[Poison]

Tomorrow

(未)

【Part 2】

クリスマスの前日に身重の女性が貧しい小屋に出現するので、聖書のアレゴリーかと思いましたが、そうではありませんでした。しかし、根底にはキリスト教的「愛」があるようです。Robert Duvallの肉欲も私利私欲も無いピュアな愛情がその代表。彼だからこそですが、そういう存在を的確に表現しています。妊娠した女性も蒸発した夫や彼女を追い出した家族を怨んでいません。助けに来た産婆の女性も素晴らしい人柄です。親身に二人と赤ん坊を心配します。二人を結婚させるために駆けつけて来た説教師もすごくいい人です。また、Robert Duvallを雇った男(地主の息子)も何くれと無く彼の面倒をみる親切な男です。生まれた子が六歳ぐらいになった頃、突然女の兄弟がやって来て子供をさらって行きますが、彼等もまんざら悪い人間ではないように描かれています。「子供は俺たちの肉親なんだ」と云い、なにがしかの金を置いて行きます。一旦抵抗したRobert Duvallですが、彼等が去った後は事実を受け入れ、黙って悲しむだけです。つまり、Robert Duvallの物語には悪人はいないことになります。

「主にいい人間ばかりが登場」と書きました。「Robert Duvallの物語には悪人はいない」とも書きました。映画の冒頭と最後に出るRobert Duvallが陪審員となった法廷シーンは、実は例の女性が産み、Robert Duvallが育て、やがて“盗まれ”てしまった男の子を20年後に射殺した男の裁判です。男の子は不良として育ってしまったようですが、Robert Duvallは“息子”を殺した“悪人”を許すことが出来ません。たった一人、男の有罪を主張します。我々には彼の気持ちがよく分ります。

Robert Duvallが製材工場へ住み込みにやって来た時、彼は上着一つを引っ掛けて来ただけでした。女も家を追い出された時持って来たのは風呂敷包みのようなもの一つ。非常にシンプルに移動するんですね、この人達は。リアルには見えませんが。

Robert Duvallも非常にシンプルな人間です。素っ気ないくらいの人への接し方です。雇い主がやって来ても食事を止めず会話する気が全く無いので、雇い主も話の接ぎ穂が無く「じゃあ、また」と帰るしかありません(彼が気を悪くしないので助かりますが)。産婆さんや説教師への感謝も不足気味です。では、無口で偏屈なのかというとそうではありません。生まれて来た赤ん坊に"Hello, son. Welcome!"(こんにちは、赤ちゃん。ようこそ)とか云います。

彼は約束を守ります。女の身に何かあっても「赤ん坊は自分の子のように育てる」と約束した、その通りに実行します。女の“生き死に”とは関係ないのです。“結婚”した“妻”との約束を守る、誇り高く、気高い行為です。原作者William Faulknerがこの人間に与えた素晴らしい人格です。

Faulknerの言葉が、この映画の最後のナレーションとして使われています。"The lowly and invincible of the earth who endure and endure and then endure, tomorrow and tomorrow and tomorrow."(大地に根を生やした下層の、しかし不屈の人間は、耐えて耐えて、まだ耐える、明日も明日も、また明日も)

(May 27, 2001)



【追記】

William Faulknerが生まれた町ミシシッピ州New Albany(ニュー・オールバニィ)と、彼が名作群を生み出した頃に住んでいた町ミシシッピ州Oxford(オックスフォード)に行って来ました(写真はMr. Faulknerと語り合う筆者)。Oxfordは「ミシシッピ大学」(Ole Miss)がある学藝都市で、ここで'Fiction, Film, and Faulkner'--The art of Adaptation-- by Gene D. Phillips (1988)という本を見つけました。映画化されたFaulknerの原作の解説、TV化や映画化の経緯について詳細に書かれた本です。以下はこの本による'Tomorrow'の章からの抜粋。

・原作では妊娠した女性に関しては数節の記述があるだけで、名前すら無かった。脚本家のHorton Footeが、短編小説を90分のTVドラマに膨らますためにやった最初のことは、この女性の役割を増やすことだった。Horton Footeによれば「William Faulknerが私にこの女性について十分に語ってくれた」のだそうで、全く彼が創り上げた個性ではないようです。

・Robert Duvallはこの映画を好きな映画の一つとしてランク付けしているが、一点だけ不満があった。成長した彼の“息子”との出会いがカットされたことだ。このシーンは原作にもTVドラマにもあったし、映画としても撮影されていた。Robert Duvallは「主人公にとって、奪い去られた後も男の子はまだ彼の“息子”であり、二人の間には絆が存在した。二人の出会いを見せることによって、青年を殺した男が許せないという意思がより明確に伝わった筈だ」と主張する。(筆者註:これは全く同感。映画では幼い“息子”と引き裂かれてから長年月二人は顔を合わせていないように編集されているため、二人の絆が明瞭ではありません)

