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公開:1960
監督:Elia Kazan
地域:テネシー州
出演:Montgomery Clift、Lee Remick、Jo Van Fleet、Albert Salmi、Jay C. Flippen、Frank Overtonほか
範疇:原作もの/ダム建設/TVA(テネシー川流域開発公社)の役人/地元老婦人の立ち退き説得/ロマンス
私の評価 :☆
【Part 1】
これは不遇な映画で、名匠Elia Kazan(イーリア・カザン)の作品だというのに、VHS化もDVD化もされていませんし、TV放映も(最近では)ありません。では、なぜ私が観られたかというと、一寸長い話になります。もう六、七年も前、eBayに出品しているセラー(アメリカ人中年女性)から何本か“南部もの”のヴィデオを購入しました。メールのやり取りの際、私が「私の興味は“南部もの”なんだ」と説明したところ、そのセラーが「うちにはこれだけある」と、簡単な説明付きのリストを送ってくれました。その何本かを注文したら、「あまり状態の良くないものも一緒に送る。これはおまけだ」と云って付けてくれたのが本作'Wild River'なのです。
「状態がよくない」なんてものじゃなくて、元々ずっと以前にAMC-TVで放映されたものの録画というだけでなく、音声が低くて雑音混じりでよく聞こえないのです。“おまけ”で当然です。TV録画を売るというだけで著作権侵害ですが、こんな状態のヴィデオを売ったら詐欺扱いされるでしょう。
というわけで、このVHSは当家のヴィデオ棚でずっと埃をかぶっていました。私が入手・鑑賞出来る“南部もの”が底を突き、これを観るしかなくなったので、止むなく引っ張り出しました。しかし、鮮明な音声でさえ、私の語学能力では聴き取るのが大変なのに、雑音混じりの台詞がどこまで理解出来るか疑問でした。案の定、視聴を始めて数分、主役の置かれた状況がよく飲み込めません。「こりゃ駄目だ」と投げ出そうとしかけたのですが、「ものは試し」とTVのリモコンのClosed Caption(クローズドキャプション、音声の字幕表示)のボタンを押してみました。古いTV放送なのに、なんと字幕が出て来ました。ハレルヤ!私は音声は俳優たちの台詞廻しのトーンを聞くにとどめ、主に字幕を読みながら観ることにしました。こうして、なんとかこのリヴューを書くことが出来るようになった次第です。
読者が「そんな人気がない映画なら、大した内容ではないんだろ」と思われるかも知れないので、興味をつなぐための種を仕込んでおきましょう。IMDbによれば、この映画は監督Elia Kazanのお気に入りの作品なのだそうです。この作品があまりにも不遇であることが不憫で、彼は20世紀フォックス社から映画を買い取ろうとしたそうです。但し値段の折り合いがつかず、この試みは挫折しました。また、フランスでこの映画が公開された1962年、映画雑誌'Cahiers du Cinema'(カイエ・ド・シネマ)はその年のベスト・ワンに選んだそうです。シナリオもよく出来ており、俳優たちの演技も見もので、決してひどい映画ではありません。
テネシー川はテネシー州東部に始まり、アラバマ州北部をかすめてテネシー州を横断し、ケンタッキー州でオハイオ川に合流するという、七つの州にまたがる全長1,045キロの川。毎年のように洪水を起し、荒れ狂う濁流は流域の町や村を崩壊させ、人々の生命を奪って来た。もともとこの流域の農民の暮らしは、電気もなく農業の生産性も上がらず、賃金も低く惨めなものだった。そこへ大恐慌が襲い、失業者が溢れ、人々は生き残るために必死になっていた。
フランクリン・ルーズヴェルト大統領は、1930年代の大恐慌対策「ニュー・ディール政策」の一環として、1933年にテネシー川流域開発公社(略称TVA、政府機関)を発足させた。これは流域に30を越えるダムを建設してテネシー川をコントロールし、地域の雇用を促進し、電力によって地元民の生活も向上させるという壮大な計画だった。
この映画は氾濫するテネシー川の実写と、洪水で家族を失った男の証言でスタート。ナレーションがTVAの説明をする。
テネシー川の一部に川の中に出来た島があり、その地主の農家と小作人たち(黒人)の家々が点在している。そこは間もなくダムに沈むことになるのだが、頑固な老婦人Jo Van Fleet(ジョー・ヴァン・フリート)は土地を売り渡すことを拒み、立ち退きを拒否していた。Jo Van Fleetの説得に失敗したTVA事務所は次から次へと所長が交代し、三人目の所長Montgomery Clift(モンガメリ・クリフト)がやって来る。事務所の女性たちは、彼が若いので驚く。
その町のTVA事業の責任者である町長は床屋の親父であった。Montgomery Cliftは、町長の案内で伐採地を見て廻る。人手不足で作業は遅れているが、町長は「黒人を雇うと白人が辞めてしまうから」と黒人を雇いたがらない。Montgomery Cliftは問題の島に渡ることにする。粗末な木造フェリーを竿で操って川を横切る。島には"TVA KEEP OFF"(TVA入るべからず)の立て札がある。
Jo Van Fleetとその孫娘Lee Remick(リー・レミック)らは、Montgomery Cliftの話しかけを無視し、家の中に入ってしまう。Lee Remickの5歳の娘から男たちの居場所を聞いたMontgomery Cliftは、老婦人の息子たちの説得に向う。長男Jay C. Flippen(J.C. フリッペン)ら三人の息子たちは母親に従順で、Montgomery Cliftの言葉に耳を貸さない。彼が老婦人に"senile"(耄碌した)という形容詞を使った時、三男が「"senile"とはどういう意味だ?」と長男に聞き、長男が「"crazy"という意味だ」と答えると、三男はMontgomery Cliftの身体を担ぎ上げ、川に抛り込む。
