Golf Tips Vol. 150

Phil Mickelson(フィル・ミケルスン)の青春の門・立志篇 + 不妊対策篇

'One Magical Sunday'
by Phil Mickelson with Donald T. Philips (Warner Books, 2005, $22.95)

[Phil]

これは珍しい趣向の本です。縦筋は2004年のThe Masters(マスターズ)優勝への各ホールをどうプレイしたかというPhil Mickelson(フィル・ミケルスン)の回顧録なのですが、そこに彼の誕生からアマチュア時代、プロ入り、結婚などの自伝的要素がちりばめられています。それだけではなく、さらに彼の両親、姉と弟、大学時代のコーチ、キャディ(Jim "Bones" Mackay)、妻Amy(エイミィ)とその両親、ロングゲーム・コーチRick Smith(リック・スミス)、ショートゲーム・コーチDave Pelz(デイヴ・ペルツ)などの証言も挿入されています。こんなユニークな構成の本は読んだことがありません。中々面白いです。

Phil Mickelsonは、カリフォーニア州、サンディエゴで1970年6月16日に生まれました。ゴルフに熱中していた父親Phil Sr.(フィル一世)は、赤ん坊がゴルフバッグを担いでいる絵の誕生カードに息子の名と身長・体重を記して、親戚や友人に配りました。父親Phil Sr.は米海軍の元戦闘機パイロットで、現役を退いてからは教官を勤めていました。彼は体操競技、スキー(オリンピック級)、水上スキーなどに優れたスポーツマンでした。

父親Phil Sr.は、息子が18ヶ月過ぎてちゃんと歩けるようになると、裏庭で自分がチッピング練習をする際、息子を正面に座らせるようになりました。息子が二歳になる直前、父は子供のサイズに切り詰めたクラブを渡し「打ってみろ」と云いました。「イエーィ!」と喜んだ息子は右利き用のクラブを反対に持って打ち始めました。ずっと父親のチッピングを正面から見ていた息子の脳には、ミラー・イメージが刻み込まれていたのです。父はスウィングの方向を別とすれば、息子のスウィングの基本はしっかりしているのを見てとり、それを壊すよりは左利き用のクラブを与える方が賢明だと考えました。普段の生活では自然な右利きのPhil Mickelsonが、ゴルフだけ左利きになった顛末でした。

Phil Mickelsonが三歳半の時、彼は父親が本物のゴルフ・コースに連れて行ってくれないので憤慨し、自分の四本のクラブが入ったバッグと毛布を背負って隣りの男の子と一緒に家出します。近所の人に「ゴルフ場はどっちですか?」と聞いた時、その近所の人は「あそこで左に曲がって、また左に曲がって、どーたらこーたら」と教えます。なんと、Phil Mickelsonはぐるっと廻って自分の家の前に戻って来てしまいました。家出だと知った近所の人が機転をきかし、大回りして戻って来る道を教えたのでした。仕方なく、父親はゴルフ場に息子を連れて行き、マネージャーを説得して幼い息子のプレイを認めさせます。以後、息子の放課後、学校に迎えに行った父親が真っ直ぐ息子をゴルフ場に連れて行くようになります。

Phil Mickelsonの両親は、息子を躾ける一番の方法は「ゴルフさせないわよ?」という一言であることを発見します。それほど、息子のゴルフ熱は不治の病になっていました。Phil Mickelsonが六歳の頃の夏休み、母親はお弁当と5ドルを与えて、毎朝息子をパー3コースに行かせます。グリーン・フィーは終日4.5ドルでしたから、残りで飲み物を二本買うことが出来ました。この年、彼は初めてセットのクラブを買って貰いました。

八歳になった頃、Phil Mickelsonはパブリック・コースの練習場のボール拾いのアルバイトをするようになりました。

Phil Mickelsonが九歳前後の頃、充分な収入を得て広い裏庭のある家に住んでいた父親Phil Sr.は、パッティング・グリーン(旗竿付き)とバンカー、その周囲にマウンドまで作り、様々なショットを練習出来るようにしました。Phil Mickelsonは尋常なチッピングだけでなく、薮を越えるショットや木の下を潜るショットを練習しました。目の前の人の頭を飛び越えるロブ・ショットが出来るようになったのもこの頃でした。そして、彼が近隣の窓やスライディング・ドアをボールで壊し始めたのもこの時期でした。

十歳になったPhil Mickelsonは父親より少ないスコアで廻れるようになります。いくつかのジュニア・トーナメントで優勝し始めたPhil Mickelsonは、父親に「将来はプロ・ゴルファーになる」と宣言します。1980年のThe Masters優勝者はSeve Ballesteros(セヴェ・バレステロス)でしたが、そのTV中継を見ていたPhil Mickelsonは、「ママ、いつかボクはああなるんだ。みんな、ボクに拍手と喚声を送ってくれる。ボクはThe Mastersに優勝し、あんな風に18番グリーンへ歩いて行くんだ!」と云いました。

Phil Mickelsonはフットボールや野球もプレイしましたが、チーム・スポーツでは自分一人の実力を発揮出来ないという理由で、ゴルフ一本に絞りました。両親は息子がゴルフしか知らない人間に育つのを憂え、もし何かあってプロ生活を断念しなければならなくなる日のためにも学歴の大事さを説きました。Phil Mickelsonはキャンパス内にゴルフ・コースを持ち、気候も安定しているArizona State University(アリゾナ州大)を選びます。1991年のPGAツァーのTucson Open(ツーソン・オープン)に彼がアマチュアとして優勝すると、彼をプロ入りさせて専属契約を結ぼうとする企業が群がりました。しかし、彼は全ての申し出を断り、大学に留まりました。

プロ入りすると専属キャディが必要になります。アマチュアとしてフロリダ州のPlayers Championship(プレイヤーズ選手権)に参加した時、フロリダで育ち、ジョージア州の大学でゴルフ経験があったキャディJim "Bones" Mackay(ジム “ボーンズ” マッケイ)と知り合い、プロ入りしたら一緒に組もうと約束します。Jim "Bones" Mackayは、その後Phil Mickelsonの傍から片時も離れずコンビを組み、よき友人ともなっています。

Phil Mickelsonが女子大学生Amy(エイミィ)と出会ったのは1992年。彼はAmyに一目惚れし、ツァー生活の傍ら時間さえ許せばデイトを重ねます。紆余曲折あった末、二人は1994年に結婚します。ここから先はもう青春の門の範疇を逸脱するので触れませんが、一つだけ紹介したいことがあります。

