[Poison] Norma Rae
『ノーマ・レイ』

【Part 2】

私はNHK撮影分会の執行委員とか、書記長とか、北海道支部執行委員とかをやらされ、結構組合活動をして来た方ですが、この『ノーマ・レイ』は観たことがありませんでした。Sally Fieldが"UNION"と書いた厚紙をかざしている写真を見て、労働歌の「ガンバロー!くろがねの男の拳がある、燃え上がる女の拳がある」的プロパガンダ映画だと思ってしまったのです。私は押しつけがましい映画や、怒鳴りあいの映画は嫌いなので、それで観なかったわけです。

まあ、騒音の激しい紡績工場ですから、隣りの人と話すにも耳に口を寄せて怒鳴らなくてはならず、これが怒鳴りあいの映画であることには違いありませんでした。工員たちは耳栓をし、そのまま怒鳴る。それでもSally Fieldの母親のように難聴になってしまう。

私は撮影の仕事で何度も日本の紡績工場へ行ったことがあります。この映画の十年ほど前ですが、当時の日本ですら工員たちは粉塵防止のためのマスクをしていました。この『ノーマ・レイ』の工場では誰一人マスクをしていません。これでは難聴だけでなく塵肺になってしまいます。こういう健康管理はアメリカの方が進んでいると思っていたのですが、逆だったようです。あるいは日本の工場が撮影の時だけマスク着用を強制したのでしょうか?

Sally Fieldのアカデミー主演女優賞ものの演技もいいのですが、思いがけない素晴らしさはオルガナイザー役のRon Leibmanです。最初はうさん臭い感じで登場し、工場正門前でビラ配りを始めます。しつこいスッポンのような男かと思うと、全く逆で、愛想よく挨拶するだけ。教会や個人の家での集会でも、日本の左翼活動家のような理念はふりかざさず、「白人も黒人もユダヤ人も一体となって、フェアな賃金を得る権利を主張する、それが組合だ」とシンプルに説得します。粘り強く、望みを捨てません。プロとしてのオルガナイザーの頼もしい姿です。間違いなくSally Fieldは彼に惹かれ、彼もそれを知っている筈ですが、一線を越えることはありません。

彼の役割は労働者多数を相手にした「シェーン」です。映画『シェーン』の場合、農夫の妻は明らかにシェーンに慕情を抱き、シェーンもそれを感じていた。旦那である農夫すらも感じていて、悪党と撃ち合いをしに行く前、農夫は「後はシェーンを頼れ」と云うほどでした。『ノーマ・レイ』の場合、『シェーン』ほどの緊張状態にはなりません。いつ、Ron LeibmanがSally Fieldを抱き寄せてもおかしくない状況が何度もありますが、彼等はいつも健全(?)です。

終盤、組合を設立するかどうか労働者全員による投票が行なわれます。Ron Leibmanは余所者ですし、Sally Fieldも解雇された身なので、工場内には入れません。二人とも金網の塀の傍で聞き耳を立てることしか出来ません。先ず、組合設立に反対する投票数が発表され、歓声が聞こえます。ついで、賛成の数。大歓声。二人が思わず、ニッコリします。これは'Chariots of Fire'『炎のランナー』(1981)のクライマックスに似た感動です。『炎のランナー』の場合、主人公のレースの結末をフィールドで見せず、競技場に入れないプロ・コーチのホテルの部屋にカメラを移し、窓越しにスルスルと上がって来る英国国旗を見せてコーチを泣かせます。うまい監督がやると、こういう間接話法もいいものです。

組合は成立しました。Sally Fieldは"Well...?"(それで?)と云います。彼女が云うと「ウェオ」という風に聞こえます。Ron Leibmanも"Well...?"(さて?)と応じます。本当は組合役員の教育とか、相談役が必要な筈ですが、そういうのは別な担当者が来るのか、彼は「山が呼んでる」じゃなく「ニューヨークが呼んでる」とばかり、さっさと帰る気です。Sally FieldはRon Leibmanに"I think you like me!"(あなた、私のこと好きよね!)と云います。これが最後の瞬間だからです。普通なら、Ron Leibmanが彼女をハグ(抱擁)するか、頬っぺたにチュするところですが、彼は勢いよく手を差し出し握手を求めます。ボーイスカウト風ですなあ。彼が車に乗り込むと、Sally Fieldは大きくため息をつきます。

