[Poison] A Soldier's Story
『ソルジャー・ストーリー』

【Part 2】

事件を解決した後の黒人大尉の涙は色々な意味を持っています。

先ず、殺された軍曹は「白人に負けないように」と父親から「ああせい、こうせい」と厳格に育てられたことが分ります。第一次大戦でパリで勝利を祝った時、無学な黒人の兵士の一人がほぼ裸で猿の扮装をして飛び回り、黒人兵士全体の印象を悪くしたことを今でも怒っています。「黒人が白人の道化師を演じるのは時代遅れだ。そんな奴は"nigger"(黒んぼ)であって、存在価値は無い」と主張します。これは黒人兵舎の監督官としての彼のポリシーでもありました。つまり、黒人の中での差別です。彼はギターの弾き語りの上手い兵士Larry Rileyの音楽の才能は認めつつも、「エンターテイナーは従来の黒んぼの役割だ。これからの黒人は礼儀正しく、インテリであるべきで、白人と甲乙つけ難い存在になるべきだ」と、Larry Rileyの存在を否定します。これが事件の遠因です。

黒人のエリート大尉にはその軍曹の思想と苛立ちが手に取るように解ります。しかし、Larry Rileyのような存在を否定することは出来ません。歌ったり、演奏することは黒人の本能だからです。それを抑え込んだり、押しとどめることは無意味です。

また、これがK.K.K.や白人将校の犯罪であれば、まだ軍曹の死の原因を解明する意味はあったでしょう。しかし、それが黒人同士という同人種間の犯罪では、「よくある黒人同士の殺しあい」という軽蔑すべき範疇に分類され、黒人のステータスを高めることを阻害するばかりです。大尉の涙はそうした徒労感、絶望感から生まれたものだと思われます。

しかし、Howard E. Rollins Jr.は一本調子で、あまり人間味がありません。軍曹から格下げになったArt Evansや、明るいLarry Riley、怒れる若者Denzel Washingtonなどの方がずっと魅力的です。

引き締まった表現と謎解きの興味が相まって、最後までぐんぐん引っ張るのは、さすがにNorman Jewisonです。『夜の大捜査線』との比較なぞ止めて、「舞台劇をよくぞここまで映像化した」と誉めるべきでしょう。まあ、難を云えば舞台劇という出自ゆえ、全体にスケールが小さいのが残念です。

(June 04, 2001)


【Part 3】

この映画のDVD Special Editionを観ました。'March to Freedom'という短編ドキュメンタリーは、第二次大戦当時従軍した黒人兵士数名が、軍隊内でいかに差別されたかを証言するもので、この映画の背景を傍証するものではありますが、映画とは全く関係ありません。

Norman Jewisonは自作を解説するのが好きなようで、彼の映画のDVDには必ずコメンタリーをつけているようです(推測です。廉価版DVDにはコメンタリーはないようです)。しかし、Norman Jewisonは「ルイジアナ州」と字幕が出るこの映画を「これはアーカンソー州南部で撮影されたが、ミシシッピ州のどこかの物語だ」と説明するほどなので、彼の記憶がどれだけ信頼出来るか、ちと疑問ではあります。'In the Heat of the Night'『夜の大捜査線』(これはミシシッピ州が舞台)と混同したのかも知れません。

「この当時Denzel Washingtonはまだ無名だったので、ブロードウェイの演劇俳優だったヴェテランのAdolph Caesarが唯一のスターだった。

この映画は低予算なので、セットを作る余裕などなかった。画面に出て来るのはアーカンソーの田舎町の通りや建物そのままである。アーカンソー州は暑いところだが、ミシシッピ州ほどではない。

この頃、黒人の尉官は少なかった。この映画は、これまで映画になったことのないテーマを描いている。黒人の人種偏見と白人の人種偏見である。最初ワーナー・ブラザースが製作・配給してくれる予定だったが、途中で下りてしまった。黒人の映画は収益が見込めないという理由だ。ユニヴァーサルも駄目、MGMも駄目で、ようやくコロンビアが協力してくれることになった。しかし、500万ドルの予算しか得られなかったので、タダ働きをすることになり、この映画は私のフィーチャー・フィルムの中で最もサラリーの少ない映画となった。しかし、『黒人を描いた映画は興行的に失敗する』というのは嘘だ。いい映画なら興行的に成功するのだ。

この映画でDenzel Washingtonは『眼鏡をかけたい』と主張し、私は了承した。

野球の試合のシーンには当時アーカンソー知事だったビル・クリントン(元大統領)が撮影を見物にやって来た。この映画が、アーカンソーで撮影された初のフィーチャー・フィルムだったからだ。

黒人兵士たちが野球に勝って飲んで歌ってふざける場面は、全てアドリブだった。

タフな軍曹を演じるAdolph Caesarはニューヨークの舞台にも出ていた。彼の演技は印象的で、私には他の俳優など考えられなかった。彼は声もいいし、身体の所作も素晴らしい。小男の彼が長身のDenzel Washingtonと殴り合いをするが、これが嘘っぽくならないようにするのに苦労した。ハリウッド風の殴り合いにならないよう、ラフな動きで通した。