なぜ、成長した彼の“息子”との出会いがカットされたかについて、編集ウーマンのReva Schlesinger(リヴァ・シュレシンジャー)が説明する。「撮影には沢山の現地の人々が素人俳優として採用された。その何人かは非常に素晴らしかった。しかし、この主人公の“息子”を演じた青年にはそうした素晴らしさが皆無だった。他のシーンに比べると、演技の質から何から全てが貧弱だった。我々はこのシーンを使うわけにはいかなかった」

(June 13, 2001)


【Part 3】

この映画のDVDに収録されているExtraを観ました。何よりも、この幻の名作がDVDになったことは目出たいことです。これによって幻でなくなることを期待します。

'A Conversation with Robert Duvall and Horton Foote' (New York City, 2003)

Extraのメインは、脚本家Horton Footeと主演のRobert Duvallが並んでソファに座り、画面外のインタヴュアーに向って13項目に分かれた話題について話すものです。Horton Footeは主に戯曲作家ですが、'To Kill a Mockingbird'『アラバマ物語』 (1962)、'Hurry Sundown' 『夕陽よ急げ』(1967)、'Tender Mercies'『テンダー・マーシー』 (1983)、'Of Mice and Men'『二十日鼠と人間』 (1992)などの脚本も書いています。

Duvall: この戯曲はオフ・ブロードウェイの(ガレージを改装した)62席しかない小劇場で上演された。その初日にはRobert De Niro(ロバート・デニロ)、Dustin Hoffman(ダスティン・ホフマン)、Jon Voight(ジョン・ヴォイト)らが来てくれた。'Midnight Cowboy'『真夜中のカウボーイ』の監督John Schlesinger(ジョン・シュレシンジャー)も来て、脚を踏み鳴らして喝采してくれた。

Foote: 舞台で上演された芝居というものは、(消えてしまって)その後二度と観ることは出来ない。しかし、この映画は私が愛した芝居を生涯何度でも観ることを可能にしてくれた。舞台と映画、双方を観ることが出来てとても幸せだ。舞台と映画のプロットは非常に似通っている。弁護士が、映画ではナレーターになったぐらいの違いしかない。

Foote: この映画化の予算は非常に少なかった。映画製作には舞台にはない様々の処理が必要なので、製作者たちは舞台とは別の人物を監督にした。当然だが、舞台の演出家はとても傷ついた。映画製作には多くの人たちがギャラを引き下げて参加した(Robert Duvallを含む)。今まで云ったことはないが、皆ほとんどタダ働きだった。

Duvall: 主な撮影場所は、C&WシンガーTammy Wynette(タミィ・ウィネット)の祖父の土地で行なわれた。そこには小さな製材所から何から全て揃っていた。

Foote: 舞台では子役を使えなかった。しかし、映画ではMrs. Sarahが生んだ子供を登場させることが出来た。子役にはRobert Duvallが指導にあたった。
Duvall: 子供との水浴びのシーンはアドリブだった。

Foote: 原作の短編に女に関する記述はたった五行しかなく、彼女の名前さえなかった。だから。女の役には私が名前をつけ、台詞を創作した。あまりにも多くの台詞を書いてしまったかも知れないが、うまく行ったと思っている。

Foote: 女が死んだ時にRobert Duvallは泣かない。それは予測出来なかったことで、この映画を観る度に感動させられる。
Duvall: 泣けない。男は女の死に驚き、何のために泣くのか理由が見つからない。泣く訳に行かない。

Duvall: 地方色を取り入れると本物っぽくなる。些細な要素でも土地柄を取り入れることは大事だ。この映画で使った方言は、私の高校時代に出会ったアーカンソー州の男の男の喋り方がベースだ。彼は手作りの煙草を口にくわえたまま牛のように喋った。それがお手本だった。

Duvall: 私の好きなシーンはカットされてしまった。私が演じた男は30マイルも離れた町へ、ラバに乗って青年(今や成長した男の子)に会いに行く。誰か分るように帽子を取って見せるのだが、青年は男を認識出来ない。このシーンは私の俳優人生で最高の瞬間だと思っていた。そこをカットされたので、私は一年間この映画を観なかった。ま、そのシーンが無くてもこの映画は素晴らしいが。

Foote: 編集者は女性だった。彼女は才能があったが、かなり我の強い人で、「シナリオは青写真であり、映画は監督と俳優と編集者で作るものだ」という考えだった。
Duvall: 考え違いをしてはいけない。編集室は映画を作るところじゃなく、発見する場所だ。

