[Poison] Ray
『Ray/レイ』

【Part 2】

実はこの映画、DVDでずっと前に観ていました。その時はこれが“南部もの”だという気はこれっぽっちもしませんでした。この映画はRay Charlesがフロリダ州から旅立ち、その後彼の大都会における演奏活動をメインにしています。Ray Charlesがジョージア州生まれだという説明もないし、少年時代の回想シーンにも「ジョージア州」などという字幕は出て来ません(普通、出すもんですけどね。実際には、この撮影はルイジアナ州で行なわれたようです)。そういうことで、ある読者からリクエストを頂くまでは、この作品を“南部もの”リストに入れる気にはなりませんでした。

この映画には回想シーンが七回(母親が1カットだけ出て来るシーンは除外して)、幻覚シーンが五回出て来ます。幻覚シーンはRay Charlesのトラウマとなっている弟の水死のショックが甦るもので、旅行鞄が水浸しになったり、急に足元に水が溢れて来るといった、日常的場面に異常な現象が起ることによって、並のホラー映画よりギクッとさせられます。回想シーンの内容は母と弟との生活、弟の死、Ray Charlesの失明などが主なもの。この回想シーンは抽象的セットではなくリアル風なものなのですが、100%リアルとも云えない不思議な描き方をされています。大きな要素は、セットが非常にシンプルであること、ハイキーで中間調を飛ばしたような処理であること、土の色が赤茶色に見えるほど全体に赤っぽい色彩であること等々。これらによって、何か天上的とも云えるような雰囲気が漂っています。考えてみれば、われわれ自身の幼少時を回想する時、色はついていませんがかなり細部は省略され、ごく一部に(記憶の)焦点が合っています。そういう特徴を映像化したということかも知れません。

この映画ではKerry Washingtonとの結婚が初婚のように描かれていますが、実際にはRay Charlesは1951年にある女性と結婚し、一年後に離婚しているそうです。

Kerry Washingtonとレストランで話しているRay Charlesが「窓の外にハチドリがいる」と云い、Kerry Washingtonをびっくりさせます。"Hummingbird"(ハチドリ)は体長10センチ前後の極めて小さい鳥です。空中停止して花の蜜を吸う時に微かなブーンという音を立てますが、映画のような大勢の客が話しているレストランで、閉め切ったガラス戸の外のハチドリの音を聞き取るのは至難の業だと思います。Ray Charlesは「聴こうとしないと聞こえない」と云います。盲人の彼には聞こえるとしても、Kerry Washingtonには無理ではないでしょうか。【参照:当サイトの『ハチドリMovie 』http://www2.netdoor.com/~takano/hummingbird-j.html を御覧下さい】

私がよく一緒にゴルフするグループにJack Mears(ジャック・ミアーズ)という78歳の男がいます。彼の奥さんは朝食後、毎日ゴルフに出掛ける夫に向って"Hit the road, Jack. Don't you come back no more."(出て行きなさい、ジャック。もう帰って来ないで)と云うそうです。

さて、ジョージア州オーガスタの一件です。この映画で“悪者”にされたオーガスタの町の地元紙'The Augusta Chronicle'がショックを受け、調査を開始しました。先ず、州の法令集や公文書を調べましたが、映画が云う「Ray Charlesのジョージア州からの永久追放」という判決は発見出来ませんでした。'The Augusta Chronicle'紙は、映画の中で「Ray Charlesのジョージア州からの永久追放」を報じた'Louisville Defender'紙のバックナンバーを保存している大学に依頼して、当該記事を探して貰いましたが、これも見つかりませんでした。【出典:http://chronicle.augusta.com/stories/120404/met_2731645.shtml】

'The Augusta Chronicle'紙は当時の公民権運動活動家も探しました。当時の中心的活動家は「デモを組織するにはタイミングが遅過ぎた。で、Ray Charlesが宿泊しているモテルに電報を打った」そうです。それは二、三行の文面で「人種差別的コンサートをキャンセルしてくれ」というものでした。Ray Charlesはコンサートをキャンセルし、罰金として757ドル支払ったそうです。

ですから事実としては、
・1961年にジョージア州オーガスタで、Ray Charlesはコンサートをキャンセルした
・Ray Charlesは罰金を支払った
・1979年にジョージア州議会は'Georgia On My Mind'を州歌として制定した
…という三点があるだけで、人種差別反対の抗議デモはなく「ジョージア州からの永久追放」も事実無根でした。実際には、Ray Charlesはこの事件の後もオーガスタを初めとするジョージア州内で何度か演奏活動を行なっていたそうです。「永久追放」がなかったわけですから、議員Julian Bondが州議会を代表して謝罪する必要もありませんでした。映画ではRay Charlesの妻としてKerry Washingtonが列席していますが、この数年前に二人は離婚していて、彼らが同席した事実もなかったそうです。

この映画には「これは事実に触発された物語である」という断り書きは出ませんので、観客は全てを事実として信じ込んでしまいます。ジョージア州の住民でないわれわれは別に傷つくこともないのですが、それでも“感動のクライマックス”が完全なフィクションだったとなると、いささかがっかりします。しかし、これは“実話もの”や“伝記もの”が常に抱えるジレンマなんですね。実話というのは淡々としていて、“感動のクライマックス”などというものは滅多にありません。しかし、それで映画を終らせると尻すぼみになってしまいます。仕方なく脚本家は何か山場をでっちあげないといけなくなるわけです。

ま、そういう短所があったとしても、この映画はよく出来ていると思いますが。

(June 08, 2007)





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