1998年頃、子供が欲しかったMickelson夫妻に子宝が恵まれず、二人は不妊治療を受けるべきどうか悩んでいました。折も折、彼のロングゲーム・コーチRick Smith(リック・スミス)がハワイのマウイ島で結婚することになりました。それは二年前にMickelson夫妻が結婚式を挙げたのと同じ小さなチャペルでした。ホテルのガイドが、Mickelson夫妻、Rick Smith夫妻を含む数組の若いカップルにハワイの神様たちの神秘と魔術について説明しました。彼は「この像はハワイの豊穣の神です。これを撫でれば必ず妊娠します」と断言し、全てのカップルが面白半分に神像を撫でました。

その旅行の後、Mickelson夫妻は真剣に不妊治療について議論しました。ところが何と、不妊治療を始める直前にAmyが妊娠していることが判りました。後で知ったことだそうですが、神像を撫でた他の二組のカップルも妊娠していました。出産予定日は、どのカップルもお互いに七日と離れていなかったそうです。

Payne Stewart(ペイン・スチュアート)の優勝に終わったU.S. Open 1999の一日後に、Amyは長女Amanda(アマンダ)を出産。ところがAmyの主治医は「あなたがたが子供を得たのは奇跡である。Amy、もうあなたは二度と妊娠しないだろう。不妊治療だけが頼みの綱だと思う」と宣告しました。Mickelson夫妻は2001年に休暇を取り、マウイ島へ赴いてもう一度豊穣の神の像を撫でました。すると、六週間後Amyは再び妊娠しました。女の子二人を生んだAmyは数年後に男の子を授かりますが、この時はマウイ島の神様の魔術ではありませんでした。そのせいかどうか、この三番目の出産では母子共に危険な状態に陥りました。医師たちの努力のお蔭で、Amyも息子も奇跡的に命を取り留めましたが。

お子さんが欲しくても出来ずに悩んでおられる方はマウイ島に行くべきです。残念ながら上記の書に神像の所在地は書かれていませんので、私に質問されても困ります。ハワイ州観光局日本オフィス(http://www.gohawaii.com/jp/contact-us)にお問い合わせ下さい。マウイ島に行っても妊娠しなかった場合は、(私ではなく)Phil Mickelsonに御連絡下さい:-)。

(May 21, 2013)


Ray Floyd(レイ・フロイド)のアマとプロ10の過ち

Raymond Floyd(レイモンド・フロイド、愛称レイ)は四つのメイジャーを含む35勝を挙げ、世界名誉の殿堂入りしているプロ。彼は2013年に世界名誉の殿堂入りしたプロたち(Fred CouplesとColin Montgomerie)は「世界名誉の殿堂入りするには少なくとも二つのメイジャー優勝か、一つのメイジャー+40勝が条件だと思う。今回はその条件を満たしていない人々が指名された。これでは殿堂入りしている先人たちと釣り合いがとれない」と抗議しました。

'The Elements of Scoring'
by Raymond Floyd with Jaime Diaz (Simon & Scuster, 1998, $20.00)

「あなたには上達の余地がふんだんにあるに違いない。多くのアマチュアは、プロがほぼ絶対に犯さないミスを常習犯的に犯す。以下の十項目について、熟考されたい。

1. 常にショート目なクラブを選択する
2. ハード過ぎるスウィングをする
3. 得策かどうかよく考えもせずピンを狙う
4. トラブルを避けようとしない
5. グリーンの最悪の側にミスする
6. 過度にトラブルを避けようとする
7. 練習したこともないショットを試みる
8. バンカーでパニックに陥る
9. 地面とライの状況を読み間違える
10. グリーンのブレイクを常に過小に読む

もちろん、プロもミスを犯すが、それは無知からではなくほとんどは心理状態に関するものだ。以下は、私が一度ならず犠牲になった十項目である。

1. 忍耐心を失う
2. 過度に攻撃的になる
3. コースでスウィング法について考え出す
4. もう済んだショットについてくよくよ考える
5. スコアについて考え、ショットについて取り越し苦労する
6. プレッシャー下で急いで行動する
7. 特定の目的なしに練習する
8. ショートゲームを軽視する
9. グリーンで細かいことに過剰にこだわる
10. 楽しむことを忘れる

 

アマチュアもまたこれらの欠陥の影響を受け易い。だが、最もトラブルを招く最初の十の過ちを正すのが先決で、そのためには次の二つの原則を優先させてプレイすべきである。

第一の原則《快適にプレイする》はあなたに可能なベストのゴルフが出来る途を探し、それよりやや低目に見積もったプレイをすることだ。あなたが『こうしたい』と望むレヴェルではなく、あなたに可能であると熟知しているゴルフをせよ。ゴルフ・コースがあなたに許すものを得よ。快適にプレイせよ。

第二の原則《ミスを回避せよ》は、大きな数字(7とか8とか)を作るなという意味だ。あなたは『88(あるいは78とか98)だったんだけどトリプルが二つあってね』と仲間に喋ったことが何度もある筈だ。あたかも惨事は異常な出来事であり、勘定に入れたくないかのように。実際のところ、それらのトリプルはバーディと同じように、あなたのゲームの一部なのだ。いや、それ以上のものだ。それらは多分不味いスウィング動作同様、不注意やお粗末な判断のせいで起ったものだ。それらを避けることが肝要だ」

(May 24, 2013)


「フォーァッ!」という叫び声を聞いたら【重要】

'When you hear "Fore!"'
by Guy Yocum ('Golf Digest,' June 2013)

「・先ずすべきことは、声がしたのと反対方向を向くことだ。人間の身体は前面の方が背面より深刻な障害を受け易いからだ。

【編者コメント】私自身や私の仲間の行動を思い返すと、「フォアッ!」という声を聞いた時、つい瞬間的にその声がした方向を見てしまいます。これはどの程度危険なのかを確認しようという本能からなのでしょうが、その間もボールはこっちに向かって飛んで来ているわけです。非常に危険。私のゴルフ仲間の一人は、左前腕部をボールで直撃され、長期にわたって痛がっていました。それが顔面だったら…と思うと、ぞっとします。

・すぐしゃがむこと。屈んで頭を下げ、丸まること。出来るだけ小さくなってボールを避けるためだ。

【編者コメント】ここまでするのは大袈裟で、みんなの笑いものになっちゃう…というのは浅墓な考えでしょう。身体障害者となって死ぬまで不自由な生活をすることに較べれば、一時の笑いものになるなど、ものの数ではありません。

・両手の指を組み合わせ、後頭部の下部(首の上)を覆う。そこが頭蓋骨の最も弱い部分だからだ」

(May 24, 2013)


いいスウィングを忘れないよう保存する

Dr. T.J. Tomasi(T.J.トマシ博士)は10冊以上のゴルフ・インストラクション本を執筆し、新聞連載のコラムも持つ人気インストラクターです。

'Ask The Pro'
by Dr. T.J. Tomasi (Andrew McMeel Publishing, 2001, $12.95)

「Q: 一旦スウィングの仕方を覚えたらそれは身についたものと思っていたが、突如そのスウィングがどっかへ行ってしまい、何週間も帰って来なくなり、ある日突然それが戻って来たりする。どうしたらいいスウィングを長く引き止めておき、消えてもすぐ呼び戻すことが出来るだろうか?

