[Poison]

The Prince of Tides

『サウス・キャロライナ/愛と追憶の彼方』

【Part 2】

Nick Nolteのエロキューション(発声法)は高低の波があり過ぎて、私の耳では理解しがたい台詞がいくつもありました。アクション映画のように怒鳴る場面も多いのですが、ロマンチックな映画を期待している観客はどう思うのでしょうか?私には、柄の悪い南部人を誇張しているようで不愉快でした。フットボールのコーチだからと云っても、日常でこう怒鳴る人はそういないでしょう。

後半はBarbra Streisandの夫Jeroen Krabbe(ジェローン・クラッベ)が自宅で開くディナー・パーティの場面が面白い。彼は有名なヴァイオリニストで、名器ストラディヴァリウスを奏でて客をもてなす。彼は妻とNick Nolteの仲を疑っていて、南部の象徴'Dixie'を茶化して弾いたり、ディナーの席上でNick Nolteを侮辱しようとする。中座したNick Nolteが「ショーを見に来い!」というので何かと思うと、ストラディヴァリウスをヴェランダから投げ捨てようとしている。高層ビルなので、木っ端微塵になることは必定。Jeroen Krabbeはおしっこをチビリそうに青ざめる。

このパーティではBarbra Streisandが夫の浮気を暴いたりしたので、もう滅茶苦茶。二人はNick Nolteのアパートに行き、結ばれてしまう。その後、二人は公然と逢い引きし、至福感に浸ります。

で、どうなるかというと、ニューヨークの子供たちの遊びを見ていたNick Nolteが、急に娘達の元へ帰りたくなるのです。Barbra Streisandと別れて、妻との仲も修復する決意をします。何ですか、これは。二時間以上もかけて見せてくれたのは、ただの束の間の不倫の恋だったの?子供が恋しいから、恋人を捨てて元の鞘に納まって、ジ・エンド?そりゃ、ないでしょう。時間が無駄だったなあ。

ラストのナレーションによれば、サウス・キャロライナを発った時、主人公Nick Nolteは離婚するつもりでした。「しかし、彼女(Barbra Streisand)が私を変えた。私は妻と娘達に何かを返したいと、初めて思った」と語ります。多分、ずっと隠し続けて来た彼のトラウマ(家族の秘密)をBarbra Streisandに話したことが彼の屈折した人格を解放し、あたたかい人間性を取り戻す契機となり、平凡な幸せに目覚めさせてくれた…と云いたいのでしょう。気持ちは分りますが、これって一番安易な解決法だと思います。芸が無い。

原作者Pat Conroy(パット・コンロイ)はこの映画の脚本の共同執筆者でもあります。この人は以前の映画化の際、原作使用料より脚本執筆料の方が高いのに驚き、それでこの映画では脚本も担当したというがめついヒトです。「結局何もなかったことにする」エンディングの責任の一半はこの人にあります。しかし、あるインタヴューで「シナリオの第一稿と第二稿は私が書いた。その後、私は解雇され、12人のライターがいじくり廻した。最後にBarbra Streisandのために私が三週間働いた。しかし、これは私独自の財産とは思えない、小説は私のだけどね」と語っていますので、果たしてエンディングの総責任が彼一人に負わされるべきかどうかは、定かでありません。

そもそも、Nick NolteとBarbra Streisandの間には何もロマンチックな雰囲気は漂っていません。相性が悪いのか。抱き合っていてさえ、燃え上がる火花もとろけるような恋情も感じられません。この二人の配役は間違いだったと思います(製作・監督の責任ですが)。

妹の精神障害を救うために精神病医に協力するという行為が、実はNick Nolte自身のトラウマを癒す行為になる、彼自身が患者になって行くという筋立ては面白い。そのトラウマは凄すぎて、これまたロマンス映画の範疇を逸脱する事件です。

(September 12, 2002)





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