フラッシュバック(回想)の中にフラッシュバックが入る構成なので、物語は複雑なのだが、とてもスムーズに進行していると思う。

Howard E. Rollins Jr.が基地内で寝泊まりするガランとした建物は、実際に第二次大戦中に使われた本物である。彼は尉官だが、黒人なので白人将校の宿舎に入れなかったということを示している。

この映画に登場する人物には、誰にも人種差別意識があり、人種間の信頼関係はない。これは脚本の巧妙なところだ。Howard E. Rollins Jr.でさえ、K.K.K.(白人)がAdolph Caesarを殺したという予断を抱いている。

Howard E. Rollins Jr.が基地司令官と話す場面は、全て戯曲にはなく、映画のために付け加えられたものである。

南部のバプティスト教会のシーン。黒人ばかりでなく、前列に白人将校たちが座っている。兵士たちは身体を揺らして賛美歌を歌うが、白人将校たちは身じろぎもしない。

【註】ここで歌われる"What a privilege to carry, Everything to God in prayer."という歌は、賛美歌312番「わが友イエスよ」ですが、私の耳には『星の界(よ)』(月なきみ空に きらめく光…)として馴染んでいる曲です。

兵舎でDenzel Washingtonは頭にぴったりしたskull cap(帽子の一種)を被っているが、これも彼のアイデアだ。

大方のショットは標準の35mmレンズで撮影された。これは私にとって最も落ち着けるレンズだからだ。しかし、時には何かのクロースアップを入れて編集をスムーズにしている。この映画には二人の編集者がいたが、どちらもいいアイデアを提供してくれた。

Adolph Caesar演ずる軍曹が収監したLarry Rileyに、「昔は歌って道化て、"yessir, boss"(へい、旦那)と云う輩がいた。人々はそういう奴を好んだ。しかし、もうそういう時代じゃない。そういう奴は黒人の面汚しだ」と話す場面は、アメリカ映画史で初めてのシーンだと思う。私はこのシーンが好きだ。

フラッシュバックから戻る時、私は長めの沈黙をおいた。それは観客にフラッシュバックの間に起きたことを考えさせ、時間が進んだことを認識させるためだ。この間、音楽は鳴りをひそめている。

原作・脚本のCharles Fuller(チャールズ・フラー)は実際に軍隊経験があり、それを元に戯曲を書いた。この脚本はリアリズムで貫かれている。

Adolph Caesar演ずる軍曹が、バーで長い独白をする場面。舞台ではスポットライトが使われていた。映画では、先ず彼以外をピンぼけにし、周囲の会話や音楽がフェードアウトする。次第に彼以外に当たる照明が落され、スポットライトに近い効果を出す。オプチカル処理する予算がなかったので、照明器具を手動で操作して行なった。一台のカメラで、1ショットで撮られた素晴らしい場面だ。独白が終ると、また照明がじわじわと元に戻り、サウンドも甦って来る。

この映画にDenzel Washingtonを得たのはラッキーだった。彼にとっては二本目の映画だった筈だ。【註:実際には三本目】彼は、酔って殴られたAdolph Caesarを相手にする場面で強烈な演技をし、しかもそれが納得出来るものとなっている。

ラストの黒人兵士たちの行進にエキストラを雇う金がなかったのだが、クリントン知事(当時)が州兵を貸してくれた。【註:平時であれば、州兵は知事の統括下にある】

私はこの映画を作る際、戯曲の背後にある理念を表現することに傾注した。国がまだ黒人たちを一等市民として扱っていない時に、黒人兵士たちが戦争に行き生命を犠牲にしたこと、彼らの誇り等々だ。そういう世代を描くことがこの映画の使命だった」

監督Norman Jewisonのコメンタリーは以上です。映画を見直して気づいたことがあります。野球の試合に勝ってビールを飲んで騒いでいる兵士たちに、Adolph Caesar演ずる軍曹は「将校クラブのペンキ塗りを命ぜられた。着替えて働け」と云います。兵士たちは「白人は自分がやりたくない仕事を全部黒人に廻して来る」、「ヒットラーと闘う時に刷毛が役に立つとは思えない」と不平を云います。DVD Special Editionの'March to Freedom'というドキュメンタリーには、ペンキ塗りどころでない「艦船への弾薬積み込みという危険な仕事は全部黒人がやらされた」という証言があります。1944年7月14日、そういう弾薬積み込みの事故から二隻の艦船で大爆発が起り、202人の黒人兵士の命が失われ、233人が負傷したそうです。これは第二次大戦における最大の黒人兵の犠牲でした。以後、黒人兵士たちは弾薬積み込み作業に従事するのを拒否したそうです。




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