しかし、二人の間に何かあれば、この映画は別物になってしまったでしょう。プラトニックだからいいんですね。たまには、こういう「男と女の友情」もいいものです。

なお、アカデミー主演女優賞の受賞スピーチで、Sally Fieldは"I think you like me. You really, really like me!"と云ったそうです。

(May 05, 2001)


【Part 3】

この映画のDVDに付いているドキュメンタリー'Backstory: Norma Rae'(2000年製作)を観ました。短いですが、中身は濃く、結構見応えがあります。女性プロデューサーTamara Asseyev、主演女優Sally Field、主演男優Ron Liebman、撮影監督John Alonzo(ジョン・アロンゾ)などの証言が聴けます。以下は彼らの話とナレーションをまとめたものです。

1978年に二人の女性プロデューサーが、New York Timesの記事をヒントに、南部の紡績工場における女性労働者の苦闘を映画化しようとしました。モデルとなったのはCrystal Lee Jordan(クリスタル・リー・ジョーダン)という当時32歳の子持ちの女工で、ノース・キャロライナ州の紡績工場で組合を作ろうとして会社側の弾圧を受け、「殺す」と脅されたり、投獄されたり、果ては解雇されてしまったのです。彼女がプライヴァシーの観点から実名を使われるのを嫌がったため、脚本家たち二人は"Norma Rae"という人物を創作しました。架空の人物という利点を活かし、"Norma Rae"の人物像には当時の勇敢な女性活動家数人の要素を取り込むことになりました。

プロデューサーによれば、「それまで読んだことのない最高の脚本だった」そうですが、労働問題という地味なテーマのため、どの映画会社も手を差し伸べてくれません。唯一、'Star Wars'で巨万の利益を得ていた20世紀フォックスが製作・配給してくれることになりました。しかし、20世紀フォックスは「Aクラスの主演女優を使うこと」を主張。

監督にはMartin Rittが決定。彼は1950年代のハリウッドの赤狩りの犠牲者の一人で、貧しい者や弱者の代弁をする映画を一貫して手掛けて来ました。彼にすれば、この'Norma Rae'も彼の守備範囲の一つとして飛びついたわけです。

Jane Fondaその他のA級の女優は、みなこの主役を蹴りました。Martin Ritt監督が途方に暮れていた時、彼の秘書が「Sally Fieldはどうですか?」と云い、彼は"Sally who?"(誰だって?)と応じました。彼はSally Fieldを知らなかったのです。それまでのSally Fieldは、'Gidget'『ギジェットは15才』などのTVの青春ものや'The Flying Nun'『いたずら天使』というコメディ・シリーズのTV女優に過ぎませんでした。しかし、1976年にTVの'Sybil'というシリアス・ドラマでエミー賞を獲得。そのヴィデオを観たMartin Ritt監督は「Sally Fieldでいける」と納得しました。

しかし、20世紀フォックスは納得せず、あくまでも有名女優獲得を示唆し続けました。しかし、Sally Fieldに惚れ込んだMartin Rittは、「Sally Field抜きなら、オレはおりる」とまで明言。彼の凄い拘り方に、遂に20世紀フォックスも折れました。

Sally Fieldは「工場労働者の生活や組合の是非などとは全く無縁だったので、この役を全う出来るかどうか自信がなかった」と云っています。ロケ地でのリハーサル期間中、彼女は地元民や工場労働者にとけ込み、彼らの方言を学び、環境(特に南部の暑さ)に慣れ親しみ、スポンジが水を含むように全てを吸収しました。撮影監督John Alonzoによれば、Sally Fieldは自分を買ってくれたMartin Ritt監督を師とも、父とも、祖父とも、伯父とも仰ぎ、彼の指導に素直に従ったそうです。

本物の紡績工場内での撮影は、非常に窮屈で不自由でした。撮影監督John Alonzoが最初の頃にあるシーンをハンドヘルド・カメラ(手持ちカメラ)で撮影した際、Martin Ritt監督は「全篇それで行こう」と云いました。John Alonzoが「どうして?」と聞くと、「先ず、(この物語を)カメラが覗き見している感じが欲しい。そして、カメラも呼吸すべきであり、観客もわれわれと共に呼吸すべきだからだ」と云い、John Alonzoも納得したのだそうです。

