知り、日本の慣習を知り、日本語を覚えることが出来るわけです。彼らは欠伸をしてから、にやにやしながら「スミマセン」と云っています。
彼らが小・中・高の時代に教室で欠伸したらどうだったのか聞いてみました。「怒られなかった」、「先生は何も云わなかった」とのこと。25歳の青年は高校時代にフットボールの選手だったので、授業中に寝ていても怒られなかったそうです。「でも、鼾(いびき)をかいて寝ていたら、さすがに注意された」と云っていました。
66歳の元大学教授に聞くと、彼も単なる欠伸では注意しなかったそうです。「フワァ〜ァ!」と大声で欠伸されたら、「キミ、授業の邪魔をするな」とは云ったそうですが。では、彼の子供時代はどうだったのか?叩かれたり立たされたりすることはなく、教師によっては「今度欠伸したら白墨を口に放り込むわよ」と冗談を云うこともあった程度だそうです。今と違って当時は体罰もあったようですが、欠伸は体罰の対象ではなかったわけです。
別項「御免で済めば警察いらない」で触れたように、アメリカ人は生理現象に寛容であると云うしかないようです。
(May 10, 2008)
アメリカ映画'To Kill a Mockingbird'『アラバマ物語』(1962)の法廷シーンを御記憶でしょうか?弁護士役Gregory Peck(グレゴリィ・ペック)は、黒人の被告の法定弁護人を引き受けます。人種差別が濃厚だった時期なので陪審員は白人ばかりで、傍聴席も一階は白人、黒人は二階と分けられています。Gregory Peckの努力も空しく、陪審員たちは黒人蔑視の観点から有罪を宣告します。裁判が終り白人達は去りますが、黒人傍聴人達は全員残っています。Gregory Peckが書類をまとめて悄然と去りかけると、二階席の黒人達が次々に立って(黒人の弁護に尽力したこと、彼が黒人を対等に扱ってくれたことに)感謝の意を表します。いいシーンです。
アメリカの黒人主体の教会に行くと、牧師の説教に共感する信者が一人二人と立ち上がります。立ち上がるだけでなく手を上げて賛意を表明します。牧師の熱弁が高潮すると会衆が総立ちになります。これはカソリックの教会では見られない現象です。
アカデミー賞授与式では、途中で前年の物故者の名と画像が紹介されます。この時、参加者全員が立ち、故人への崇敬を表明します。
アメリカ大統領がメディア(TVカメラや新聞記者たち)の前で演説をする時、大統領が現われるとそこにいる全員が起立します。また、法廷に裁判長が現われる時にも、告発側・被告側・傍聴人などの全てが起立させられます。これらは国民・住民の代表としての肩書きへの敬意ですね。
欧米の演劇や音楽(特にオペラ)の公演でも、素晴らしいパフォーマンスには幕間や一曲(あるいは一楽章)の終りでも観衆・聴衆の“総立ち”が見られます。これは"standing ovation"(スタンディング・オヴェイション)と呼ばれています。
日本ではこういう風に聴衆・観衆・参加者が「立ち上がる」ということはほとんどないように思います。学校では「起立、礼」があり、国旗掲揚の際には立たされますが、立って自分の感動を表すということは日本の土壌には本来ありませんでした。最近でこそ、高校野球の好試合でスタンディング・オヴェイションが見られるようですが、これは欧米から輸入された風習だと思います。江戸時代の歌舞伎座で、観衆がスタンディング・オヴェイションをしたなんて、聞いたことがありません。ロック・コンサートなどで興奮して聴衆が立ち上がることは前からありましたが、前の方の客が立つと舞台が見えなくなるので、自然に後ろの客も立たねばならない。これはスタンディング・オヴェイションとは云えません。
アメリカ映画'Ghosts of Mississippi'『ゴースト・オブ・ミシシッピー』 (1997)は、Alec Baldwin(アレック・ボールドウィン)演ずるミシシッピ州の検事補が、犯人が野放しにされている30年も前の公民権運動リーダー暗殺事件の再審を勝ち取るまでの物語(実話)でしたが、一般公開時のカリフォーニアのある劇場では、判決が下ったシーンで満場の拍手とスタンディング・オヴェイションが見られたそうです。映画館の暗闇の中でスタンディング・オヴェイションというのは、想像するだけで感動的です。これは日本では絶対に起きない現象だと思います。
(March 20, 2008)
Hug(ハグ)は日本にない習慣なので、慣れないと一寸照れくさく顔が赤くなったりするものです。しかし、どういうものか、実態が分ればそう大事(おおごと)でもありません。
アメリカのLPGA(女子プロ・ゴルフ)のトーナメントを観ていると、一日のラウンドを終えたプレイヤーとキャディが全員hugします。四人のプロ(女性)が一緒に廻っていたのであれば、一人のプロが他の三人のプロと、そして四人のキャディ(大体は男性)とhugします。(アジア諸国から来た新人などの場合は、まだ慣れていないせいで握手だけで済ませる人もいますが)
Hugは身体は密着させず、肩だけ触れ合うように身体を前傾させ、お互いに片手で相手の背中をぽんぽんと軽く叩きます。お互いの親しさによっては、以下のようにキスをする場合もあります。
1) 男性が女性の片方あるいは左右の頬に軽くキスする場合。
2) 女性が男性の片方あるいは左右の頬に軽くキスする場合。
どちらが主導権を握るかは、性格によるものとしか思えません。キスとは云っても、唇が空中に突き出されてチュっと音だけさせるだけで実際には相手の頬には触れていず、ただの真似事だけの場合も多く見られます。
女性同士のhugではキスは普通しません(よほど親しい仲であれば別)。男性同士はもちろんしません(ロシア人なら別)。男性のキャディ同士は握手だけで済ませます。
PGA(男子プロ・ゴルフ)のトーナメント最終日に優勝を争ったプロ同士などは、プレイ終了後に(男同士ですが)お互いの健闘を讃えてhugすることもあります。
最近、ある会合で観察していましたら、女性たちはhugするために身体を寄せる時、顔を45°ほどそむけます。あたかも、「こっちの頬にチュして」という感じの角度。そのまま、相手と頬を寄せ合います。これは相手が男性でも女性でも同じ。この角度を維持すれば唇と唇が接触するような、お互いバツの悪い思いをせずに済むわけです。
なお、肩を接触させて背中ぽんぽん方式は、以上のような友人・知人・仕事仲間の場合だけのようです。私がカミさんにそれをしたら「友達同士のhugみたいね」と云われました。恋人同士や夫婦の場合だと、もっと身体を密着させ、両手で相手を抱くのであって、背中をぽんぽん叩いたりしないようです。
最近、日本の文化について知りたがる18歳の白人の女の子と知り合いました。本当はhugするほど親しくないのですが、彼女は別れ際にhugしたがります。私が背中ぽんぽん方式で対応すると、「そんなのは駄目」と云い、身体を密着させたhugを要求します。背中ぽんぽん方式が普通だと思っている私が「どうして?」と聞くと、「叩くのは相手の身体に触るのは嫌だという意思表示だと思うから」とのこと。確かに、ゴルフの後は誰しもシャツの背中が汗まみれになっているので、そんなところに触りたいと思う人はいません。恐る恐るの背中ぽんぽんがやっとです。一理あるなと思ったことでした:-)。
(February 20, 2008)
こちらでは養子縁組が盛んです。随分前、ある私の知人の50代の独身女性が中国本土まで出向いて女の子を貰って来ました。「貰う」と云ってもそう簡単ではなく、こちらに扶養能力(経済状態、住まいの環境など)が備わっているかどうかの審査があり、その上で結構な額のお金を払うのだそうです。「お金を払うんじゃ人身売買みたいじゃないの」と、いささか驚いたものです。その子は新しい環境と白人の“母親”にも馴染み、すくすくと育ちました。最近、私がその女性にメールした時、「お子さん(単数)は元気?」と書いたら、「もう一人女の子を貰って、今は二人なのよ」という返事が返って来ました。中国から二人目を貰っちゃったのだそうです。