翌朝、Montgomery Cliftがまた島にやって来る。一家の長Jo Van Fleetは三男の粗暴な扱いを詫びる。Montgomery Cliftが「ダムは川をおとなしくさせ、電気をもたらしてくれるんだ」と云うと、彼女は「荒れる川は自然そのもの。私はそれが好き。いかなるダムにも反対する」と応じる。Jo Van Fleetは彼を一家の墓所に案内する。夫の墓には「1839年生〜1889年没」とあり、隣りには彼女の墓が用意されている。「夫は少年の頃にここへやって来て、木を切り、道を拓いた。私に『この土地を捨てるな』と云い遺して死んだ。だから捨てない」と語る。
Montgomery CliftはLee Remickと話す。彼女は以前川の対岸に住んでいたのだが、愛する夫が亡くなった後、この島へ二人の子供とやって来た。間もなく、親切な男Frank Overton(フランク・オーヴァトン)と結婚するつもりであることなどを話す。Montgomery Cliftは「愛してもいない男と結婚するべきじゃない」と云う。フェリー乗り場まで送って来たLee Remickは、フェリーに跳び乗り、対岸にある自分の(以前の)家に案内する。彼女はMontgomery Cliftに"Don't go!"(行かないで!)と何度も云う。
Montgomery Cliftは伐採作業の遅れに苛立ち、黒人作業員たちを雇う決意をする。町の実業家が三人やって来て、「黒人にいくら払うんだ?」と聞く。彼が「白人と同じ、一日5ドルだ」と云うと、「黒人には2ドルが相場だ」、「黒人の賃金を吊り上げられたら、この町の経済は破綻する」と批難する。三人は町の粗暴な男Albert Salmi(アルバート・サルミ)が黙っちゃいないだろうと、脅しの言葉を残して去る。
孤独なLee Remickは誠実なMontgomery Cliftを愛し始めていた。ある晩、二人はベッドを共にする。二人が懇ろになったことを、町の男が目撃し、粗暴な男Albert Salmiに告げる。Albert Salmiはホテルの部屋で待ち受け、因縁をつけてMontgomery Cliftを叩きのめす。親切な男Frank Overtonがコーン・リカーを買って来てMontgomery Cliftに呑ませる。酔ったMontgomery Cliftは、Frank Overtonと共に島へ渡り、Jo Van Fleetに向って「あんたが何と闘ってるか知ってる。それはあんたの"dignity"(面子)だ。そうでしょ?」と云い、その場に伸びてしまう。
ワシントンD.C.の政府高官がMontgomery Cliftに「強制してでも老女を立ち退かせろ」と命令して来る。Jo Van Fleetの息子Jay C. Flippenらがやって来て、「お袋を禁治産者にして島を売ることにする」と云う。Jo Van Fleetに共感するところのあるMontgomery Cliftは、「それより銃で追い立てる方がマシだ」と答え、強制退去の手続きをする。島へ渡り、Jo Van Fleetに「いま、私と一緒に来なさい。あなたは一体何を証明しようとしているんだ?」と詰め寄る…。
Montgomery Cliftは'Raintree County'『レインツリー・カウンティ』(1957)の撮影中、共演者のElizabeth Taylor(エリザベス・テイラー)のパーティからの帰途、車で電柱に激突。顔面に大きな傷害を受けてしまいました。手術によって、何とか映画にも復帰出来るようになりましたが、以前の憂いをたたえた繊細な美男の容貌は失われ、表情や演技も一本調子にならざるを得ませんでした。復帰第一作の'Raintree County'はその最たるものでした。その後四本の映画に出演し、事故から三年後のこの映画では演技のギゴチなさがなくなり、事故のことを知らなければ普通に観られる芝居をしています。
Lee Remickはこの映画の時25歳。金髪と、楚々とした表情・姿態が美しい。前年に'Anatomy of a Murder'『或る殺人』で主演を務めただけあって、演技にも磨きがかかっています。彼女は「自作の中でこの映画が一番気に入っている」と云っていたそうです。Montgomery Cliftから色々学んだこと、監督Elia Kazanの指導などにも感謝していますが、自分の役作りが満足出来るものだったからだそうです。
Jo Van Fleetは'East of Eden'『エデンの東』(1955)で監督Elia Kazanの演出でアカデミー助演女優賞に輝いた人です。実際の年齢は46歳なのに、頑なな信念によって毅然と行動する80歳の白髪の老女を巧みに演じています。再度アカデミー助演女優賞候補にならなかったのが不思議なほど素晴らしい人物造形です。
物語は、Montgomery Cliftがどう老婦人Jo Van Fleetを説得するか(二人の丁々発止のやりとりが見もの)を軸に、Lee Remickとのロマンスが絡み、さらにMontgomery Cliftとレッドネックの地元民たちとの対立もあって、そう単純ではありません。'East of Eden'で見事なシネスコ画面の処理を見せたElia Kazanの演出力もまだ健在です。
アメリカでは財産を管理する権限の委譲を"power of attorney"と呼び、家長が心神喪失状態であることを訴え、認められれば後見人(親族)が権限を引き継げます。日本の禁治産者と同じです。私のカミさんと姉も、母親が鬱病で言動がおかしくなり始めてから、母親の権限を失効させ"power of attorney"(委任状)を取り付けました。
レアな映画なので、Part 2では後半の粗筋にも触れたいと思います。
(July 26, 2008)
Poster shown above is a courtesy of Nostalgia Factory.
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