Duvall: Horton Footeとは5〜6本の映画を作った。どれも得難い経験だった。特にこの作品は、舞台を終え映画も作るという滅多にない素晴らしいケースだった。私の代表作でもある。Horton Footeのスタイルはイソシギの足跡みたいなもので、とてもデリケートで深みがあり、具体的でもある。そこに何か無理強いして付け足すことは出来ない。彼の書くものには、彼自身の高みと強調が感じられる。

Foote: 私は(他の俳優たちと同じように)Robert Duvallに敬服している。彼の魅力は、熱狂的なところと仕事への愛である。彼はまた、役柄の本質を探求する能力に長けていて、予測出来ない面を探し出す。この点には魅了されてしまう。彼は常に何かを探し求めている。彼の領域はかなり広い。

(March 14, 2008)


【Part 4】

次のような本に出会いました

'Tomorrow & Tomorrow & Tomorrow'
edited by David G. Yellin and Marie Connors (University Press of Mississippi, 1985)

これは、William Faulknerの'Tomorrow'という短編小説とそのTV・舞台・映画への翻案に、並々ならぬ偏愛の情を抱いたMemphis State大学の英文学教授二人がまとめ上げた、非常にユニークな本です。先ず、二人の編者による三つの形態の'Tomorrow'を比較する論文があり、次いで
1) William Faulknerの原作短編小説
2) 生放送された90分ドラマ'Tomorrow'のTV台本(ライターは同じくHorton Foote)
3) 映画化された'Tomorrow'の脚本
…が採録されており、最後に映画に携わった人々へのインタヴューをまとめた一章が付け加えられています。

映画版の製作者はGilbert Pearlman(ギルバート・パールマン)とPaul Roebling(ポール・ローブリング)の二人だが、二人はオフ・ブロードウェイで上演された'Tomorrow'を観て、「これは映画だ!これまでどのフォークナーものの映画のどれもがなし得なかった物凄く美しい映画になるだろう」と思った。その夜、二人は主演女優Olga Bellinとお酒を呑みつつ、この物語を礼賛した。数年後、二人はついに'Tomorrow'映画化に向けて走り出す。

しかし、どの映画会社も資金援助や上映をサポートしようとしなかった。撮影済みのフィルムを見せても「素晴らしい内容だが、商業的ではない」という冷たい返事ばかり。問題は1) 白黒撮影の映画だったこと(どの映画会社もカラーを望んだ)、2) 主演の二人が無名であったこと('Godfather'以前だったので、当時Robert Duvallは観客を動員出来る名前になっていなかった)…などであった。

撮影は終了し映画は完成したが、上映のめどは立たず、製作者にはびた一文お金は入らなかった。主に資金を提供したPaul Roeblingは家や株券を売り、数年間借金を返済するのに大変だった。「カラーだったら資金が得られただろうが、私はこの映画の現状以外の形態は想像出来ない。フォークナーはこの物語をリアルなものとして創ったのではない。この世のヒーローとしての耐えに耐える人間のエッセンスを、人物たちの性格として表現したのだ。それは“神話的クォリティ”とHorton Footeが呼ぶものであり、それは白黒で描かれるべきだったのだ」

Paul Roeblingのお金で(主演者を除く)俳優たちにギャラを支払った。Robert Duvall、Olga Bellin、脚本家Horton Foote、そして監督のJoseph Anthonyは収益の歩合で支払う契約だった。【編註】この映画は当時一銭にもならなかったわけですから、上記四人はタダ働き同然だったわけです。

製作者二人はNew Yorkの小劇場で映画を公開した。そこで一年近いロングランとなれば、全国の一般映画館での公開の途が開ける望みがあった。全体的には好評だったが、唯一The New York Timesの映画評論家だけが酷評した。それは製作者たちに大打撃で、上映は八週間続いただけで終った。

監督のJoseph AnthonyはOlga Bellinを名女優として知っていたし、製作者の一人Paul Roeblingを役者として演出したこともあった。彼は「カラーは物語を感傷的にしてしまい、それ自身の美を失ってしまう。カラーにはコントラスト値が内蔵されており、映像を作るのが簡単だ。それがアマチュアがカラーを好む理由だ。真実の瞬間の真のコントラスト、真の繊細度、真の提示を白黒で行なうことはかなり難しい。

彼は撮影監督のAlan Green(アラン・グリーン)に、「われわれは灰色の映画を作りたい。ぎらついた白黒ではなく」と云った。「グレイのコントラストというのは非常に難しいのだが、Alan Greenは見事にやりとげた」