別の知人の親戚が双子の赤ちゃんを貰いました。夫婦にはちゃんと子供が二人いて、普通なら子育てから解放されてやれやれという時期なのに。
数年前「日本について知りたい」というアメリカ人の奥さんからメールがあり、一家が当市に買い物に出て来た時にショッピング・モールでお話したことがあります。驚きました。五人ほどの子供たちを引き連れていましたが、夫婦には子供がなく全部養子なのです。中の一人は明らかにヒスパニック系の顔でした。対面した一年後、奥さんの御主人が交通事故で亡くなったという知らせがありました。一家の稼ぎ手がいなくなって、奥さんはどうしたのでしょう?まだ幼児もいるわけですから、働きに出るわけにもいかないでしょうし(ベビィ・スィッターを頼むことは出来るが、その分収入が減る)、働かなければ子育ても出来ません。貧困家庭として扶助で暮らしているのでしょうか。
スーパーなどへ買い物に行くと、白人の夫婦が白人の子供二人、黒人の子供一人などを連れて歩いているのを目にすることがあります。以前は「子供たちが友達同士なんだろう」などと思っていましたが、最近は「黒人を養子に貰ったんだ」と考えるようになりました。アメリカ人は養子を貰う際に人種に拘りません。中国人、ヒスパニック、ロシア人、そして黒人も対象になっています。人種差別の激しかったこのアメリカ南部で、黒人の子供を貰う白人がいるというのには驚きます。
自分の子供がいて、なおかつ養子を貰うというアメリカ人の姿勢は、日本人には信じられない思いですが、それだけ経済的にも精神的にもゆとりがあるのでしょうね。中流家庭の家屋の構造も、四人ぐらいの子供は住めるスペースがある国ですし。日本が彼らから学ぶべきは、アメリカ人たちはこのような養子作戦で、自然に高齢化社会の問題の一部を防ぎ止めているということです。少子化社会日本の未来は暗いですが、養子社会アメリカの未来は日本ほどは暗くないように思えます。
'Front Line'という、アメリカに住む日本人向けの無料配布宣伝週刊誌があります。そのDecember 2007 (1st week)号のフィーチュア記事は「アメリカ養子事情」というものでした。それによれば、養子縁組の費用は$17,000〜31,000で、これは手数料と弁護士費用だそうです。「2006年度にアメリカに引き取られた国際養子の出身国」というデータが載っていますが、そのトップは中国で6,493人、二位グアテマラ4,135人、三位ロシア3,700人、四位韓国1,376人…という具合で、計20,679人がアメリカに貰われて来たとされています。
最も人気の高い中国ですが、2007年から制度を変更し、「独身者、肥満者は不可、年収家族一名につき$10,000以上、資産$80,000以上」などと受け入れ側の資格を厳密にしたそうです。中国から二人の女の子を貰った私の知人は独身ですから、現在では事前の審査でハネられてしまうことになります。
(January 30, 2008)
ある知人のお葬式にまつわり、面白い現象が見られました。お葬式前に喪主(日本婦人)の家に集まった日本婦人たちの「アメリカにおけるお葬式はこうだ」という主張がみんな違うのです。
一人の老婦人は"open casket"(お棺を開けてお通夜の参会者に対面させる)が普通だと云うのです。私が「私のカミさんのお父さんの時は、家族の最後のお別れが済んだらお棺は閉じた」と云うと、「それは死に顔による」と答えました。交通事故死とか、酷い場合のことを云っているわけです。私が「でも、綺麗な死に顔でしたよ」と云うと、「フーン」と云って沈黙しました。
ある女性は「喪主も花輪を供えるものだ」と主張。私が花屋にそういうのが一般的なのかどうか問い合わせると、「そんなことはない」との返事。しかし、それを伝えても件の女性は納得せず、喪主に「あなた、御主人にお花贈りたくない?」と迫り、未亡人から「そんな話聞いたことない。私は供えません」とキッパリ断られていました。
ある女性が「お葬式の日だけは生花をお墓に飾れるが、それ以外は造花だけ」と云い、喪主は「この町では生花はどんなことがあっても駄目」と主張。その理由を葬儀屋に問い合わせると、その葬儀屋の墓地(こちらでは葬儀屋が墓地を所有し、切り売りします)では「花を差す穴であれば生花でも構わない。地面に花を植えてもいいが、芝刈りの時に刈られてしまうよ」との返事でした。当の喪主でさえ知らなかったルールでした。墓地によってそれぞれ決まりが違うわけです。
要するに、日本婦人たちはそれぞれ自分が過去に体験したお葬式やお墓参りが標準だと思い込み、どこでも全て同じと決めつけているわけです。場所により、家族の意志により、様々なバリエーションがある筈です。しかし、こういう人たち(私を含む)が「アメリカではこうだ」と云えば、長く住んでいる人の証言としてどんどん伝播して行くことが考えられます。恐ろしいことです。皆さんも、眉に唾して読むなり聞くなりして下さい。
(December 30, 2007)
こちらへ来た当初、家々の門柱あるいは玄関前にセメントで出来た“松ぼっくり”が飾られているのを見て、「さすがパイン・ベルトだけあって、みんな松の木に愛着があるんだなあ」と思いました。カミさんにそれを云ったら、「あれはパイナップルよ。“歓迎”のシンボルなの」だそうです。パイナップルにしては葉っぱがないので、てっきり松ぼっくりかと思いました。
そのパイナップルは家の外だけではなく、木で作った置物として室内に飾られていたり、ベッドの柱に刻まれていたりもします。テーブル・クロスやナプキンの模様として刺繍されていたりもします。
なぜ、パイナップルが“歓迎”のシンボルなのか?諸説あるようですが、昔パイナップルが珍しかった頃、商船の船長たちが帰国してお客に振る舞ったりしたのでとか、同じく船長たちが「無事に帰還したよ」という近所へのサインとして門口にパイナップルを飾ったのが始まりとか云われています。ある本では「南部の名物」と書かれているようですが、amazon.comでもパイナップルの置物が売られていることからしてもアメリカの全国的な風習のように思えます。
(November 30, 2007)
ある交差点の左折レーンで、私は二台目で信号が変わるのを待っていました。変わりました。しかし、前の車は動きません。3秒ほど待っても動かないので、私は軽く警笛を鳴らしました。前の車のドライヴァー(男性)はきょろきょろして信号を確認し、やっとターンを開始しました。
信号待ちで何か考え事をしたり、書類に目を落としたりすることはよくあることです。私も警笛を鳴らされたことが何度かあります。ですから、私の軽い弾くような警笛も「こら、動け!」ではなく、「信号変わりましたよーん」というニュアンスでした。
ターンを終えた前の車のドライヴァーは窓から出した手を軽く挙げました。「すまん」という合図だと思った私は、「いやいや」という感じでこちらも手を挙げました。
2秒後、私はガビーン!となりました。ドライヴァーの手の中指が立っていたことに気づいたのです。それは「すまん」ではなく、"Fuck you!"(くそったれ!)というサインでした。こっちも「クソ!」です。しかし、もう縦に並んでしまったので、こちらが同じ指サインで答礼するチャンスはなくなり、口惜しい思いだけが残りました。
しかし、たかが信号待ちで警笛を聞かされたぐらいで「くそったれ!」とは。第一、向こうが悪いんじゃないですか。こっちだって3秒待ったんだし。
この話をしたところ、テキサス州に住んだことがあるアメリカ人は「大都市Houston(ヒューストン)なんかもっとひどい。信号が変わった瞬間に動き出さないと、後続車が一斉にブーブー鳴らすんだ」と云っていました。私が3秒待ったのなんか、Houstonでは考えられないような親切に当たるわけです。それなのに、あの野郎!
