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公開:1993年
監督:Nick Broomfield
地域:フロリダ州
出演:Nick Broomfield、Aileen Wuornos、Arlene Pralle, Steven Glazerほか
範疇:ドキュメンタリー/女性殺人鬼/死刑囚の周囲の金の亡者たち
私の評価 : ☆
【Part 1】
これはイギリスのドキュメンタリー作家Nick Broomfield(ニック・ブルームフィールド)が、アメリカの女性殺人鬼に興味を持ち、刑務所の彼女にインタヴューを敢行するまでの経緯を描いたドキュメンタリー。連続殺人犯Aileen Wuornos(アイリーン・ウォアノス)をモデルにした映画'Monster'『モンスター』(2003年)はCharlize Theron(シャリーズ・セロン)が主演女優賞を獲得して話題になりました。こちらのドキュメンタリーは、それに先行すること11年。
驚くべきなのは、警察が撮影したヴィデオ(Aileen Wuornosが殺人の模様を詳細に告白している)や、彼女の法廷での発言、彼女と行動を共にしていた女性Tylia Moor(タイリア・ムーア)【'Monster'ではChristina Ricci(クリスティーナ・リッチ)が演じていた】の法廷での証言などがバッチリとヴィデオで出て来ること。この法廷のカメラは多分地元ローカルTV局の放送に使われたもので、Nick Broomfieldの指揮下で撮られたものではありません。カメラは少なくとも三台はあるように見えます。裁判中はスティル写真さえ撮れない日本の法廷に較べると、呆れるほどの自由さです。
Nick Broomfieldは当時46歳。1973年頃からドキュメンタリー製作を始め、本作は14本目。この作品では彼は製作・監督・録音を兼ねていて、録音機を肩にマイクロフォン・ブームを持ち、自らインタヴューします。2003年には続編である'Aileen: Life and Death of a Serial Killer'『シリアル・キラー アイリーン 「モンスター」と呼ばれた女』を発表していて、そちらは2002年に処刑されるまでの最後のAileen Wuornosへのインタヴューが含まれているそうです(未見)。
フロリダ州。Nick Broomfieldはインターステイト(州間高速道路)75号線を走る。これはフロリダ州を南北に縦断する道路である。この沿道である時期八人の男が殺された。男たちが下半身裸だった点から見て、容疑者は売春婦であろうとされた。1991年、フロリダ中部東岸のデイイトナ・ビーチでAileen Wuornosが逮捕された。
・【警察撮影の取り調べヴィデオ】Aileen Wuornosは告白する。「あんなことをしなきゃよかった。銃など持ってなきゃよかった。あれは自衛のためだった。男たちはあたしを叩いたり肛門性交しようとした。あたしは抵抗し、逃げようとした。男が追って来るので、あたしはバッグから銃を抜き出し、彼等を撃った」
Aileen Wuornosの弁護士Steve Glazer(スティーヴ・グレイザー)は、以前はミュージシャンだったが現在は犯罪専門の弁護士となっている。彼は「Aileen Wuornosにインタヴューするには$25,000必要だ」とNick Broomfieldに云う。
・【ローカルTVの過去のニュース】Arlene Pralle(アーリーン・プラリ、当時44歳)は、自殺を試みたことのある女性だったが、生まれ変わってキリスト教精神に目覚めた。彼女はある日の新聞でAileen Wuornosの写真を見て、その目は犯罪者の目ではないと感じ、Aileen Wuornosに手紙を書き、電話で話し、ついにはAileen Wuornos(当時35歳)を自分の養女にすることにし、Aileen WuornosはAileen Carol Wuornos Pralleという名前になった。弁護士Steve Glazerは、Aileen WuornosとArlene Pralleのエージェントとなり、彼女らの出演料を要求する。
・Aileen Wuornosは1956年にミシガン州で生まれた。彼女が生まれて三ヶ月の時に母親は息子と娘を捨てて去った。幼い兄妹は祖父のもとで育てられたが、祖父は粗暴だった。1963年に、Aileen Wuornosの父親は七歳の子供に男色した刑で服役中の刑務所で自殺した。【註:Aileen Wuornosは13歳で何者かにレイプされて妊娠・出産したが、その赤ん坊はすぐ養子に出された。彼女は15歳で祖父の家を追い出され、仕方なく売春をして生きて行くことになった】
・Aileen Wuornosの義母となったArlene Pralleは、今やAileen Wuornosとは別個に出演料を要求するようになり、Nick Broomfieldに「エージェント(弁護士Steve Glazer)と契約を完了して、出演料を支払ってくれたらインタヴューに応ずる」の一点張りとなる。
・【最初の殺人事件の裁判の法廷ヴィデオ(1992年)】この当時の弁護士は公選弁護人で、犠牲者が強姦の前科で10年の刑期を務めたことを調べ上げなかったことが後に判明するほど手抜きであった。Aileen Wuornosは法廷で、男の暴力的肛門性交と彼女を痛めつけようとする男の非道さ、それに怒った彼女が銃で反撃した模様をつぶさに証言する。
・しかし、最初の裁判では死刑を宣告された。義母Arlene Pralleは公選弁護人を馘にし、Steve Glazerを雇った。Arlene PralleとSteve Glazerは次の三件の裁判では争うことをせず、反省の色を見せた方が陪審員から同情を得られると考え、二回目の裁判ではAileen Wuornosは殊勝な言葉を並べたステートメントを読み上げる。しかし、判決は又もや死刑。Aileen Wuornosは手の平を返したように悪態をつく。検事に向かって「あんたの女房や子供が肛門を犯されればいいのよ!」と捨て台詞を残して退廷する。