撮影が進むにつれ、Sally FieldはNorma Raeそのものに変貌しました。彼女によれば、「工場内で"UNION"と書いた文字を仲間たちに見せた後、工場を歩み去るシーンで、私は歩きながらその場の出演者たちの顔に感動を読み取った。それは一つの勝利だった。その瞬間、私がNorma Raeになったのか、Norma Raeが私になったのかは判別出来ない状態になった」

映画は先ずカンヌ映画祭で公開されました。Sally Fieldは不安だったそうです。ブーイングを受ける可能性だってあったからです。結果は30分も鳴り止まぬ拍手でした。この映画祭を皮切りに、彼女はあらゆる映画祭の主演女優賞を総なめにしました。この年のアカデミー主演女優賞候補には、'Norma Rae'出演を拒んだ二人の女優の名も挙っていました。そして、オスカーは皮肉にも配給会社・20世紀フォックスが拒み続けた女優の手に渡ったのです。

この映画の成功により、Norma Raeのモデルの女性Crystal Lee Jordanは全米織物業組合のスポークス・パースンとなり、彼女を解雇した紡績工場(依然組合を認めないままだった)をボイコットする運動を展開。その大工場も評判がガタ落ちとなってビジネスもダメージを受け、後にやっと組合を認めることになりました。

Sally Fieldは「数々の受賞は嬉しい。でも、ロケ現場でMartin Ritt監督演出による素晴らしいシーンをもう一度体験出来るなら、どんな賞よりもそちらを選びたい」と語っています。監督はこのドキュメンタリー製作の十年前(1990年)に亡くなっていました。

(March 05, 2008)


【Part 4】

'Based On A True Story' by Jonathan Vankin and John Whalen (A Cappella Books, 2005)という、実話を元にした映画100本の裏話ばかり集めた本を読みました。その中の'Norma Rae'『ノーマ・レイ』の章から、これまでの私の紹介に漏れていた部分だけ引用します。

「問題のノース・キャロライナの紡績工場はJ. P. Stevens(J. P.スティーヴンス)という名前の工場だった。映画では最後に従業員の集会で組合結成が決定されハッピーエンドになっているが、実際にはJ. P. Stevens経営者による合法的な妨害があって、数年間組合は設立されなかった。映画が公開されて、Norma Rae(ノーマ・レイ)のモデルとされる元紡績女工・活動家のCrystal Lee(クリスタル・リー)にメディアのインタヴューが殺到し、それがJ. P. Stevensに圧力をかけることになった。ハリウッドは普通「現実」から物語を拝借するだけだが、この映画の場合はハリウッドが「現実」にハッピーエンドの脚本を書いてお返しした希なケースとなったわけだ。

この映画はジャーナリストであるHenry Leifermann(ヘンリィ・ライフェルマン)の本'Crystal Lee: A Woman of Inheritance'を基にしている。この映画の物語は驚くほどこの本に忠実である。

J. P. Stevensにおいて、労働者を団結させ組合を設立させた中心人物がCrystal Leeであることに間違いはないが、当然彼女一人でなし得ることではなく、職を失う危険を冒した五、六人の女性の献身的努力があった。しかし、この映画の監督Martin Rittは、ドラマ作りの伝統に従い、一人の個性に焦点を当てている。

映画の主人公同様、Crystal Leeは二代目の紡績工場工員であり、数人の子供があった。解雇された後、工場の机の上に立ち上がって"UNION"という手描きのプラカードを掲げたのも事実だった。そもそも、この映画は'Crystal Lee'という題名になる筈だった。最初、Crystal Leeは映画製作に協力的だったのだが、映画への自分の参加度(発言権の拡大)を要求し、監督が容れなかったため、Crystal Leeは自分の名前を使うことを拒否した。止むなく監督は主人公の名前を変え、“主人公は数人の女性闘士から構成した架空の人物”であると説明することにしたのだ。

監督Martin Rittはハリウッド的ロマンスを排除したが、性的興味を提示するにはやぶさかでなかった。Ron Leibman(ロン・リーブマン)が演じた全米紡績労働者組合からやって来たオルガナイザーはニューヨーク生まれの若者になっているが、実際の人物は元炭坑夫でずっと老けていた。だから、彼とCrystal Leeの間に恋愛感情はなく、どちらかと云えば父娘の関係であったことになる。だから、"she liked him, but didn't REALLY like him."(彼女は彼が好きだったが、惚れていたわけではない)と’云うべきである」

(December 17, 2010)





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