(November 10, 2007)
海軍航空訓練基地のゴルフ場に通っていた時のこと。基地ですから毎朝八時には本部前で国旗掲揚があるようで(見たことはありません)、ラウド・スピーカーから国歌(録音された演奏で歌は無し)が流れて来ます。詳しく云いますと、五分前に競馬の発走でお馴染のラッパの録音が聞こえて来て、これが予告。0800時(午前八時の軍隊での呼び方)に国歌が流れます。
アメリカ人達は遠く見えない本部(国旗)の方を向き、脱帽し、右手を心臓の辺りに当てて直立します。スピーカーの音はNo.2ホール辺りまで聞こえるので、ここでも直立不動です。
最初、この習慣を知らなかったもので、「何でみんな俺の方を向いて立ってるんだろう?」とか思いながらカートを動かしたりしていました。最近は誰も見てなくても、一応敬意を表することにしています。ただし、私はアメリカ国家に忠誠を誓うわけではないので、右手を胸に当てたりはしません。アメリカ人と結婚したメキシコ人女性(一緒にプレイしたことのあるゴルファー)も、旦那の前で両手はダラリと下げていましたから、日本人も彼女と同じでいいでしょう。
ある時、時刻が0800時前後であることを忘れ、カートでNo.1ティー(スタート地点)に向かっていました。練習グリーンのそばを過ぎる時、老人三人ほどが直立しているのが見えました。「いけね!」と思った時は既に遅く、もう国歌は終わろうとしています。No.1に着くと同時に国歌が終り、老人の一人(多分、元軍人)が"You should pay attention!"と私に向かって怒鳴りました。ほらね。恐〜い。
ある時、家の近くの瀟洒な家の前庭に半旗が翻っているのを見ました。「はて、誰か国家的重要人物が亡くなったっけ?」と新聞を引っくり返しましたが、そんなニュースは見当たりません。その家ではその後もずっと半旗のままでした。「一体、どういうわけか?」と気になり、ついに勇を鼓してその家のドアをノックしました。出て来たのは60を越したと思われるアジア系の人でしたが(星条旗を前庭に掲揚するんですから、歴としたアメリカ市民でしょう)、半旗の理由を尋ねると「妻が亡くなったんだ」との返事。私はお見舞いを云い、非礼を詫び、そそくさと帰って来ました。聞けば、企業などでも社員が亡くなったりすると半旗にするそうです。日本では考えられませんよね。日本で半旗を出すとなったら、天皇家の不幸か何かがあった時ぐらいでしょう。アメリカ人にとっては、国旗はそんな縁遠いものではなく、かなり身近なものであることが分ります。
身近と云えば、星条旗をモチーフにした衣類や帽子なども沢山あります。アメリカ人は別に気負った雰囲気でもなく、そういうものを気軽に身にまといます。日本で「日の丸」をモチーフにした衣類を着るってえと右翼か暴走族ぐらいしかいませんよね。大きな違いです。
アメリカの国歌と国旗は不可分の関係にあります。国歌は国旗を礼賛したものだからです。1814年、独立戦争の際、英軍に包囲された東部のある砦に巨大な星条旗が掲揚された時の感動を詩にしたものが国歌のもとです。作詞者Francis Scott Key(フランシス・スコット・キィ、弁護士・詩人・民兵)は戦争に参加する中で、その雄々しく翻る旗に身震いしました。彼が書いた詩は印刷されたビラとなって市民に配られ、瞬く間に国中に広まりました。ある人がその詩に節をつけましたが、それはなんと敵国イギリスのパブで歌われていた当時のポピュラー・ソングでした。現在は3/4拍子で歌われる国歌ですが、当時は6/4拍子だったそうです。これは楽譜'The Star-Spangled Banner'(星が煌めく旗)として流布し、1931年に国歌として制定されました。
(October 10, 2007)
ある時、車を運転して交差点で停まりました。目の前をパトカーがピューッピューッと警笛を鳴らしながらライトを点滅させつつ、ゆっくりと横切って行きます。その後をパトカーを追い越せない車がゆっくり続いて行きます。
私の信号が青になったので発進しようとすると、まだ私の前を遮って横断しようという車がいます。何たる図々しさ!私は交差点を横切りながらふと見ると、図々しい車は一台だけではなく次の車も赤なのに進入して来ています。何か変です。信号機が壊れたのか?と思いました。
その交差点を離れながら、私の脳は様々な可能性についてああでもないこうでもないと目まぐるしく過去の蓄積データをチェックし、最初の疑問であるパトカーの行動に戻りました。パトカーは緊急でない場合はライトを点滅させたり警笛を鳴らしてはいけない筈です。緊急ならフル・スピードで走るべきなのに、とてもゆっくり走っていました。何故か?パトカーの仕事にそんなものがあるか?
ありました!お墓に向かう葬送のエスコートです。パトカーの場合もあるし、オートバイの場合もあります。こちらでは葬儀屋が警察に依頼し、エスコートを頼むことが出来ます。
私はこちらの葬儀場でのお通夜・葬式には何回か出ていますが、お墓まで行ったことがあるのは三回だけで、そのどれにもパトカーのエスコートはありませんでした。それを経験していればすぐ分ったのでしょうが。もう一つ、こちらには日本のようなごてごてした装飾の葬儀車はなく、ただの黒塗りのヴァンなのです。それも私が気づかなかった原因の一つ。
カミさんに話したら、「まあ!逮捕されるところよ」と云っていましたが、それは誤解で、こちらの運転免許教本にも「法律的に要請されているわけではないが、葬送の行列には礼儀として譲るように」とあります。カミさんは「車が昼間でもみなライトを点けていたら、それが目印」と云いましたが、前を横切る車のライトなんて見えませんしね。要するに、パトカーがライトを点滅させてゆっくり走っていたら気をつけなくてはなりません。無礼なアジア人だと思われたことが残念です。
(September 20, 2007)
アメリカ人に日本社会の序列について話すとびっくりされます。日本では結婚式・お葬式における席や立ち位置、挨拶の順番が云わず語らずで決まっており、それを逸脱すると礼儀知らずと誹られ、爪弾きにされかねません。多くの場合、年長であること、男性であることが優先し、国会議員や社長、喪主でもない限り年少者と女性は常にその後となります。組織における長幼の序列も厳格で、一年先に入った者は先輩として「さん」をつけて敬われ、階級に応じてお辞儀の角度も異なります。
アメリカでも結婚式ですと、双方の両親のテーブルなどは演出上決まっていたりする場合もあり、お葬式でも喪主とその家族だけはお棺のすぐ傍に着席します。しかし、その他大勢は当着順に座る感じです。私はこちらの結婚式には出たことがないので、映画などの知識だけです(お葬式には何度も出ました)。
家庭では、子供が両親だけは"daddy"あるいは"dad"、"mommy"あるいは"mom"と呼ぶ家もあれば、両親の名前(JackとかCathyとか)で呼ぶ家もありますが、兄弟姉妹はすべて名前です。兄弟姉妹を他人に紹介する場合も、"my brother"とか"my sister"と云うだけで、"elder"や"younger"をつけることは滅多にありません。
私は『アメリカ映画“南部もの”大全集』というサイトで映画紹介をしていますが、この時困るのが兄弟姉妹の扱いです。かなり年が離れた兄弟・姉妹なら一目瞭然なのですが、年が近いとどっちが上か下か分りません。日本語では「Bobは兄のSamを殴った」とか「Annは妹のCarolに囁いた」となるべきであって、「Bobは兄弟のSamを殴った」とか「Annは姉妹のCarolに囁いた」とは書けません。こういう時は、原作や他の紹介記事を参考にしてでも、長幼を突き止めないといけないので厄介です。
'Sex, Lies, and Videotape'『セックスと嘘とビデオテープ』(1989)というアメリカ映画を観ましたら、次のようなやりとりがありました。
男:"Do you have family here?"
