[Poison] Venom
『アウト・オブ・サイト』

【Part 2】

この映画のDVDに含まれている「メイキング…」で、監督Steven Soderberghは「脚本は時系列で書かれていた。撮影もそのように行なわれたのだが、編集してみると女性主人公Jennifer Lopezの登場が映画が始まって30分も後になってしまい、遅過ぎることに気づいた。それでフラッシュバックを使うことにした」と云っています。つまり、この映画の回想場面は元々意図されたものではなかったのです。どうりで、冒頭George Clooneyが怒り狂ってビルから出て来る意味合いが全然分らない筈です。苦し紛れのこの映画の構成が、後に'Traffic'『トラフィック』(2000)となって花開くのでしょうが。

その「メイキング…」では原作者のElmore Leonardも出演して、原作と映画の比較や印象を語っています。その中で彼は「小説で一番気に入っている部分は主人公の男女が車のトランクの中で話す場面だ」と云っています。確かに、犯罪者の男と連邦保安官の女という相反する立場の二人が互いに惹かれ合うようになるのは、このトランクの中の会話によってであり、この映画の起爆剤とも云える重要なシーンです。この映画の脚本家Scott Frank(スコット・フランク)も「このトランクの中の会話は真っ暗闇の画面にしたかった。しかし、10分間真っ暗というのは冒険過ぎるので、George Clooneyが中で懐中電灯を見つけて明るくするというアイデアを採用した」とのこと。監督Steven Soderberghはこの場面を1シーン・1カットにしたかったようで、何と45回もリテイクしたそうです。DVDの「削除されたシーン」にその一つが含まれていますが、10分という長さではなく、実際には6分13秒ほどです。

しかし、ラッシュを見た後、1シーン・1カットは(観客には)やはりしんどいだろうということになって、カットを分けてリテイクすることになりました。私の勘定では全50カット、5分15秒のシーンに変貌しました。

監督のオリジナルのアイデアは、見知らぬ男女が狭い場所(密室)で身を寄せ合い、結構話が合うということで「悪い相手じゃないな」(また会いたい)という気持になる経緯を観客に納得させることだったと思います。空間の狭さを出すにはカットを分けずに、息苦しいまでの窮屈感があった方がいいわけですが、NGとなった1シーン・1カット版は画角が広く、到底車のトランク内には見えず、息苦しさは感じられません。また、Jennifer Lopezの演技は何故かしょっちゅうモゾモゾと動くのですが、それは異常な場所での身体的落ち着かなさは表現していても、窮屈さや見知らぬ男と身を寄せ合っている圧迫感・不安感・嫌悪感を表現してはいません。また、George ClooneyもJennifer Lopezの太股に触ってはいるものの、明るく、時には間の抜けた表情をして、極力セクシャルな意味合いを排除しようとしています。痴漢行為に見えると、その後のロマンス描写の障害になると考えたのでしょう。しかし、彼の明るさは一寸演技過剰のように見えます。多分、そういう様々な誤算もあって1シーン・1カット版をNGにしたのでしょう。

もう一つ、監督Steven Soderberghのコメントで面白かったのは、「George Clooneyの役は女っぽい。彼はフィーリングを基盤にして行動するからだ」という言葉です。そう、彼は金目当てのビジネスよりもロマンスや人道主義を貫こうとします。彼の連絡担当の女性がキューバ人に狙われるのではないか?と心配したり、大金持ちのメイドが黒人ヤクザたちに犯されるのではないか?と心配したりします。後者の場合、彼は大邸宅に取って返したためにJennifer Lopezに逮捕されることになります。

監督は、「逆にJennifer Lopezは男っぽい存在だ。George Clooneyの脚を射って手錠をはめ、歩み去って行く」とも云っています。George Clooneyは一度も銃を使ったことがないというのに、彼女は銃が好きで、すぐぶっ放したがります。警棒を使うのも上手いし。つまり、この映画の男女は性が逆転しているのです。とは云っても、Ving Rhamesに抱きかかえられてトランクに入れられる前、宙に浮きながら脚をバタバタさせる彼女はセクシーです。特にスリットが深く、片脚のほとんどが見えるようなスカートなので、なおさらセクシー。

しかし、29歳という歳のせいか、メイキャップのせいか、この映画のJennifer Lopezの肌は綺麗に見えません。登場したばかりのレストランのシーンでは、テーブルの上のライト・スタンドの赤っぽい照明に救われて誤魔化せていますが、他のシーンの肌色は冴えません。

この映画の最後の豪邸への押し込み後には珍妙なことがいくつか起ります。
・みんなで隠し金庫を探します。黒人ヤクザDon Cheadleの手下の一人は冷蔵庫を開け、ステーキ肉をみつけてそれを持てるだけ持ち帰ることにします。「花より団子」ならぬ、500万ドルダイヤモンドよりステーキの方が魅力的というわけです。
・Don Cheadleら三人が隠し金庫を見つけ、三人のピストルで「セーノ」で蝶番を射ちます。開かない。で、今度は「ダイアル」を射つことにします。すると、人質となっていたメイドが「数字の組み合わせを知ってるわ」とぺらぺらと喋ります。振り向いてポカンとしていたDon Cheadleが「ありがとう」と云います。
いずれも意表を突いていて可笑しい。

フロリダらしい景色はほとんど出て来ないのに、デトロイト市内は市内数ヶ所の鉄のモニュメントが点描されるなど、かなり丁寧に描かれています。監督によれば、デトロイトの色彩は彼のイメージにある青黒い鉄の色で統一したそうです。各刑務所における服役者の衣類の色も、計算して選んだとか。'Traffic'『トラフィック』(2000)に至る色彩手法を試していたことが分ります。

Steven Soderberghはこの映画製作時、35歳でした。劇場用映画は、これまでに6本ほど撮っていたようです。しかし、DVD付属の「メイキング…」によると、有名俳優たちから相当若造扱いされていたことが分ります。George ClooneyはSteven Soderberghの才能を見込んでいたようで、馬鹿にしたような発言はしていませんが、Don CheadleやSamuel L. Jacksonなどは、Steven Soderberghに「まあ、あんたは見てろ」と勝手に自分で自分を演出したようなことを云っています。Steven Spielberg(スティーヴン・スピルバーグ)が'Duel'『激突』(TV映画、1971)を作ったのは若干25歳でした。彼よりも10歳も多いSteven Soderberghをガキ扱いするなんて信じられませんね。

(August 05, 2007)





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