【Part 2】
主人公Cliffの誕生から、青年となって町を離れるところまでの物語です。しかし、大部分において彼は子供なので、差別と真っ直ぐ向き合う場面がありません。Cliffの一代記かと思うと、周りの人物の話が長々と続き、Cliffは添え物になってしまったりします。そうした周囲の人物も深く描かれているわけではなく、色んなエピソードを揃えるための駒にしか過ぎません。
彼の実の父である青年は、父であると素性を明かさないし、母親も何もCliffの面倒を見ず、全く無責任です。いくら黒人社会がいい加減でも、こうまでひどいものでしょうか?
踊り子が踊るシーンでも、衣装も振り付けも一種類しかなく、しかも延々と出しています。非常に貧しい映画という感じが否めません。
'Fried Green Tomatoes'『フライド・グリーン・トマト』で白人女性が亡くなった時、家の人達が時計を止めて哀悼の意を表していました。この映画で黒人女性が亡くなると、鏡に黒い布を被せています。『地球の歩き方〜アメリカ南部』(ダイヤモンド社刊)の「葬送の文化」というコラムに、「夫が死ぬと、妻が先ず家中の時計を止め、玄関や鏡に黒い布をかける」と書いてあります。色々、変わった風習があるものです
脚本も演出も駄目という例ですが、こういう映画でも沢山の人と金と時間がかかっているので、勿体無いというか、無駄というか、非常に悲劇的ですよね。見てて、辛くなります。
(March 12, 2001)