女:"Mother, father, my sister."
男:"Sister older or younger?"
女:"Younger."
ね?アメリカ人も"sister"が姉なのか妹なのかか知りたいこともあるわけで、彼らの日常の表現法では問い続けなくてはならない不便を実感する筈です。私の苦労を味わってほしい。ニャロメ。
最近、カミさんBarbara(バーバラ)の母親が亡くなりました。新聞に載せて貰う死亡記事は葬儀社か家族が書き、葬儀社を通じて新聞社に送られます。その記事の中に“遺族”としてカミさん姉妹の名前が出て来るのですが、驚いたことにカミさん(次女)の名が先で長女Alison(アリスン)名が後になっているのです。カミさんがその記事を書いた当人だと思った私は、長女を差し置いて自分の名前を先に出した態度に呆れました(日本人的感覚)。念のため、カミさんに尋ねると「あれはAlisonが書いた」とのこと。またまたびっくり。何故妹の名を先に出したのか?Alisonは、親元から片道三時間のニューオーリンズに住んでいます。お葬式にやって来た彼女に訊いてみました。「誰でもBarbaraの方が年上だと思ってるから、その順序にしただけよ」というのが答えでした。確かにAlisonは童顔なので、昔からカミさんより年下に見られるのは確かなのです(最近は皺が増えたのでどう見られているか知りませんが)。でも、これでアメリカ人の年齢による上下関係がいかに鷹揚であるかが分ると思います。上下はないというか、年齢は全く関係ないということですね。
(August 20, 2007)
しかし、アメリカでは"Sorry!"(御免!)で済むのです。勿論、犯罪に類することではなく、日常的失態に関してですが。つまり、ついゲップが出てしまった、ついおならをしてしまった…という場合、これらは相当恥ずべき失態の筈ですが、アメリカ人は独り言のように"Excuse me."(失礼)というだけで全く恥じ入りません。私の住む南部だけのことかも知れません(アメリカ南部は結構田舎ですから)。勿論、女性がついついおならをしてしまったという場合は、顔を真っ赤にして恥じ入ります。しかし、だからといって、家に飛んで帰ってしまうとか、どっかへ隠れてしまうとかいうほどではありません。こういう生理現象は人間がコントロール出来ないので、アクシデントに過ぎないという考え方なのでしょう。こちらも礼儀上、何も無かったように振舞います。
プロのゴルフ・トーナメントを観に行った時のことです。昼食のハンバーガーやホットドッグを売っている場所に、椅子とテーブルが用意されていて、私もそこで食べることにしました。子供は入場料タダなので、親子連れが沢山来ていまして、私の周りにも何組かいました。その中の、小学校一年生ぐらいの子供が何回も大きなゲップをしたのです。母親が「"Excuse me."と云いなさい」と躾けるのかと思ったら、何にも云いません。「御免で済めば警察いらない」のですが、この場合「御免」も云わせないのです。こういう母親では、子供の将来も知れたものですね。
2001年のasahi.comの記事ですが、「カリフォルニア州では今年1月から、交通事故の現場で謝っても、その言葉を非を認めた証拠とはしないという新法が施行された。俗に『アイム・ソーリー法』と呼ばれる。
裁判で証拠とされないことになったのは『済みませんでした』、『御免なさい』、『申し訳ない』など、とっさの一言だけ。『済みません。私が脇見をしていたもので』とまで言ってしまうと、脇見部分は裁判で自分に不利な証拠とされ得る。
米国で最初にソーリー法を制定したのはマサチューセッツ州だ。きっかけは、74年に地元で起きた交通事故。自転車に乗った16歳の少女が、車にはねられて亡くなった。当時、州上院議員だった父親は、どんなに頼んでも事故の相手が謝罪してくれなかったことに憤慨し、『わびる言葉さえ封じられたのでは社会生活が立ち行かない』と、ソーリー法案を考え出した。86年に立法化された。1998年、テキサス州でも制定されたほか、ヴァーモント州では謝罪しても直ちに法的責任を認めたとは解釈しないとする判例が確立された」とのこと。
(July 20, 2007)
日本には個人経営の食料品店が沢山ありますが、アメリカでは大都市の中華街の食料品店やアジア系食材店を除けば、個人の食料品店というのは珍しいと思います(魚屋はありますが)。たいていはグロサリ・ストア(大規模食料品店チェーン)で、日本の中程度のスーパーのサイズがあり、薬品、化粧品、台所用品、雑貨なども揃えています。
さて、そういうグロサリ・ストアの野菜売り場。レタスとかネギなどの青野菜の前に立っていると、時々雷鳴が聞こえます。本物ではなく録音です。「何なんだ、一体?」と思っていると、数秒後に「プシューッ!」と音がして野菜陳列台に俄雨(にわかあめ)が降って来ます。野菜を吟味していた場合、袖口がびしょびしょになってしまいます。つまり、雷鳴は「これから雨が降りますよ!」という予告なのです。すぐ手を引っ込めなくてはいけません。
計測してみたところ、夏季で約4分半間隔で雨が降ります。乾燥し易い冬期はもっと間隔が短いのではないでしょうか。この雷雨は野菜には確かに効果があるようで、シャワーが届く範囲と届かない部分(陳列台の上の方)との差は歴然としています。雨がカヴァー出来ない野菜は萎れかけています。
何でもアメリカの真似が得意な日本のスーパーは、この雷雨も真似しているだろうか?と思い、何人かの親戚・友人に問い合わせてみたのですが、「そんなものは無い」との返事でした。で、自信をもって“アメリカ特産”として紹介する次第です。
(June 20, 2007)
アメリカ人が録音した留守番電話のメッセージには、"You have reached xxx-xxx-xxxx. Please leave your name and phone number and message...."と現在完了を使ったものが多いようです。2006年のアメリカ映画'The Guardian'『守護神』の登場人物の女性の留守番電話のメッセージも、"Hi, you've reached Helen. Leave a message."というものでした。しかし、このように自分の名前を入れるのは非常に稀です。番号は既に知られているとしても、こちらの名前まで曝け出すのは後々面倒なことになりかねないからです。
カミさんの母親は、夫亡き後もずっと電話番号簿への記載を夫の名前のままにしていました。その母親がナーシング・ホームに移り、家を引き継いだカミさんもそのまま父親の名前にしたままです。名義の変更は簡単なのにどうしてかというと、「女性一人の住まいと分ると、泥棒や強盗に狙われやすい」からだそうです。留守番電話のメッセージには「あなたは○○○ー○○○○に電話しています。ブザーの後、メッセージを録音して下さい」という風に、全く名前を出しません。そういう観点からすると、映画'The Guardian'の女性はちと不用心ということになります。
私は宣伝の電話の多さに参ってしまい、かけて来た相手の正体が分るCaller-IDという機能を電話局と契約しています。宣伝屋も会社名などを隠すようになってしまいましたが、大半は市外からの"Tollfree number"、"Unavailable"、"Calling"などと正体不明で表示されるので、私の友人・知人でないことはすぐ分ります。外国からの電話が(宣伝ではないのに)"Unavailable"になってしまうのが欠点ですが。
同じ市内からの電話の多くは間違い電話で、その多くは常習犯です。同じ人が何度も掛けて来ます。多分、番号が一字違いなのでしょう。そういう人の住所氏名を当市の電話番号簿で調べようとすると、番号簿に載せていない人が多いことに驚きます。「自分からは掛けるが、掛けてほしくない」と思っている人が多いわけです。