・Aileen Wuornosとのインタヴュー予定日、国立公園エヴァーグレイズの中にある刑務所を訪れると、彼女は面会を拒否した。義母Arlene Pralleは「裁判が思うように運ばなかったので、弁護士Steve Glazerとあたしを懲らしめるために、インタビューを拒否したんだわ」と推理する。
・監督Nick BroomfieldはついにAileen Wuornosに$10,000払った。彼は弁護士Steve Glazerに「"Son of Sam Law"という法律【註】がある筈だが…」と云うと、弁護士は「あれはもう効力を失ってる」と云う。
【註】"Son of Sam Law"(サムの息子法)とは有罪になった犯罪者が、自分の犯罪の映画化権、出版権などで金を得ることを許さない(その利益を没収して被害者に与える)としたアメリカの法律。しかし、その是非については何度も法廷闘争が繰り広げられており、確固としたものになっていない。
・Aileen Wuornosは控訴しないことを決意した。彼女は「後の裁判でも三回死刑になるのは確実。もう死刑決まってるのに、あたしを何回殺せば気が済むわけ?無駄だわよ」と云う。彼女に殺された犠牲者の家族のいくつかは、彼女の処刑に立ち会いたいと考えていた。彼等はAileen Wuornosと行動を共にしていたTylia Moor(タイリア・ムーア)も犯罪に加担していたと考えているのだが…。
私はNHKで数々のドキュメンタリー番組を撮影して来ました。その目で見るとNick Broomfieldの作法(映像の文体)の大きな違いを感じます。私が仕事をしていた頃のNHKドキュメンタリーはディレクターもカメラマン、音声マン、ライトマンも全員黒子に徹しようとしていました。インタヴューするディレクターを撮るということは普通しませんし(タレントやアナウンサーがインタヴュアーになる場合は別)、マイクロフォンやスタッフが映り込むことも極力避けていました。
しかし、Nick Broomfieldの場合はディレクター兼インタヴュアー兼音声マンなので、マイクが映ってもいいわけです。これはカメラマンにとっては非常に楽です。何故かと云いますと、話している一人の人物だけを撮っている場合、マイクはかなり人物に近寄れ、鮮明な音(声)が録れます。しかし、NHK方式でインタヴュアーとの2ショットを撮ろうとして画角を広げると、音声マンはマイクを隠すために引っ込めなくてはならず、いい音が録り難くなります。で、ワイドなショットがどうしても必要かどうか、画像を優先すべきか音を優先すべきかという決断を迫られるわけです。そういう場合、話の内容がわれわれの欲しているものなら人物のクローズアップに徹して音を優先し、どうでもいいような内容なら2ショットを撮る(これは編集で変化をつけるために役立つ)…という風にしていました。カメラマンは話の内容を厳密に値踏みしながら撮り続けなくてはなりません。
NHKのディレクターたちは感情を込めたり、何らかの主張を含めたりしないニュートラルなインタヴューを心掛けていました。Nick Broomfieldは、後半になって義母Arlene Pralleに「あなたは強欲だ」と決めつけて彼女を怒らせています。これはNHKの(多分、日本の)ドキュメンタリーでは絶対しないことです。
Nick Broomfieldは最後になってAileen Wuornosのインタヴューに成功しますが、これは$10,000(約100万円)払ってのことでした。日本のTV番組では、よほどの特番でもない限りこんなことは出来ません。番組予算が吹っ飛んでしまいます。特にNHKは「日本薄謝協会」と呼ばれるくらいで、一般人を取材するドキュメンタリーでは普通出演料無し、取材で家にお邪魔した場合に「電源使用料」として僅かな金額を差し出し、しかも領収書を頂いて帰らないといけない仕組みです。芸能人やプロのスポーツマン、作家、学者などを取材する場合は別で、NHK部内で定めてある出演料を目安に謝礼を払います(これも安い)。
Aileen Wuornosへのインタヴューで、Nick Broomfieldは話そうとする彼女の言葉を遮って自分が話しています。黒子であるべきNHKのディレクターはこういうことはしません。取材対象の話をこちらが望んだテーマに誘導することはあっても、相手の話におっかぶせてこっちが喋ったりすると、編集がしずらいのです。マナーの問題でもありますが、取材・編集上からも相手の言葉の切れ目を待つのが常道です。
法廷シーンのヴィデオにもたまげましたが、インタヴュー前後に親しげに微笑みつつNick Broomfieldとカメラに挨拶するAileen Wuornosの姿も印象的でした。
死刑になる彼女はお金を墓場に持って行けないわけですから、彼女がお金にこだわっているわけはないのです。刑務所内ではお金を使う途がありませんし。七人の男を殺したAileen Wuornosは本当は恐ろしい人間なのでしょうがそうは見えず【註】、彼女を取り巻く強欲な連中の方が恐ろしく見えます。それがこのドキュメンタリーの狙いだったとしたら、大成功ということになります。
【註】英語版WikipediaでAileen Wuornosに関する記事を読むと(http://en.wikipedia.org/wiki/Aileen_Wuornos)、殺人以外の犯罪歴も多彩かつ夥しく、彼女が桁外れのアウトローだったことが分ります。
(January 10, 2011)
Poster shown above is a courtesy of Nostalgia Factory.
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