[Poison] Man Outside
(未)

【Part 2】

筋書きもスケールも、TV映画と云ってもいいような小品です。こんな物語は映画やTVで世間にいくらでも溢れているのに、何故わざわざインデペンデント映画で作らなくてはいけないのか、理解に苦しみます。

この映画の監督は、ドキュメンタリーの監督として有名で、これが劇映画第一作だそうです。共同製作・脚本・監督の三足の草蛙を履いています。「一寸監督してみないか?」と誘われた作品ではないのです。「こんな題材にそこまで入れ込むの?」と呆れてしまいます。

Robert Loganが逮捕された後、Kathleen Quinlanはアラバマ州まで行ってRobert Loganの家族に会い、彼が世捨て人になった原因を突き止めます。ここまではいいでしょう。彼女の学者としての研究の一部でもあるからです。しかし、この後は「フィクションだからいいだろう」とばかり、次のような登場人物たちの常識外れの行動が一杯出て来ます。

1) Robert Loganは自分を弁護するための資料集めと称して検事局の図書室かどこかへ連れて行って貰い、隙を見て警官から拳銃を奪って逃走します。いくら主人公当人に誘拐犯を探させたいという脚本家の理由があったにせよ、これは行き過ぎでしょう。観客も「誘拐犯は捕まる」という前提で映画を観ている心理につけこんだあざとい行為です。もし、誘拐犯を捕まえられなければ、Robert Loganの嫌疑は深まる一方です。
2) Kathleen Quinlanは車を運転して彼の逃亡を助けます。いくら彼が好きになったからといって、また彼の無実を信じているからといって、大学教授(講師?)の職を棒に振ってもいいのでしょうか?
3) Kathleen Quinlanが教えている学生Andrew BarachがRobert Loganを助けて、誘拐犯の黄色いジープを探します。Robert Loganのためというより、Kathleen Quinlanが好きだからです。しかし、小型トラックの荷台に乗った彼は、警察の車に追われると、古タイヤだの工具箱だのを投げつけて追跡を断ちます。別にRobert Loganと親しくもないのに、ここまでやりますかねえ?誘拐犯を捕まえられなければ、この学生も公務執行妨害で罪を問われるでしょう。

誘拐犯には年老いた盲目の母親がいます。彼女が息子をいつまでも子供扱いして抑えつけているから、息子の精神がひん曲がってしまったと説明するための存在のようです。この母親が生きているからまだしも、死んでミイラになっていれば、これは'Psycho'『サイコ』(1960)のイタダキです。

そもそも、これはアーカンソー州が舞台である必要は全くないような映画です。南部でなくても一向に構いません。「監督がアーカンソー州出身だからか?」と勘ぐりましたが、彼の出身地はルイジアナ州でした。どうしてルイジアナにしなかったんでしょう?

(March 14, 2007)





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