A: メンタル面の専門家でありインストラクターであるChuck Hogan(チャック・ホーガン)のアイデアがある。あなたのベスト・スウィングが消え去る前に、音楽とそのベスト・スウィングを結びつけるのだ。もしベスト・スウィングが失われても、その音楽によってベスト・スウィングを呼び戻すことが出来る。好きな音楽(器楽曲が望ましい)を選ぶ。ただし、その音楽に情緒的な思い出などが含まれていない方がよい。こうすれば、音楽とゴルフ・スウィングは直接的な付箋で結ばれ、いかなる混乱もあり得ない。

その音楽は個人的嗜好で、実験を通して用いられるべきものだが、クラシカルな方面ではいくつかの選択肢を提示出来る。ヴィヴァルディ、ヘンデル、バッハなどだ。リムスキー=コルサコフの慌ただしい『熊ん蜂の飛行』なんかは不可である。

準備が整ったら、その曲をウォークマン【あるいはiPod】などで再生しながら、練習場でボールを打った時の経験(ソリッドなコンタクト、スウィート・スポットで打たれた音、『最高!完璧!いいぜ!』というあなたの内なる呟き)などとを結びつける。集中していれば、20個もボールを打つ必要なく、ベスト・スウィングと音楽の結婚を成就出来る筈だ。

音楽をベスト・スウィングへの引き金とすることは、練習場を去ってからも重要である。家で、リラックス出来る場所に落ち着き、目を閉じてその音楽を聴き、あなたのゴルフ・スウィングを呼び戻す。いいショットを放った感触、音、軌道などを呼び起こす。多分十回ほどのセッションが必要だろうが、いったん音楽とあなたのベスト・スウィングのリンクが確立されれば、音楽が奏でられたら間髪を置かずあなたのベスト・スウィングが出現する」

(May 27, 2013)


若者よ、チッピングとパッティングに習熟せよ

筆者Ellie Glaser(エリィ・グレイザー)は世界ジュニア女子ゴルフ選手権優勝者。

'Be the Ball'
edited by Charlie Jones and Kim Doren (Andrews McMeal Publishing, 2000, $14.95)

「チッピングとパッティングの考え方に共通するのは、エラーを犯せる余地がゼロだということである。

マイアミ大在籍中だった頃の私は強打者ではなかったが、最もムラのないゴルファーだった。他の女の子たちはティーから280ヤード飛ばしているのに、私は230ヤードという具合だった。彼女たちは私の50ヤード前方だったが、グリーンに近づけばどちらも大差ないことは分かっていた。チッピングとパッティングは全競技者を平等にするものである。その分野に秀でた者が、ある特定の日に勝利への道を歩む。

いいパッティングの鍵は、良き練習である。短い距離を練習し、長い距離を楽しむ。練習し、3メートル以内ならどれも沈められる自信がつくと、多くのチップやパットがどんどん入り始めるのに目を見張ることだろう。ショートすることだけは阻止しなさい。ショートはとても腹立たしいものだから」

(May 27, 2013)


Ray Floyd(レイ・フロイド)の快適にプレイせよ

Raymond Floyd(レイモンド・フロイド、愛称レイ)は四つのメイジャーを含む35勝を挙げ、世界名誉の殿堂入りしているプロ。

対象がアマであれプロであれ、彼のベストの助言は《快適にプレイせよ》だそうです。それは「あなたが『こうしたい』と望むレヴェルではなく、あなたに可能であると熟知しているゴルフをせよ。ゴルフ・コースがあなたに許すものを得よ」という意味です。彼の詳細な説明を聞いてみましょう。

'The Elements of Scoring'
by Raymond Floyd with Jaime Diaz (Simon & Schuster, 1998, $20.00)

「あなたに可能な最も楽なゴルフをせよ。安全なショットを選んで、リスクの大きいショットを避けよ。ハードにスウィングするのでなく、イーズィにスウィングせよ。プレッシャーを感じるショットでなく、リラックス出来るショットを選べ。快適にプレイするということは、その日にあなたが持てるもの【編註:球筋、飛距離、正確さ・不正確さ等々】を受け入れるということだ。それを無理矢理捩じ曲げようとしてはいけない。これは身体的というより精神的なものである。そして、それがあなたの能力を引き出す鍵なのだ。

このコンセプトは、表面的にはあまり魅力的には思えないだろう。だが、己の能力の範囲内でプレイするということは、他のスポーツにおいても昔から尊ばれて来たメソッドである。

快適にプレイするということは、肉体的リラクセーションを促進する。それは解放された腕と軽めのグリップ圧(これらは飛距離を増す二つの鍵である)をたやすく維持させてくれる。私がベストのtipと考えているのはSam Snead(サム・スニード)から聞いたものだ。彼は85%の努力でスウィングせよと私に助言してくれた。その強さだと、いいタイミングを促進するスムーズさを助けてくれる。暴力的動きと無縁のゆっくり目のテンポは、身体にミスを修正する時間を与えてくれ、目一杯強く打たれたお粗末なショットほどラインを逸れることがないと彼は云った。あなたはスウィング速度を計測する計器を用いて、これを証明出来る。

あなたが快適にプレイする時、あなたは充分なクラブを手にする筈だ。6番アイアンを完璧に打とうとするより、スムーズな5番アイアンを選ぶ。この方がショットを制御出来、ボールがピンに向かうことが増え、ソリッドに打てる回数が増えるだろう。メンタル面では、快適にプレイすることは穏やかな自信に満ち溢れた心境を生み出してくれる。エラーの余地の見込みが大きいから、完璧にボールを打たねばならないというプレッシャーも少ない。

 

快適にプレイするということは、忍耐を必要とする。快適にプレイすることのポイントは、あなたが持続出来るプレイのレヴェルを作り出すことだ。あなたは、稀にしか成功しない英雄的ショットと、一貫して低いスコアを達成するいいフィリーングとを交換するのだ。いったん快適モードに入ったプレイヤーは、守りの戦略を選択し、心配に患わされることのないスムーズなスウィングを生み出す自由を身体に与える。快適なラウンドは、ポジティヴなショットの連続で埋め尽くされる。その意味では、控え目な戦略が自信のあるスウィングを容易にお膳立てするのだ」

(June 03, 2013)