一般的に貧しいと思われている黒人たちの間の携帯電話(アメリカではcell phoneと呼ぶ)の普及率は凄く、日本やアジアのビジネスマン、青少年と全く同じようにところ構わず喋っています。「壊れた携帯電話で、相手もいないのに喋ってるんじゃないか?」と云う口の悪い人もいます。つまり、携帯電話はステータス・シンボルのようなものなので、「おれだって持ってる」と掛けているフリをしてるだけという冗談です。しかし、「貸してくれ」と云われたら恥をかくだけですから、そんな芝居をする人間はいないでしょう。
備え付けの電話を解約し、携帯電話一本に絞っている人も多くなっているようです。同時に、公衆電話がどんどん撤去されています。保守・整備・集金に人を使うほどの収益が上がらなくなったからです。これは携帯電話を(あるいは電話を全く)持っていない人には悲劇です。車であちこち探し回らなくてはならず、緊急の時に困ってしまうので。
(May 20, 2007)
アメリカ人気質を理解するキィ・フレーズの一つは"I'm proud of you."でしょう。このフレーズが出て来たら、それは映画の泣かせどころと云って間違いないと思います。
湾岸戦争を戦っている兵士を慰問したブッシュ大統領が、"We are proud of you."という台詞を発する場面は容易に想像出来ます。フットボールやバスケットボールで全米一になったチームを迎えた知事や市長が"We are proud of you."と云うのもお決まりです。これらは当たり前の場面なので、別に何ということはありません。日本の高校野球日本一になったチームを迎えた知事や市長、校長が「あなた方は当県(市、校)の誇りです」と云うのと同じ状況です。
しかし、個人レヴェルの"I'm proud of you."は、どうでしょうか?"I'm proud of you."は日本語に置き換えられない感情です。「あなたは私の誇りです」と訳しても、全然感情は伝わりません。日本には「私の誇り」という表現は無いからです(少なくとも私はそう思います)。“日本の誇り”と云う表現はあっても、個人レヴェルの“誇り”は全く無いと云って過言ではないでしょう。
戦争や試合から戻った息子に、アメリカの父親や母親は"I'm proud of you, son!"と云います。アメリカ人にとって「お前は私の誇りだ」というのは最大級の褒め言葉です。戦争で負傷しようが、試合に負けようが、当人がベストを尽くしたことを認めるのです。
NHKの連続TV小説『おしん』を御覧になったことがおありでしょう。おしんの夫・竜三は戦時中軍需工場を経営し、徴兵にも一役買っていました。敗戦となったある日、竜三は責任を感じて自殺します。彼の位牌の前で彼を溺愛していた母親が「責任を取ると云いながら自分だけ楽にあの世へ行ってしまい、残った妻子に苦労させるとは何たる卑怯者!」となじります。するとおしんは、「戦争中は何も云わず、戦争が終わってから『あの戦争はよくなかった』と云う人間が多い中で、自分の生き方に筋を通した竜三は立派だったと思います。そんな竜三が私は好きです。大好きです」と云って、竜三の母親を感激させます。「そんな竜三が私は好きです」を英語の字幕にするとしたら、これこそ"I'm proud of him."になることは間違いありません。
私のゴルフ仲間の一人に、私が「トーナメントのBクラスで優勝した」と伝えると"I'm proud of you."という台詞が返って来ます。AクラスじゃなくBクラスなのでちと大袈裟な反応ですが、でも友人としてみれば手放しで賞賛したいわけです。逆に云えば、"I'm proud of you."と云い合う機会の有無が、人間同士の結びつきの緊密さの程度を表していると云えるかも知れません。
私が日本語を教えている青年たちに、彼らのパフォーマンスがよかった時、"I'm proud of you."と云うと、本当に嬉しそうな顔をします。芸を褒められて頭を撫でられたた犬は、尻尾を振りながらチンチンして口でハアハア云いますが、ほぼああいう感じです。チンチンはしませんけど:-)。
(April 20, 2007)
Naomi Wattsというハリウッド映画女優について考える時、私はいつも次のようなことを想像していました。彼女のお父さんはアメリカ海軍か空軍の兵士として日本に駐屯し、“ナオミ”という女性と恋仲になった。しかし、二人は結ばれず別れ別れに。その兵士は後に結婚して、生まれた女の子に想い出のNaomiと名付けた。いまや映画スターになったその子の名前には、日米の架け橋となる意味が含まれている…と。
直美、奈緒美、奈穂美、尚美、直己、直実、直見、なおみ。これらは日本人の名前として定着しています。 「映画データベース- allcinema」で調べますと、直美 81人、奈緒美 36人、奈穂美 3人、尚美 33人、直己 7人、直実 7人、直見 1人、なお美 2人で、計170人。全て映画関係者(女優とは限らず、色んな専門家を含む)です。
Naomi Wattsのお父さんがどの“ナオミ”と出会ったのかは不明ですが、30年以上前ですと多分一般的な“直美”だったのではないか…てな想像をするのは私一人ではないような気がします。しかし、こういう推測は大間違いのこんこんちきだったのです。
英語版の映画データベースIMDbで"Naomi"を検索すると、次のような警告メッセージが出ます。「500人以上の検索結果があります。もっと範囲を狭めた検索をするか、全てを見ることも可能です(でも、【見るだけでも大変なので】われわれが警告しなかったとは云わないで下さい)」。構わずに「全部見る」を選ぶと588人の名前がずらずらと並びます。そこには「もっと探す」という選択肢もあり、それを選ぶとさらに408人の名前が出て来ます。計996人。映画関係者だけでです。一般人も入れたら膨大な数になるでしょう。そんな数のアメリカ兵士が日本で“ナオミ”という女性と恋仲になったとは考えにくい。これには裏があると思って、Googleで"Naomi name origin"で検索しました。
すると、"Naomi"は"nay-OH-mee"(ネイオーミー)と発音し、聖書に出て来る女性の名前で、意味は"pleasant"(楽しい、愉快な)とありました。聖書の人物ですから、この名前は世界中の人々に付けられているようです。
そう云われて思い出したことがあります。私の高校時代、「義昭」という名前の同級生がいました。彼の家はクリスチャンで、聖書の「ヨシュア記」からとって「義昭」と命名されたんだそうです。「直美」という名前の日本人の多くもクリスチャンの家族なのかも知れません。
ところで、Kobe Bryant(コーベ・ブライアント)というバスケットボールの花形選手がいます。私は"Naomi"で懲りたので、彼のお父さんが日本に駐留し、神戸で日本女性と恋に落ちたとは考えませんでした:-)。直ちにGoogleで"Kobe Bryant name origin"で検索すると、何と彼のお父さんがレストランのメニューで"Kobe beef steak"という名前に魅せられ、息子の名前に拝借しちゃったんだそうです。この謂れが出ていたのは http://www.behindthename.com/articles/fikes.php というサイトですが、日本起源の妙な名前としては "Japan, Nissan, Yashica"などがあるそうです。こんな名前を付けられた子供は堪りませんね。
(March 30, 2007)
山田洋次監督の映画に『幸福の黄色いハンカチ』というのがありました(1977年公開)。殺人罪で網走刑務所に服役していた高倉 健が出所し、夕張炭坑住宅に住む妻・倍賞千恵子の元に急ぎます。服役前、彼は「待っていてくれなくてもいい。しかし、おれがお前の元に戻ってもいいのなら軒先に黄色いハンカチを出しといてくれ」と妻に云ってありました。恐る恐る家に近づくと、何と満艦飾のように黄色いハンカチがはためいているではありませんか!この物語は、アメリカ映画としてリメイクされることが発表されました(2007年2月)。
