[Poison]

Shenandoah
『シェナンドー河』


【Part 2】

監督Andrew V. McLaglen(アンドリュー・V・マクラグレン)は父親Victor McLaglen(ヴィクター・マクラグレン)がJohn Ford(ジョン・フォード)西部劇の常連だった関連で、John Fordの助監督になり、何年か経って一本立ちします。私の厳しい目から見ると、Andrew V. McLaglenはJohn Fordの亜流です。B級というほど悪くはないものの、A級とは云えない映画が多い。この映画においても、派手でコミカルな殴りあいを長時間見せます。こういうところがこの人の悪い癖です。John Fordの明るい面だけ真似して、John Fordの透徹した人間観や詩情を描くには至りません。

長女Rosemary Forsythは男兄弟よりも銃が上手いという気丈な女性です。結婚式では神父を差し置いてすらすらと誓いを述べてしまい、神父に睨まれます。すらすらと誓うことが、彼女の聡明さを示しているようでもあり、神父が微笑まないことにより、彼女の傲慢さを示しているようでもあります。この辺は演出の曖昧さが出ているようです。

ストーリィを要約すると、「末っ子が拾った南軍の帽子のために、長男と次男夫婦三人が死んでしまう」ということになります。これに気付いた私は、ラストで末っ子がひょっこり戻って来ても感動出来ませんでした。南軍と北軍が家の廻りで闘っている最中に、片方の軍の帽子をかぶれば災難が降り掛かるのは目に見えています。八人も成人男女がいて、そんなことに気付かないというのはアホみたいです。脚本家のミスですね。

末っ子の遊び友達の黒人少年が、北軍から「お前は解放された」と云われてどこかへ消えます。末っ子が戦場で傷ついた時、とどめを刺しに来た北軍兵士…と見れば、兵士はその黒人少年。こういう昔なじみが戦場で出会うというのは、この映画の50年前の'The Birth of a Nation'『國民の創生』(1915)にも出て来るお話です。

私としては、教会にまつわる逸話の繰り返し、父親が南北戦争に巻き込まれた息子を探しに行く…という点で、"Friendly Pursuasion'『友情ある説得』(1956)との類似が見えてしまいます。『友情ある説得』は詩情とユーモアのセンスにあふれた名作ですから、比較するのは愚かです。

『シェナンドー河』というタイトルですが、小川みたいな流れしか出て来ません。それもその筈、実際の撮影はオレゴン州で行なわれたそうです。

(February 15, 2002)





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