ラウンドはドラコンではない

著者Cary Middlecoff(ケアリ・ミドルコフ、1928〜1998)は、U.S. Open二回、Mastersに一回、生涯に41回のPGAツァー優勝を達成したプロ。以下の記事で「ティー・ショット」とされているのは、全てドライヴァーを用いる場合のことです。

[Cary]

'Advanced Golf'
by Cary Middlecoff (Burford Books, 1957, $16.95)

「ほぼ全てと云っていいゴルファーがティー・ショットの意義を誤解している。"You drive for show, and putt for dough."《ロング・ドライヴは見世物、パットは飯の種》という使い古された警句がある。全ての警句同様、これも真実の一つの要素を含んでいるとは云え、文字通りに解釈すべきではない。

ティー・ショットは、眼前のホールを巧みにプレイする作戦行動の序盤の戦略として考えるべきである。それはチェスにおける序盤、コントラクト・ブリッジのオープニング・リード、フットボールの連続するダウンの最初のプレイなどになぞらえられる。よいティー・ショットはそのホールをパーかバーディでホールアウト出来る可能性を高くする。不注意なティー・ショットはボギー・セーヴがやっとという状態にあなたを追い込む。

だから、どのホールでも全力投球を開始する場所はティー・グラウンドであるということを忘れてはならない。私は、コース・マネジメントに長けたゴルファーとそうでない者には、(両者の能力が等しいと仮定して)全18ホールでほぼ六打の差があると考えている。

多くのゴルファーにとって、長く真っ直ぐなティー・ショットは、ゴルフ・ショットの中で最も満足出来るものだ。実際のところ、それを最終目的と考えているようなゴルファーも多い。そういう人達は、フォーサムの他のプレイヤーを飛距離で凌ぐことを唯一の目的としてティー・グラウンドに昇って行き、軽率にもピンの配置や最も危険な障害物の位置などを見過ごしてしまう。

ティー・グラウンドは、第二打のボールをいい位置から打つために努力する唯一の場と考えるべきだ。確かに距離は一つの要素である。ホールに近ければいい位置であり、それが重要な要素であるのは間違いない。だが、それも単に一つの要素でしかないのだ。あなたはゴルフのホールをプレイしているのであって、飛距離の優劣だけを競うドラコンに参加しているのではないことを忘れないように」

【参考】
・「Dr. Middlecoffの叡智・上」(tips_51.html)
・「Dr. Middlecoffの叡智・下」(tips_51.html)

【おことわり】画像はamazon.comにリンクして表示させて頂いています。

(June 09, 2013)


ピンを狙わずグリーン中央に乗せよ

Dr. T.J. Tomasi(T.J.トマシ博士)は10冊以上のゴルフ・インストラクション本を執筆し、新聞連載のコラムも持つ人気インストラクターです。

'Ask The Pro'
by Dr. T.J. Tomasi (Andrew McMeel Publishing, 2001, $12.95)

「Q: 私はハンデ7で、ティーショットはうまく遠くへ打てるのだが、ミドル・アイアン(特に5番アイアン)でグリーンに乗せる際のミスが多い。もっと正確さを得るにはどうしたらよいか?

A: 察するところ、あなたはピンを狙うべきでない時にもピンを狙っているように思われる。プロでさえグリーンをミスする。終始ピンを狙うミスは誰しもが患うビョーキだが、これは自覚症状がない。なぜなら、ピンはあなたの勇気を刺激するものであり、あなたの最終目的地であるカップの位置を示すものだからだ。もしあなたの反応が、そのピンの位置や必要とするクラブが何かなどに関わらず、常にピンを目指すものであるなら、グリーンをミスすれば打数が増えるのは自業自得である。

だが、どのホールでもピン目掛けて打たねばならないという法はないのだ。あなたの次回のラウンドで試みてほしい実験がある。どのグリーンへのフル・ショットも、ピンの位置に無関係にグリーン中央を狙うのだ。これは多少の意志の力が必要だが、私はあなたのかつてない見事なラウンドの一つになると請け合うことが出来る」

【参考】
・「グリーン中央を狙え」(tips_104.html)
・「ピンを狙うな」(tips_108.html)

(June 12, 2013)


80を切るパターン

'That 70s guy'
by Max Adler ('Golf Digest,' July 2013)

「70台で廻ることは、誰とでも恥ずかしくなくプレイ出来ることを意味し、もっと重要なことは、誰もがあなたとプレイしたいと思うようになることだ。

「本誌のプロフェッショナル・アドヴァイザーPeter Sanders(ピーター・サンダーズ)は、男性のアマチュア・ゴルファーが79を記録した18,000ラウンドを分析した。79を達成する方法は、吊るしのズボンのように沢山のパターンがある。だが、Peter Sandersは典型的なラウンドは次のように展開することを発見した。

・ティー・グラウンドからは八つのフェアウェイ・キープをし、たった一つだけ深刻なトラブル(深いラフとかペナルティ)となるショット打つ。
・八つのホールでパーオンする。
・50ヤード以内のパー・セーヴの試みに三回成功する。
・バンカー・ショットでは平均してカップから4メートルに寄せられる。
・一度だけ3パットし、パット総数は32である。

Peter Sandersは『70台で廻る人は目立つようなことは何もせず、単に沢山のエラーを犯さないだけだ』と云う」

「パーオン率がゴルフを決める」(tips_89.html)で、元USGAのコース・レーティング専門家Lou Riccio(ルウ・リッキオ)は、「80を切るには八つのグリーンにパーオンさせなくてはならない」と云っています。上の記事でも同じ数字が出ています。例外として、ショートゲームに熟達して寄せワンがいくつか出せるようになれば、パーオン率は八つ以下でもいいとされています。

上のパターンを逆に読めば、一度ぐらい3パットしても、50ヤード以内から三回以上パー・セーヴ出来なくても、80を切ることは可能だということです。また、必要なのは同伴競技者があっと驚く妙技よりも、地味にしか見えなくてもシコシコとカップに近づくように打ち続けること。「80を切らなきゃ!」と自分にプレッシャーをかけるのは、結果を追い求める姿勢に他なりません。そうではなく、シコシコとプレイしていると結果が後からついて来る(スコアを合計してみたら7オーヴァーだった!と驚く)というのが望ましい姿勢でしょう。

(June 18, 2013)


80を切った時の作法

'How not to brag about your 79'
by Matthew Rudy ('Golf Digest,' July 2013)

「最後のパットが沈み、あなたは生涯初の80切りを達成した。あなたが人間なら自慢したくなる筈だ。だが、そうする際に本誌選定ベスト50のインストラクターRandy Smith(ランディ・スミス)が説く、以下の作法を守るように。

