[Poison] The Yearling
『子鹿物語』

【Part 2】

この映画の前史が面白い。以下は'South and Film'(University Press of Mississippi, 1981)の'Fawn Bites Lion: Or How MGM Tried to Film The Yearling in Florida' by William Stephensonの概略です。

「MGMがピューリッツァー賞受賞の原作の映画化権を買い取ったのは1938年。当時のハリウッド、特にMGMは自然をそのまま撮るよりも自然を作り上げることに慣れていた。既にモデルのJodyは他界し農場は蔭も形もなかった。しかし、Jodyの弟が85歳で存命だったので、彼の記憶を頼りに家族の家、農場を再建した。これに100人が六ヶ月かけ、いつの間にか二年が経過していた。

撮影を効率的に進めるには、鹿や野菜の成長を待っているわけにはいかない。あらゆる高さのトウモロコシがいつでも提供出来るように間を置いて植えられ、スタンバイした。鹿もあらゆる成長過程の子鹿がスタンバイし、子役を恐れないように訓練された。当時のNew York Timesは「鹿24頭、熊六頭、オオヤマネコ一頭、アライグマ八頭、キツネ二頭、リス20匹」と報じた。これに農場で飼われている沢山の豚、鶏、猟犬、馬、牛を含めると、まるでノアの箱舟だった。

少年役はアトランタに住むGene Eckman(ジーン・エックマン)が選ばれ、母親と共にハリウッドに行き、演技の稽古を始めた。彼の南部訛りが消えては困るので、西海岸の子供との接触は厳禁された。

当初の監督はVictor Fleming(ヴィクター・フレミング)、主役はSpencer Tracy(スペンサー・トレイシィ)だった。Spencer Tracyはアメリカの理想的父親像であり、既にアカデミー賞を二つ獲得していた。しかし、彼はスポイルされていて怒りっぽかった。彼はホテルにエアコンが無ければ嫌だと主張し、急遽エアコンがインストールされた。

大自然はコントロール不能だった。撮影クルーが入ると、数百万の蚊と虫の軍団が待っていたし、毒蛇の危険もあった。大雨による撮影中断、強い風による録音妨害、さらに日蔭でも40℃に達する猛暑が続いた。素朴な地元民との軋轢も数え切れなかった。撮影が遅れても鹿の成長は遅れない。誰かが酒を呑ませれば鹿の成長が遅くなると聞いて来て、飼育係は鹿用としてバーボン1リットルを毎日要求した。実際には鹿一頭につき毎晩小さじ一杯を与え、残りはクルーの中で“蒸発”した。

Spencer Tracyはクソ暑い土地に嫌気がさしていた。Gene Eckmanの生っ粋の南部訛りに並ぶと、自分の発音は嘘っぽかった。そんなこんなで、彼はハリウッドに帰ってしまい、監督Victor Flemingもそれにならった。撮影は翌年に延期された。

翌年は1942年であり、アメリカが第二次大戦に参戦したため撮影は無期延期となった。子役Gene Eckmanはもう声変わりして子供ではなくなり、しまいには軍隊に入ってしまった。

1945年になって、スタッフ、キャストは一新された。子役には公募でナッシュヴィルの10歳の少年Claude Jarman Jr.が選ばれた。10歳なら多少撮影が延びても大丈夫という作戦だった。Gregory Peckは彼の人柄が需要な要素だった。監督はClarence Brown(クラレンス・ブラウン)に変わった。

天候は相変わらずひどかった。監督Clarence Brownは舞台となる家が気に入らなかった。原作者Marjorie Kinnan Rawlings(マージョリィ・キナン・ローリングズ)が原作執筆時に住んでいた家を分解して運びロケ現場に再建した。この後、天候も穏やかで撮影は非常に順調に進んだ」

Gregory Peckは農夫にはちとインテリっぽくて適役とは云えませんが、妻の仮縫いのモデルになったり、夫婦、父子の愛情の表現は巧みで、この映画のいい印象の土台となっています。

Jane Wymanは常に感情を押し殺し、人生が面白く無さそうな顔つきをしていますが、雨の中で息子の柵作りを助けるシーンはいいですね。家出した息子が戻って来た時、夫に「Jodyの顔を見に行くわ」と少年の寝室へ向う演技が素晴らしい。行方不明で、四人目の子供も失ったかと絶望的だったわけですから、感激も一入でしょう。

実は彼女が捜索から戻ったのは、父子が話を終え、息子が寝室へ下がるまさにその瞬間でした。あんな狭い家で、寝室へ向う息子が母親に気付かないのはおかしい。母親もすぐ駆け寄らず、声も掛けないのは妙です。これは演出のミスだと思います。

アメリカでは子供の目の前で愛するペットを撃ち、さらにその子供自身に留めの一撃を撃たせるのは残酷だというので、幼い子供だけの鑑賞を危惧する声があります。ちゃんと親がフォローして上げないと、子供に強いショックが残る恐れがあるためだそうです。確かにそうかも知れませんね。

(May 24, 2001)





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