2004年〜2005年にかけ、私のアパートの隣りのドアに大きな黄色いビニールのリボンが飾られました(右の写真)。私の住む町の公園脇の木(普通12月にクリスマスのイルミネーションが飾られる)にも無数の黄色いリボンがつけられ、“黄色い花が満開の木”に変貌してしまいました。そして、市民の自動車の多くに黄色いリボンの形のスティッカー(写真の左側に見える輪になったもの)が貼られ、それには"United We Stand"とか"Support Our Troops"などという文字が入っていました。これら全てはイラク戦争に赴いている兵士の無事の帰還を祈るシンボルだったのです。隣りの婦人Elaine(イレイン)の息子Billy(ビリィ)は当時州兵で、非常時ということで狩り出されてイラクに一年と一ヶ月赴いていたのでした。彼が帰還し、空港で母親と抱き合っている写真は新聞の一面を飾りました。最近Billyは陸軍に採用され、またもイラク行きとなったそうで、再び黄色いリボンの登場となりました。
何故、誰かの帰還を待つ時、リボンを飾るのか?また、何故それは黄色なのか?不思議でした。
山田洋次の脚本の原典は、アメリカのコラムニストPete Hamill(ピート・ハミル)が誰かから聞いた話をまとめた新聞記事'Going Home'(1971)でした。この物語は'Tie a Yellow Ribbon 'Round the Ole Oak Tree'(樫の木の周りに黄色いリボンを結んで)という歌となり(1973)、大ヒット。Pete Hamillの物語ではハンカチだったものが、歌になった時にリボンに変貌していました。作詞家が別途聞いた実話では白いハンカチだったのですが、「"white handkerchief"では韻律がよくないのと、映画'She Wore a Yellow Ribbon'『黄色いリボン』(1949)の影響もあって黄色いリボンにした」と作詞家は打ち明けたそうです。
私はJohn Ford(ジョン・フォード)の『黄色いリボン』を何度も観ていましたし、その主題歌'Round her neck she wore a yellow ribbon'(彼女は首の周りに黄色いリボンを結んでた)も知っていました。西部のある砦の守備隊長の娘は髪に黄色いリボンを飾り、「それは誰のため?」と聞く若い騎兵隊員たち数人各個に「あなたのためよ」と云って気をもたせます。本来は遠征に出掛ける恋する兵士の無事を祈って黄色いリボンを飾るのだそうです。「私には意中の人がいるの。他の人が誘惑しても無駄よ」という貞節の意思表示で、兵士も安心して戦場へ行けるという仕掛けです。
実は「黄色いリボン」主題歌の起源は16世紀あたりまで遡れるらしいのですが、それはリボンでもハンカチでもなく緑の柳の枝だったそうで、やはり映画『黄色いリボン』あたりが現代人の感覚の行き着く終点と云えそうです。
今回、『幸福の黄色いハンカチ』の筋を振り返ってみて、山田洋次に完全に騙されていた点を発見しました。同じ北海道に住んでいるわけですから、黄色いハンカチを一杯飾るような愛情深い奥さんなら、一年に一回か二回は刑務所に面会に行くか、少なくとも手紙ぐらいは出してもいいところです。そして、「刑期満了も近いわね。お赤飯炊いて待っていますからね」とか云うのではないでしょうか?だとすれば、旦那がびくびくしながら家に戻る必要はないのです。劇的ではありませんが、それが普通でしょう。われわれ観客はすっかり騙されていたのです。観ている時には気づかない、映画の魔術ですね。
(February 20, 2007)
私は「辞書ではわからない言葉の背景」 http://www.asahi.com/english/weekly/ study/dic.htmlというウェブ頁を欠かさず読んでいましたが、2005年の記事に「英語文化が示すpast(過去)」というのがありました。
「神は腐敗したソドムの町を硫黄と火とで滅ぼすことにした。ソドムの町に住むロトに御使(みつか)いの一人が『あなたは妻子と共にここを逃れなさい、その際、うしろを振り向いてはいけません』と忠告するが、ロトの妻はうしろを振り向き、“塩の柱”となってしまう」という旧約聖書『創世記』からの引用をはじめ類似の表現が沢山並んだ後、「以上の引用を通じて判ることは、英語文化の背景としてのキリスト教には、『振り返って(うしろを)見る』(looking back) ことは、神の命に背くことになるということである。日本語に普通の『その節はいろいろとありがとうございました』、『いつぞやは一方ならぬお世話になりました』といった、過去に言及した挨拶表現が英語に存在しないことと、上記の神の命令との間には深い関係がある」(by 山岸勝榮・明海大学教授)と書かれていました。
別項「Indian gift」に記したような、奢られても世話になっても、“借り”にならないというアメリカ人の思考法はそういうことだったのでしょうか。それがキリスト教起源となると、別にアメリカ人だけが“恩知らず”(?)ということではなく、イスラム教徒、仏教徒などを除く、ほぼ世界中の国々の人々が“恩知らず”ということになります。私には信じられませんでした。
私の友人で元・数学教授のMike Reekie(マイク・リーキィ)に上の話を紹介しました。彼は即座に『創世記』と「過去に言及した挨拶表現」の関係を否定しました。彼は教会の役員でもあり、司祭が不在の際の説教師でもありますので、聖書に関する造詣は深いのです。もちろん、「過去に言及した挨拶表現」が無いということになると、それは「無礼、無作法」ということになりますから、彼が否定したくなる気持ちも判ります。
いい例を挙げましょう。アカデミー賞受賞者が胸元から引っ張りだす紙に書いてある、われわれにとって退屈この上ない名前の数々は、「一方ならぬお世話になった」人々の名前です。彼らは受賞が自分一人の手柄ではなく、沢山のバックアップがあったことに感謝しているわけです。キリスト教圏の人々も過去に関して礼を云うこともあるわけです。
(January 20, 2007)
【後記】上の私の記事に対し、引用文の筆者であられる山岸勝榮様(明海大学教授)からメールを頂戴しました。欧米人に貸し借りという観念がなく、感謝もその場で述べたらもう後に繰り返すことは先ずないという点では山岸様も私も同意見ということになりますが、私の文章が舌足らずであったり、山岸様の感情を逆撫でするような表現があったことをお詫びいたします。これは山岸様が「詫びろ」と主張されたわけではなく、私の自発的なものであることを付記します。なお、今回の記事の趣旨をよりよく理解して頂くために、山岸様からのメールの転載をお願いし、快く御了解を頂きました。
(February 24, 2007)
私は、「過去に執着しない英語文化」の背景を成す理由の1つとして、「創世記」、「ルカによる福音書」、「イザヤ書」等からの引用を致しましたが、今でもそれは間違ってはいなかったと思っております。ご友人のMike Reekie様が「創世記」と「過去に言及した挨拶表現」の関係を否定なさったというのは無理からぬことだと思います。ただ、私は、聖書が「過去を振り向くな」という趣旨のことを書いているから、それだけが理由で、英語には「過去に言及した挨拶表現」がないのだと書いたつもりはありません。
拙稿にありますように、「英語文化では、…の影響“も”あって、過去を振り向くことを日本の場合“ほどには”重視しない」と書きました。あくまでも比較の問題です。高野様は、「『過去に言及した挨拶表現』が無いということになると、それは『無礼、無作法』ということになりますから、彼が否定したくなる気持ちも判ります。」と書いておられますが、大事な箇所を落とした形で引用なさっておられます。私は、「日本語に普通の『“その節は”いろいろとありがとうございました』『“いつぞやは”一方ならぬお世話になりました』といった、過去に言及した挨拶表現が英語に存在しないことと…」というように、“その節は”“いつぞやは”というきわめて日本的・抽象的言い方を伴った表現が英語に存在しないと書いております。高野様の引用は、そのうちの「過去に言及した挨拶表現」という箇所に焦点を当てておられます。