先ず、18ホールをどうプレイしたか、1ショットずつ話したりしないこと。そんなことをすれば、仲間たちはあなたが次に(多分、来週あたり)96で廻った時も、面白がって同じことをしろと云うに違いない。短く要約して話し、パットの説明をする時に、『お茶の子さいさいだった』などと云わないこと。どのパットもカップに向かったなどと強調してはいけない。

最も重要なことは、その日のスコアをハンディキャップ・システムに入力することを忘れないことだ。あなたの仲間たちは間違いなくチェックしようとするからだ」

いいスコアを出していながらハンディキャップ・システムに入力しないと、ハンデを減らさずクラチャンに有利にしようと企んでいると思われるからです。

(June 18, 2013)


雨の日のゴルフ

著者Cary Middlecoff(ケアリ・ミドルコフ、1928〜1998)は、U.S. Open二回、Mastersに一回、生涯に計41回のPGAツァー優勝を達成したプロ。

[Cary]

'Advanced Golf'
by Cary Middlecoff (Burford Books, 1957, $16.95)

「Pebble Beach(ペブル・ビーチ)は天気の良い日でも難しいコースだが、何日も雨に祟られ水浸しとなった1956年のBing Crosby National Pro-Am(ビング・クロスビー・ナショナル・プロ=アマ)の強風吹きすさぶ最終日に、私は68で廻って優勝した。それは、プロとしての長年の経験から雨の日のプレイについて学んだ成果であった。そういう日のための準備とプレイについての知識を読者にお伝えしよう。

雨もよいで寒い天候のために、ゴルフ・シャツの上にカシミヤのセーターを二枚重ねて着る。ゴルフ・ズボンの上に雨天用オーヴァー・パンツ、そして分厚いソックスを着用して普通のゴルフ・シューズを履く。ショットする時、雨が目に入らないよう、ツバの長い帽子をかぶる。

私はシンプルなサングラスを携行する。アイアン・ショットでディヴォットを取る時、跳ね散らかした泥が目に入るのを防ぐためだ。一度そういうことが起ると、その後のアイアン・ショットの際に、泥が怖くて尻込みするようになってしまいかねないものだ。上に述べたトーナメントで、私は六回サングラスを着用してショットした。

私は二つの予備の手袋を持って行く。私はキャディに、グリップが濡れたら私は全くプレイ出来なくなり、獲得賞金に多大な影響を与えるぞと云った。そして、バッグのフッドのジッパーを常に半分下ろしてクラブヘッドをカヴァーし、その上から厚いバスタオルを掛けておくように私は指示した。他のタオルはキャディが持つ傘の骨に引っ掛けておく(重い傘をプレイヤーが持ち歩いたら、長い歩行の間に手首が強ばってしまう)。

次に、私はカジュアル・ウォーターに関するルールを読み返した。これは雨の中でプレイする際や、雨の後でのプレイにとって凄く重要である。ルールは溜まった水によってプレイヤーが不公平な罰を課されないように書かれていて、条項によって公平な便宜が図られるようになっている。平均的ゴルファーの半分以下は、水溜まりから無罰でボールを動かせることぐらいは知っているだろうが、それだけでは充分な理解とは云えない。ルールについて学んでおく明白な目的は、雨でずぶ濡れのコースでもショットの正確さ、飛距離、よい判断、そしてタッチなどを得るために、誰もが公平な扱いを得る点にある。

Pebble Beachのようなコースは目を見張るようなスコアを許してくれない。特に雨と風の日はそうだ。だから、イーヴン・パーなら優勝出来ると予感出来た。

雨が降り注ぐ日、空気はとても重くなり、キャリーをかなり減らす。だから、充分な距離を打てると確信出来るクラブを選ぶこと。

雨に濡れたコースはタフではあるが、同時にある種の利点をも与えてくれる。グリーンに打ったボールは急速に止まってくれるので大胆に攻められる。また、湿ったグリーンは遅いので大胆にパット出来るし、カップを大幅にオーヴァーする恐れも少なくなる。芝目は、びしょ濡れのグリーンでは事実上考慮しなくてよくなる。ラフに向かうティー・ショットも転がる勢いがないので、フェアウェイに留まってくれる。

ウォームアップで、私はスウィングに雨天用の多少の調節を施した。身体のターンを減らすため、通常より若干スタンスを広げた(柔らかい地面でスリップしないためだ)。私は普通は少し左踵を上げてスウィングするのだが、この日は5番アイアン以下では左踵を上げず、それ以上のクラブでだけほんの少し上げるようにした(足がズレるのをふせぐためだ)。全てのアイアン・ショットで、ボールを先に打つことに集中した(いつだってそうだが、湿った地面でダフればそのショットはおじゃんである)。これらの調節の主な効果は、いつもよりペタンとした足でスウィングすることによって下半身を不動にし、スウィングの間に両足に変化を来さないようにすることだ。

私はボールをクリーンに捉えるタイプだが、それはこういう湿って柔らかいコース・コンディションでは有利である。犬を埋められるほどのディヴォットをとるタイプのゴルファーたちは、びしょ濡れの土相手に難渋せざるを得ない。口か目に(あるいは両方に)襲いかかる泥が御褒美となるだけだからだ」

【おことわり】画像はamazon.comにリンクして表示させて頂いています。

(June 23, 2013)


呪文でリズムを作る

'Tempo Tricks'
by Jeff Patterson ('Golf Digest,' July 2013)

「言葉でリズムを作り出すというのは賢いアイデアである。それは行き当たりばったりに発生する場合よりいいテンポのスウィングを生み出す。本誌選定の女性部門ベスト50インストラクターNancy Quarcelino(ナンスィ・クアセリーノ)は次のように云う。

『私は生徒たちに自分の好きな歌でリズムをコントロールするように指導している。彼らが適切な歌を思いつかなければ、私が選んで上げる。

何人かの生徒たちは"Hit-the-ball"というフレーズを用いている。バックスウィングしながら"Hit"、トップで"the"、インパクトで"ball"という具合。これは完璧な2:1の割合のスウィングを生み出す」

(July 10, 2013)


Phil Mickelson(フィル・ミケルスン)の視覚化で筋肉を統御する

Phil Mickelson(フィル・ミケルスン)の視覚化理論。

'One Magical Sunday'
by Phil Mickelson with Donald T. Philips (Warner Books, 2005, $22.95)

「私がショットする前に長く滑らかな素振りをするのは、多くの人々が想像しているのと異なり、筋肉をウォームアップしているわけではない。そうではなく、これから生み出そうとしているショットがどんな感じのスウィングになるべきか、視覚化をしているのである。スウィングの間に脳から身体に発せられる神経筋への伝達事項こそが、私が焦点を合わせているものだ。私はマスル・メモリなるものを信じない。なぜなら、われわれの筋肉が何か記憶出来るなんて信じられないからだ。私は、われわれの心が筋肉にどうすべきか命令出来るように訓練することは可能であると信じている。