撮影開始一週間前まで撮影監督が決まっていなかった。CBS-TVのニューヨークの黒人少年に関するドキュメンタリーを見た製作者Paul Roeblingは、その撮影のスタイル(特にクロースアップの感受性)に惹かれた。私はそのカメラマンAlan Greenに会った時、「急な話で申し訳ない。何しろわれわれは『真夏の夜のジャズ』を撮ったカメラマンを探していたんでね」と云った。するとAlan Greenは「ええ、あれは私が撮ったんです」と答えたという。【編註】IMDb.comでも'Jazz on a Summer's Day'『真夏の夜のジャズ』本編のクレディットでも、彼は"executive in charge of production"となっていますから、当時はカメラマンではなかったようですが。

編集者Reva Schlesinger(リヴァ・シュレシンジャー、もともとはドキュメンタリー畑の編集者)は、この映画の編集に一年一寸かかったと云う。最初の素材は4時間半あった。これを縮めるのは、愛する人の手や足を切断するように苦しいものであった。しかし、劇場にかけるためには、断腸の思いで縮めなくてはならなかった。

彼女は云う、「成長して青年となった人物の演技は、他の俳優の水準に達しておらず、とても使うわけには行かなかった。しかし、私一人の独断で切り捨てたわけではない。これがハリウッド映画であれば、製作者が『オッケー、撮り直そう!』と云うところだが、私たちにその予算はなかった。仕方なく、Robert Duvallと青年のシーンを捨てることにしたのだ」

主演男優Robert Duvallは「私がミズーリ州St. Louis(セント・ルイス)の高校の最高学年だった頃、兄と州南部を数日旅したことがある。アーカンソー州に入った時、ある男に出会った。彼は牛のように喋った。南部のアクセントは高い調子で鼻にかかる感じであることに気づいた。ミシシッピでのこの映画の撮影期間中、私はそこら中を車で走り、人々の話し方を聞いて廻った。この映画の主人公が住んでいるような深南部のさらに深い地域に行くと、人々の声は深みを増し、喉から発声するようになった。ただ、この物語の主人公のように話す人間は普通深南部にもフォークナーが描いた世界にも存在しないと思う」と語る。

彼は云う、「私はこの物語の主人公を演じたいとは思わなかった。この男になり切りたいと思った」

主演女優Olga Bellinは「私は南部生まれではないので、南部訛りの準備に時間をかけた。私はミシシッピの町の通りを歩き廻り、北部の人間と悟られずにどれだけ溶け込め、容認されるか試した。誰も私がロケ隊の一員だと思う者はいなかった。うまくやれたのだ。私の喋り方とRobert Duvallのそれは異なる。彼は彼自身のリズムを持っていた。私たちはミシシッピの違う地域で育ち、性格も違う役だと考えれば、それで問題ないのだ」

Olga Bellinは撮影を満喫した。「舞台と違って、ドアを開ければ太陽の光が降り注ぎ、草もある、地面もあるし、話題にしているものの匂いもある。顔に当たる冷たい風もある。この物語にとって場所(環境)は非常に重要なので、現実の場所で演ずるのは素晴らしく貴重なものであった」

(September 26, 2010)


上記の本によって、フォークナーの原作短編、TVドラマのシナリオ、映画の脚本の三つを読みました。小説ではOlga Bellin演ずる女の台詞はたった一行、"I can't marry you. I've already got a husband."(あなたと結婚は出来ないわ。夫がいるんですもの)、これだけです。これだけを手掛かりに戯曲、TVドラマと映画で、男女二人に“名舞台”、“名演”と云われる因となった霊感を与える台本を創り上げたHorton Footeの才能は素晴らしい。

TVドラマにはややユーモラスな部分があります。赤ん坊を抱えて父の綿農場に帰った男(Richard Boone)が妻の名を聞かれて、「Mary(メアリ)だ」と云い、その数分後には「Sally(サリィ)だ」と云い、訝る父に「彼女の名はSally Mary Smithなんだ」と云うシーン。後に男は「Mary Sally Smithだ」とも云います。男は赤ん坊を取られたくないので、妻の本名"Sarah Eubanks"(サラ・ユーバンクス)を父にさえも明かしたくないわけです。TVの父親役には"The Big Country'『大いなる西部』(1958)などの名優Charles Bickford(チャールズ・ビックフォード)がゲスト出演しています。

映画ではユーモラスなシーンは全て削除され、太い骨格だけが残されています。それによって男の無償の愛、永遠の愛がより深く浮き彫りにされています。

この本の残念なことの一つは、TVドラマと映画は完成した映像・音声から文字に起したものであって、オリジナルの撮影用台本ではないことです。つまり、男が成長した“息子”に再会する場面がどのように書かれていたかを知ることは出来ません。

(October 09, 2010)





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