たとえば、私の実際の経験に基づく例ですが、以前、ある学会に出席した際、それよりもさらに十数年も前にロンドンで多少のお世話をした人から、「“その節は”お世話になりました」と丁寧に礼を述べられたことがありました。これを英語に直訳すれば、Thank you very much for many things you did for me at that time [then]. とか、 Thank you very much for all you so kindly did for me at that time [then]. とか、Thank you very much about that time. といった言い方になりますが、いずれの言い方も(文法的には問題はないものの)英語としては不自然だと思います。私が拙稿で書いたことは、まさにその点でした。
英語では、高野様もよくご存じの通り、相手が何かを(して)くれた場合、その時、その場できちんと礼を述べることが重要で、あとになって礼を言うのは、相手が何かを(して)くれたにも拘わらず、何らかの理由でその場で礼を述べることができなかったというような場合になるのではないかと思います。英語では、Thank you very much for the nice [wonderful] present you gave me the other day.(先日は素晴らしいプレゼントをありがとうございました)と過去に言及しながら礼を述べることもあると思います。ただし、その場合でも、あくまでも「先日」 のことであって、「十年も前(=その節)」というようなものではないはずです。しかも、英語の “the other day” は日本語の 「先日」よりも近い過去 (2、3日前) を指すことが多いのではないかと思います。一度きちんと礼を言っておきながら、何日も(何週間も)経って、再び礼を言えば、「この人は私にまた何かを望んでいるのではないか」と、痛くもない腹を探られかねないのが英語文化ではなかろうかと思います。日本人は(私が上でご紹介した例のような)十年前の礼を言うような人を「義理堅い人だ」「恩を忘れない人だ」などと評価しますが、英語圏の人々にはまさに理解不能なことでしょう。
高野様がご紹介になっておられるアカデミー賞受賞者の例は、もちろん英語圏では普通のことだと思います。確かにそれは「彼らは受賞が自分一人の手柄ではなく、沢山のバックアップがあったことに感謝している」証拠です。そのような気持は万国共通のものでしょう。私が拙稿で書いたことを援用して申し上げるならば、アカデミー賞受賞者であっても、「“その節は”…」とか「“いつぞやは”…」というような発想はしないだろうということです。
英語圏の人々、たとえばアメリカ国民の多くが過去を“日本人ほどには重視しない”のは、前記したような宗教的伝統もあるでしょうし、多民族性や民族の移動性といったことも関係しているでしょう(その他の理由も混じっているかも知れません)。
平成19年(2007年)2月24日 山岸勝榮・明海大学教授
私は「奢られたら、次は奢り返す」、「何か貰ったら、何か上げる」という日本人の思考・習慣を「メンタルな貸借対照表」と呼んでいます。日本人は貸借対照表を常にチャラにしておかないと落ち着かない人種だと思います。“借り”があるまま忘れ去ることを恐れ、“貸し”たままだと相手を恩知らずと心の中で罵る。
アメリカで暮らし始めて驚いたことの一つは、彼らが奢られっ放し、貰いっ放しで、お返しをしようなどと思わないことでした。十年近く住んでみて、もう驚きはなくなり、そういう人種なんだと悟る境地に到達しました。そして、それを裏書きする表現を発見しました。
"Indian gift"(インディアン・ギフト)「返礼目当てで与える贈物」
"Indian giver"(インディアン・ギヴァー)「一度与えたものを取り戻す人。返礼目当てでものを与える人」
これはこちらに住んでいる日本婦人たちから聞いた言葉で、「この前上げたあれ、返してくれる?」と云う人を定義する言葉として語られました。
'Word and and Phrase Origins'という語源の本によれば、贈呈したものに見合わない返礼があった場合に、アメリカン・インディアンは先の贈物を取り戻すという風習があるそうです。もし、贈呈したものより過分な返礼を受けると、侮辱されたと感じるアメリカン・インディアンも中にはいるとか。アメリカ英語には"Indian"がつく言葉が500ほどあるそうですが、その多くはインディアンの正直さを貶めたり知能を馬鹿にしたりする意味に使われていると書かれています。
アメリカン・インディアンはモンゴロイドで、日本人と同じように子供の頃蒙古斑が現われます。そういう人種ですから、われわれ日本人と同じ厳密な「メンタル貸借対照表」が存在するようです。そして、英語の意味が示すように、アメリカ人は無償の好意以外は毛嫌いし、返礼を期待する人を軽蔑していることが解ります。
日本人は「只ほど高いものは無い」と云い、無償の好意を受けたことによる義理を痛感し、どう返礼すべきか苦慮します。英語にも"There's no free lunch."(タダの食事などというものはない)という言葉がありますが、これは「うまい話には気をつけろ」、「騙されないように」という戒めです。「お返しをしなくてはいけない」という意味ではありません。
私が体験したアメリカ人たちの行為(というか、行為の無さ)は、東洋人とは全く別な次元のものの考え方から来ているようです。
(December 30, 2006)
私の住むミシシッピ州Meridian(メリディアン)はバイブル・ベルトの主要な部分に位置し教会の数も多く、地方紙には週一回「宗教」という4頁ほどの特集が入るほどです(大半は教会の広告ですが)。
クリスマスの商業化は日本だけかと思っていましたら、バイブル・ベルトの中も形骸化しつつあるようです。図はある教会のクリスマス・シーズンの新聞広告ですが、「一体誰の誕生日なのか?」と大衆に問うています。
同じ号のメインの記事は"Do we know the reason for the season?"(私たちはこの祝日シーズンの理由を知っているでしょうか?)というもの。ショッピング・モールの買い物客の写真と共に、何人かの司祭たちの意見が集められています。ある司祭は「私もクリスマスの商業化を嘆く一人だが、強固な無神論者でさえこの祝日の喜びを分ち合うことに意味がある。キリスト教の影響がなくてもツリーを飾り、プレゼントを交換する国が多い。誰かへの贈り物を選び、その対価を払い、無償で与えるのは、神が過去、現在に我々になしたもう行いの影のようなものである。その頂点はイエスの生誕、死、そして復活である」
別の司祭は「"Christmas"を"Xmas"と書くのは、子供たちにキリストではなくサンタクロースを信じさせるに過ぎないと私は憂える。
プレゼント選びもシェアリングではあるものの、自分の能力の範囲で行うべきだ。借金をしてまで贈り物をし、次のクリスマスまでに払い切れないようでは悲劇である。
我々は商業的側面にエネルギーを費やし、宗教的側面をないがしろにしている。クリスマスは神がその息子を私たちに与えたまい、息子は私たちに恵み(恩寵、慈悲、救世)をもたらした。私たちはこれを祝福すべきなのであって、ショッピングモールの売り上げを祝福すべきなのではない」
借金うんぬんは信じられないでしょうが、私が尋ねたことのある若い親たち(白人)は子供一人につき20個もプレゼントを買っていました。「子供を失望させたくない、半分喜んでくれればいい」ということかも知れませんし、返品天国アメリカなので「子供が気に入らないものは返品すりゃいい」という態度かも知れません。