また、もし私がいいスウィングを視覚化し身体にその感覚を生み出せれば、私は望んだショットをかなり高い確率で打てるチャンスが得られる。言葉を換えれば、イメージ上のスウィングをしている際に脳から発せられる神経筋への伝達事項は、実際のスウィングそのものと同じように重要なものだということだ。だから、視覚化が第一、それから本当のスウィング。

視覚化に関連するコンセプトは、私のゴルフ・ルーティーンにも影響を及ぼす。いつ、どこで、どう、どれだけ練習するか、あるいはしないか等に。トーナメントの後、多くのプロ(特に満足出来ないラウンドをしたプロ)は練習場に直行する。私にはそれは向いていない。五時間のラウンドの後、一時間半もメディアのインタビューを受けると、私はくたくたになる。だから、ラウンド後、どこか独りになれる場所を探し、その日のラウンドについて考える。私は変えるべきこと、翌日いいラウンドをするために必要なことを見出そうとする。お粗末なショットではなく、いいショットをイメージする。私が問題点を抱えていて、どう解決すべきか解らない時は、信頼しているコーチ陣に電話して質問を浴びせる」

(July 14, 2013)


柴田さんの「80を切った、その日」

このリポートの筆者・柴田さんは、当サイトのメニュー欄の上部で私が謝辞を捧げている柴田さんです。お互い面識はないものの、ずっと以前からメールや手紙の交換をさせて頂いていました。2011年の暮れ、私のコンピュータが機械的不治の病に見舞われ、当サイトの継続が危ぶまれた時、何と柴田さんが新しいコンピュータの購入資金を贈って下さいました。その折り、柴田さんが「早く80を切った報告をお届けしたい」と云われたのですが、2012年はもう一歩のところで実現出来なかったそうです。で、本年6月に私から「督促状」なるメールを差し上げたのですが、それから一ヶ月も経たずに78という快挙を達成されました。

柴田さんのリポートから学べるのは、いくつものバーディとトリプルなどの乱高下に遭いながらも、浮かれたりしょげたりされず、冷静さを保ち続けて希望を捨てなかった姿勢です。ゴルフは実力だけではありません。幸運と不運が綯い交ぜにやって来るものです。この日、柴田さんはその両方を平常心で受け止めてプレイされたようで、多分それが勝因と云って過言ではないでしょう。

 

2013年7月14日(日) 鎌ヶ谷カントリークラブ(西コース→東コース、コンペティション・ティ) 快晴 39+39=78

【ゴルフ歴】

2003年、留学のためアメリカの南部に住んでいたころ、数か月間、友人にゴルフを教わったことはあるものの(ネット上で高野さんと知り合ったのもこのころです)、2004年にニューヨーク市のマンハッタンに引っ越してからはゴルフ場も遠くなり、誘われることもなくなったので自然とプレーはしなくなりました。その後、2005年末に帰国してからはとにかく仕事が忙しくてまったく余裕がなく、2010年8月まではプレーしたいとも思いませんでした。この月、たまたま出張したカリフォルニア州で時間に余裕ができたので3日間の休暇をとりました。とはいえ、ひとりでリゾートホテルにいても面白くありません。そこで、PGAのプロが教えてくれるというホテル付属のミニコースでのレッスンに申し込んでみました。脳の病気で身体が麻痺する前はPGAツアーでプレーしていたというプロにグリップから教わったレッスンがとても楽しく、出張から東京に戻ってからはいくら忙しくてもゴルフの時間だけはとるようになりました。46歳になる月のことでした。それから週に1回の練習、月に2〜3回のラウンドを続けて苦節3年弱、ようやく80を切ることができたというわけです。高野さんのサイトのスポンサーになるという名誉に浴した以上、いつかは自分も80を切りたいと思っていたので、練習開始3周年記念を前にして達成でき、本当に嬉しいです。

【その日】

この日は私が所属するクラブの月例会(Bクラス)でした。ハンディ18、ベストスコア84の私はBクラスでは平均よりもいくらか上という腕前ですが、久し振りということもあり、やや緊張して参加しました。月例会のBクラスは、バックティ(西→東と回ると6,614ヤード)よりも少し前からプレーします。

いつものとおり、80台後半、ボギープレーを少し上回るくらいを目標にスタートしましたが、西1番のPar 5で8番アイアンの第3打を2.5mにつけていきなりバーディ。いつもならここで浮かれてしまうのですが、この日は月例だったため、慎重なプレーを続けようと心がけました。その後、3番でパーオンしならが3パットのボギー、5番Par 4で3オンに失敗した後のバンカーショットをホームランでトリプルボギーと、徐々にいつものペースに戻ってきました。しかし、前半の上がり3ホールはパー、バーディー、バーディと好調で、39で折りかえすことができました。

前半を終えた時は、「後半も40以下で回れば70台だな」と、高野さんの顔が頭にちらついたのですが(と言っても、お会いしたことはありません)、ハーフ40以下で回れること自体が私に大変珍しいので、前後半続けてそんな珍事(?)は続かないだろうと、あまり真剣には考えませんでした。

後半、東コースに移って、ボギー、パーと立ち上がり、3番Par 3のティーショットは7番アイアンで痛恨のダフリ、「あちゃー」と思ったら地面で跳ねたクラブヘッドがトップ気味にボールに当たり、なんと3mにナイスオン。同伴競技者に照れ隠しの笑顔をふりまきつつ、「このバーディーパットを入れてしまえばひょっとするのでは」という思いが頭をかすめたのも事実です。そして、下りのフックラインを沈めてバーディ(再度、2倍くらいの照れ笑い)。これで、少なくとも自己ベストは更新しようと思いました。

幸運なバーディで勢いに乗るかと思いきや、そう甘くはなく、4番Par 5はボギー、5番Par 3もマウンドを越える20mのロングパットが寄らずに1オン3パットのボギーにとどまり、残り4ホールの苦手意識を考えると微妙な状態となりました。ところが、6番の450ヤード近くある長めのPar 4で寄せワンのパーを拾えて、上がり3ホールでボギープレーなら70台という状況になったのです。

7番Par 5はボギーで、いよいよ残り2ホール。残りをボギー、ボギーでいいのですから難しくはないはずですが、8番は327ヤードと短くて狭いPar 4、何度も右OBをやってしまっている苦手ホールです。迷わず17度のFWを手にしたティーショットがいい当たりでフェアウェイ左サイドをキープ。フォローの風で打ちにくかったものの、残り100ヤードから48°のウェッジを短くもってパーオン、いよいよいけそうです。・・・と思うとすぐミスが出るのが凡人で、ファーストパットをびびって打てず、3パットのボギー。高野さんからの「督促状」に応えられるかは9番393ヤードPar 4をボギー以下で上がれるかどうかにかかりました。

このホールはティーショットが打ち下ろしで、白ティからドライバーで会心の当たりだと下り切ったところまで転がっていき、セカンドはかなり打ち上げになりますが、ショートアイアンで狙うことも可能です。しかし、この日はアゲンストで(ほぼ)黒ティからだったので、180ヤード以上残ってしまいました。選んだクラブは21度のハイブリッド。相性がいいクラブなのですが、ここまで来ると頭の中は《70台》で一杯。思い切り振りきったつもりが大きく右にプッシュアウトしてしまいます。痛恨のミスショットです。この日は意識して避けていた、腰が早く回りすぎて振り遅れる悪い癖が肝心なところで出てしまいました。

幸い、ボールは右の林に入る寸前のラフで止まり、第3打でグリーンを狙える場所にありまます。頭上に枝が張りだしてますが、高いタマを打っても大丈夫そうです。しかし、正面からのアゲンストが右奥からの斜めの風になる角度まで来てしまい(そのくらいひどいプッシュアウト)、100ヤード杭からの歩測でも49ヤードと中途半端な距離。バンカー越えのこのショットを乗せて2パットでしのがない限り、千載一遇のチャンスはつかめません。

私の中の決まり事では、50ヤードは56度のウェッジを指3本分余らせてグリップし、シャフトが垂直になるまでテイクアウェイをして打つのですが、アゲンストの風を考え、52度のウェッジで同じ打ち方をすることに決めました。風で左にも流れること、ラフに負けて少し右に飛び出す可能性があることなどをいつになく真剣に考えて狙いを定め、最後は、えい、と打ちます。イメージした通りに高く上がったボールは、これもイメージ通りに風に押されて勢いを弱め、左に流れていきます。そして、最後、ピンに重なるように落下し、何とカップから30センチに着弾、そのまま止まりました。既にグリーンにいた同伴競技者やキャディから「うおー」という声が出て、素晴らしい気分でした。

最後は難なく30センチを入れてパー、自己ベストを一気に6打更新し、39+39の78。初めて70台を出すことができました。

私はファーストパットの距離を合わせるのが苦手で、この日も3回スリーパットをしてしまいましたが、その分、ワンパットで済んだホールも9つあり、とくに2.5mから4mのバーティパット4つを決められたのが70台を出せた要因かと思います。また、最後は忘れて大きなミスをしてしまいましたが、腰が早く回りすぎないよう我慢するスイングが身についてきたこともよかったのではないかと思います。最後まで気遣ってくださった同伴競技者やキャディの方々に感謝の気持ちで一杯です。

なお、直近3か月でスコアカードの提出が3枚以上必要という表彰の要件を充たせず、ネットのスコアが60だったものの月例の優勝はお預けとなりました。残念。

今後も高野さんのサイトを参考にさせていただき、今度はシングルハンディを目指してがんばりますので、どうぞよろしくお願いします。

(July 17, 2013)


メンタル・ルーティーンの3ステップ

筆者Dr. Deborah Graham(デボラ・グレアム博士)は、夫のJon Stabler(ジョン・ステイブラー)とペアのゴルフ専門のスポーツ心理学者で、300人もの老若男女ツァー・プロのメンタル・コーチをしているそうです。

'Be the Ball'
edited by Charlie Jones and Kim Doren (Andrews McMeal Publishing, 2000, $14.95)

「私たち【編註:彼女と夫】は《3ステップ・ルーティーン》を教えており、どのショットにおいてもそれを実行すれば、あなたの自然でかつ訓練された技量を用いる能力が著しく増大する。

第一のステップは"commitment"(決意表明)である。プレイヤーたちは、単にあるショットに充分な思い込みをしただけで、スコアが良くなることに驚く。私たちは彼らに、1) クラブ選択、2) ターゲット、3) ショットのタイプ…の三つについて、胸の中で断固たる決意表明をするよう要請する。

彼らが充分決断出来るようになったら、左脳から右脳に移行させる。最初のパートは左脳なのだ。なぜかというと、ゴルフではボールがじっと静止しており、プレイヤーがボールの動きに反応するスポーツではないからだ。ボールが動かない以上、あなた自身が反応する心境にならねばならない。反応する唯一の方法は右脳に委ねることだ。そのためには第二のステップ"visualization"(視覚化)が必要で、それが右脳を刺激する。

第三のステップは"feel the shot"(ショットを感じる)ことだ。プレイヤーたちがベストのプレイをしている時、素振りか部分的スウィングの最中、彼らは打ちたいと望むショットを感じ取る。お粗末なプレイをしている時、彼らは機械的動作について考えており、それは左脳であってボールに反応する手段ではない。彼らはショットを創り出すのではなく、ショットを製造しようとしているに過ぎない。かるがゆえに、自然でかつ訓練された技量は用いられない。

世界的なベスト・プレイヤーたちは、ショットとショットの間に歩きながら話したりしてメンタルな休憩を取る。次のショットに到達する時までにメンタル・エネルギーが再充電されているように、心をショットから遠ざけるのだ。あなたがラウンド後に消耗しているなら、あなたはショット間の休憩を取っていないからに違いない」

(July 25, 2013)


Payne Stewart(ペイン・スチュアート)

ゴルフ仲間の一人Jack Rushing(ジャック・ラッシング)の奥さんに安物買いの癖(へき、趣味?)があり、自分のための古物ばかりでなく、御主人を喜ばそうとゴルフ本も買い漁っています。新品同様ですが、ぞっき本ですからハードカヴァーがたった1ドルだったり、ソフトカヴァーなのに4ドルだったりします。Jackが読み終わると、それらの本は私のところへ廻って来ます。「あんたの蔵書に加えてくれ」と云うので、遠慮なくマーカーで線を引いたり出来るので有り難い。Jackの奥さんはゴルフそのものには関心がないので、数ヶ月後に同じ本を買ったりします。そういうのが廻って来ると、私は他のゴルフ仲間に贈呈しています。

このところ立て続けにPayne Stewart(ペイン・スチュアート)に関する本を二冊も貰いました。一冊はPayne Stewartの奥さんTracey(トレイシィ)が執筆した伝記。

[Payne]

'Payne Stewart'
by Tracey Stewart with Ken Abraham (Broadman & Holman Publishers, 2000, $24.99)