2002年12月23日のasahi.com(朝日新聞)には「本来のクリスマスに戻れ ローマ法王、商業主義化を批判」という記事が載りました。「ローマ法王ヨハネ・パウロ2世は22日、サンピエトロ大聖堂前の広場に集まった信者に対し、クリスマスが商業主義によって変質しつつある現状を批判、本来の精神に立ち返るよう訴えた。『家族や友人同士で贈り物を交換する美しい伝統も、商業主義の影響を受けてクリスマスの真の意味を見失わせる危険がある』とも述べた」という記事です 。しかし、12月22日にこんなことを云っても遅いですよね。もう大方の家のツリーの下にはプレゼントが山と積まれている頃ですから。
もう一つ。あるコラムニストが"Whatever Happend to 'Merry Christmas'?"という意見を載せました。最近、どこでも、誰もが"Happy holidays!"と云い、"Merry Christmas!"と云わないと嘆いているのです。そう云えば、当市の銀行の出納係もガソリン・スタンドのレジ係も"Happy holidays!"と云っていました。アメリカ人と一口に云っても必ずクリスチャンとは限らないわけで、他の宗教の人々に配慮して"Merry Christmas!"と云わなくなったようです。
2005年の秋頃、キリスト教の連盟が「もしスーパーWalmart(ウォルマート)の店員たちがまだ顧客に"Happy Holidays!"と云うなら、われわれはWalmartをボイコットする」と宣言しました。そのせいで、この年Walmartのキャッシャーたちは"Merry Christmas!"と云っていました。2006年も同じ方針だそうです。
そもそも、人種の坩堝(るつぼ)であるアメリカは、クリスチャンばかりで成立しているわけではありません。ユダヤ教、ヒンズー教、イスラム教、仏教など、信心はさまざまです。それでお客の神経を逆撫でしないように…という営業政策から"Happy Holidays!"が始まったようです。しかし、そうだとすればクリスマス・ツリーは「ホリデイ・ツリー」、クリスマス・プレゼントは「ホリデイ・プレゼント」でなければおかしい理屈です。もともとクリスマスは単なる祝日ではなく宗教的起源ですから、「ホリデイ(休日)」と一般化するのは無理がありますよね。
蛇足ですが、こちらには「クリスマス・ケーキ」というものはありません。あれは日本だけのものです。
(December 10, 2006)
あるアメリカ人男性と車で一時間離れた大きな町へ行きました。彼の車で彼の運転です。そこの有名な寿司屋を探したのですが、私も彼もよそ者なので中々見つかりません。私が「どっかの店で止めてくれたら、道を聞いてくる」と云ったのですが、「いや、必ず見つかる」と彼は同じ道をぐるぐる行ったり来たりします。彼は「おれたちは道を聞いたりしないんだ。自分で見つけるんだ」と宣言しました。私はこの男の思考は合理的ではなく、馬鹿げているとさえ思いました。しかし、ハンドルを握っているのは彼ですから、私にはどうしようもありません。結局、お目当ての寿司屋は見つからず、別の寿司屋でお茶を濁すことになりました。
ある日本婦人が亡くなり、当地に住む日本婦人三人と一緒にお葬式に行きました。お葬式は車で40分ほど離れた町で行なわれたのですが、埋葬はさらに小一時間のドライヴで小さな田舎町へ行かなくてはなりませんでした。前の車について行ったのですが、高速道路からどんどん砂利道へと進んで行きます。と、三叉路でその車がUターンし、元来た道を引っ返して行きます。私は彼らが地元の農家に道も聞かずに引っ返して行ったことに疑問を抱きました。自分の思い込みだけで行動しているようです。私はこちらの車を運転していた婦人に「あの農家で聞いて来ます。一寸待ってて下さい」と云って、車を止めて貰いました。
その後、田舎の教会を探しながらのドライヴで、次のようなことが明らかになりました。同伴の日本婦人三名はみなアメリカ人男性(軍人)と結婚して、夫の郷里である南部にやって来て未亡人となった人たちなのですが、彼女たちの夫もみな道を聞くのを嫌がったと云うのです。「人には聞かずに自分で見つける」と云い張ったそうです。
知り合いの25歳の男性に聞きましたら、「目的地をきちんと把握しておくべきなので、道を聞くのは恥ずかしい行為。同乗者がいたら絶対に聞かない。一人の場合なら聞くこともあるが、ガソリン・スタンドや公共施設で聞き、通行人や付近の一般住宅で聞いたりはしない」とのことでした。老若には関係ないわけです。
では、それは南部の頑迷な男たちに特有の態度なのか?北部の男性には無い傾向なのだろうか?と思いました。私がメールをやりとりさせて頂いている方のお一人は、ニューヨークを初め北部の数ヶ所で留学経験を持つ方なので、この件についてお尋ねしてみました。御親切にも、「私は気がつかなかったが、メールでアメリカ人たちに聞いてみましょう」と申し出て下さいました。そして、何と十人もの北部・東部・西部のアメリカ人男性たちから回答を得て下さったのです。
その結果、道を聞かないのは全米のアメリカ人男性に共通する傾向であることが判明しました!数人が「自分は道を聞くが、頑固に道を聞かない男性がほとんどである」と答えましたが、ほとんどの男性は「私は道を聞かないが、それはプライドの問題である」とし、フロンティァ精神まで持ち出す人もいました。つまり、開拓者たちが人に聞いたりせずに自分の道を切り拓いた伝統であるというわけです。確かに、幌馬車隊が地元インディアンに道を聞いたりはしませんわな(殺されてしまう)。しかし、「道を聞かない」のが全米男性の傾向なら、このフロンティァ精神は眉唾です。開拓者の子孫など一握りであって、アメリカ人のほとんどはその後の移民であると考えられるからです。
ある男性は「私が迷った時道を尋ねると驚く御婦人が多い。彼女たちが知る男性の多くは馬鹿だから道を聞かないと決め込んでいるからだ」と云っています。あるユダヤ人男性は「聖書に『ヘブライ人は40年間“約束の地”を探して砂漠をさまよったとある。40年も。当然だ。彼らの指導者は男性で、馬鹿であるかプライドが高過ぎて道を聞かなかったからだ』というジョークを寄せて来ました。
Googleで"Why men don't ask for directions?"というキーワードで検索してみました。何と、2,090,000 件(フレーズ検索だと718件)もヒットしました。以下はCNN系列のサイトから:
Everyone knows that men refuse to ask for directions when they're lost. (道に迷った時、男性が道順を訊こうとしないのは周知の事実である)
(http://money.cnn.com/magazines/moneymag/moneymag_archive/2006/07/01/8380769/index.htm)
男性(女性は別です)が道を聞かないのが全米的傾向であることはアメリカの常識のようです。'Why Men Won't Ask for Directions'という本まで出ていることが分ります(http://www.amazon.com/exec/obidos/ASIN/0691057575)。私が日本で仕事をしていた頃、TV局の運転手さんもタクシーの運転手さんも、迷ったらすぐ道を聞きました。通行人にでも、お店の人にでも。プライドも何もありません。私自身も誰にでも道を聞きます。一人の意見だと心配な場合、少し離れて別な人に再度聞いたりします。道を聞かないのは時間の無駄であると思います。世界中で最も合理的人種に思えたアメリカ人の、非合理的一面を発見したことに驚いています。
(November 10, 2006)
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