プロのライターに手伝って貰っているせいか、構成もよく取材も行き届いていて、とても読み応えがあります。Payne Stewartはプロ・デビュー時PGAツァーのプロ・テストに合格出来ず、仕方なくAsian(エイジャン)ツァーで修行します。オーストラリア生まれのTraceyの兄さんも新米プロ・ゴルファーで、彼もAsianツァーに参加。兄の活躍を見にマレーシアを訪れたTraceyは、トーナメント主催者が開催したカクテル・パーティ会場で金髪でハンサムなPayne Stewartを見初めます。Payne Stewartも彼女に一目惚れ。【この辺は『ウェストサイド物語』のトニーとマリアもどき】つまり、Traceyは(よくあるような)Payne Stewartの追っかけではなかったのです。

Payne Stewartのニッカー姿は異色で有名ですが、これは彼の独創ではなくAsian Tourで見掛けたヨーロッパのプロたちの姿がヒントだったそうです。ありきたりのゴルフ・シャツにスラックス姿では誰が誰だか判別出来ないし、ニッカーは風が強くてもスラックスの裾のようにバタバタせずパッティングに集中出来るという利点があるとか。

Asianツァーを卒業しPGAツァーのテストにも合格したものの、最初の九年間は優勝に恵まれませんでした。Payne Stewartは二位になること13回、特に五回のプレイオフに全敗という体たらくで、キャディやプロ仲間から"AVIS"(エイヴィス)と徒名(あだな)されました。AVISレンタカーは、業界一位のHertz(ハーツ)レンタカーに次いで万年二位だったからです。奇しくも、彼がHertzレンタカー主催のHertz Bay Hill Classicに優勝した時、地方紙は"AVIS WINS HERTZ"と大見出しを掲げました。

Payne Stewartがなかなか優勝出来なかったのは、彼が注意力欠如障害(ADD)を患っていたからだそうです。ADD患者は時にhyperfocus(集中過剰)になる。それが彼が並のトーナメントでは集中出来なかったにもかかわらず、緊張しっ放しのメイジャー・トーナメントだと能力をフルに発揮出来た理由でした。

その後、彼のプロ生活は順調でしたが、Wilson(ウィルスン)とのクラブ契約が切れた時、某メーカーが巨額の契約金によるクラブとボールの提供を申し出ました。大きな家の新築計画を練っていたPayne Stewart夫妻は、建築費を全てまかなえる契約金の額に目が眩んで契約書にサインしました。ところが、届いたクラブはアマチュア向けのキャビティ・バック(彼の好みはブレード型)、おまけにボールは2ピースで、Payne Stewartはコントロール不能となって直ちにスランプに突入。しかし、彼は不調の原因をクラブとボールになすりつけることはせず、スウィングを変更して耐え忍んだそうです。「某メーカー」と書いているのは、本書の中でも名が伏せられているからですが、どうやらTop-Fliteのようです。なお、その契約がやっと切れた時、彼は友人の勧めでMizunoのアイアンを試して気に入り、契約交渉など抜きで使い始めました。

Payne Stewartは(ADDのせいで)後先のことも考えず思ったことを喋るので、人の気持を傷つけたりすることもあり、マスコミなどから「思い上がっている」、「生意気だ」とレッテルを張られていました。しかし、彼の親友Paul Azinger(ポール・エイジンガー)が癌を患った時から、彼の性格は一変しました。彼は以前より真摯なクリスチャンになり、ゴルフは二の次で家族との生活を第一に考えるようになりました。人を思いやる行動が増え、自分が優勝を逃した時でもくさらず勝者に賛辞を与えることを心掛けるようになりました。彼が二度目のU.S.オープンに勝った時、プレス・インタビューでの第一声も神への感謝でした。


もう一冊は大勢の関係者にインタビューして得られた回想を時系列・テーマ別に並べたもので、私は「奥さんの本だけで充分なんじゃないか」と思っていましたが、読み出すと重複する部分は少なく、こちらも興味深く読めました。

'I Remember Payne Stewart'
by Michael Arkush (Cumberland House, 2000, $27.95)

「・プロ仲間Mark Wiebe(マーク・ウィービ)の回想

Payne Stewartはバッグに白い名札をぶら下げていた。それには黒マジックで片方に"Think"(考えろ)、もう一方に"Tempo"(テンポ)と書いてあった。われわれがカリフォーニアのミニ・ツァーに参加していた時、Payne Stewartが打つ段になって何か具合が悪いと、スウィングをやめて彼は自分のバッグに戻った。彼は名札を手に片面を読み、引っくり返して裏側も読んだ。その後、ボールに戻り、全てのプレショット・ルーティーンを繰り返した。これはかなりの自制心を必要とする行動だったが、私が彼と知り合ったアマチュア時代から亡くなるまで、彼はずっとそういう風だった」

・Chi Chi Rodriguez(チ・チ・ロドリゲス)の回想

Payne Stewartは私がかつて見たこともない流麗なスウィングの持ち主だった。なぜ彼が毎回優勝しないのか理解出来なかった。だが、私には彼が偉大なゴルファーとしてでなく、教会に$500,000寄付した男、また1987年Bay Hill Invitational(ベイヒル招待)に優勝した時の賞金$108,000の全額を、彼の亡くなったお父さんを記念して地元の病院に寄付した男として記憶し続けるだろう。私は彼をゴルフクラブを持った小人としてではなく、温かい心を持った巨人として記憶し続けるのだ」

(August 27, 2013)


マリガンの法則

これは"mulligan'(マリガン)と呼ばれる「無罰の打ち直し」(=ルール違反)の語源であるMr. Mulliganの原稿を発見したという設定で、著者の冗談を羅列した本。全部が面白いわけではなく、精選すると次のようになります。

'Mulligan's Laws'
by Henry Beard (Doubleday, 1993, $14.95)

「・お粗末なショットは三個セットでやって来る(二度あることは三度)。四個目のお粗末なショットは、次の三個セットの最初のものである。

・完璧に真っ直ぐな260ヤードのドライヴを放つ確実な方法は、ドッグレッグをレイアウト通りに攻めないと決断することだ。【編者の蛇足:欲張りなゴルファーは左ドッグレッグでフックを打って林に打ち込んだりします。それを恐れてボールを曲げたりせず真っ直ぐ打つと、素晴らしくいいスウィングが出来て無意味に飛び過ぎてしまいます】

・パーを得る唯一の確実な方法は、1.2メートルのバーディ・パットを5センチ外すことだ。

・下手くそなゴルファーほどゴルフ・スウィングについての考えを相手構わず話したがる。

・あなたが練習場で真っ直ぐなショットを打ち続けているとしたら、多分あなたはどこも狙っていないからだ。

・大方のゴルファーにとって一個五百円のボールと一個三百円のボールの違いは、二百円である。【編者の蛇足:ダッファーにとってはどのボールの性能も同じである】」

(August 27, 2013)


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