[Poison] They Live by Night
『夜の人々』

【Part 2】

冒頭、脱獄囚たちが車を走らせるのをヘリコプターから撮影したシーンは、この映画が初めてであると云い切れないものの、映画の歴史の中でごく初期の試みの一つだと云われています。以前からヘリコプター撮影はありましたが、それは風景や地形を示すためであって、走る車や俳優の演技を撮るものではなかったのだそうです。この撮影を見る限り、きちんと防振装置をつけて撮っていいて、画面が震えたりしていません。

疾走する車を撮ったまでは良かったのですが、彼らがボウイーを一時物陰に潜ませ、他の二人だけでHoward Da Silvaの兄の家に行くことを相談するシーンまで俳優たちの頭上から撮影しているシーンは疑問があります。俳優たちの周囲の薮がヘリコプターのローターのせいで気違いのように揺れています。ハリケーンの最中のシーンでもあるまいに、これは不自然極まりないショットです。もし、どうしても俯瞰で撮りたければ、高い足場を組んで上から撮るのが普通。しかし、このシーンを上から撮らなければならない理由はありません。単に「ヘリコプターがあるから上から撮ってみよう」という思いつきだったのではないでしょうか。

銀行強盗のリーダーJay C. Flippenは、映画の最初の方で「三人で組もう。三人で"Three Mosquitos"(三匹の蚊)だぜ」と云います。彼の表情からして気の利いたことを云ったつもりのようですが、ハテ"Three Mosquitos"とは一体何か?多分、"Three Musketeers"(三銃士)の間違いでしょうね:-)。学の無い他の二人もそんな間違いに気づかないわけです。

Robert Altman版で脚光を浴びた役、Jay C. Flippenの入獄中の弟の妻の役は、ここではHelen Craig(ヘレン・クレイグ)が演じていますが、Robert Altman版のユーモアは抜きで、終始鉄仮面のように無表情で冷血な女を印象的に演じています(最後に、警官隊に待ち伏せされていると知らないFarley Grangerを見送る時だけは悲愴な顔を見せますが)。どちらがいいか?と云われれば、私はRobert Altman版のLouise Fletcher(ルイーズ・フレッチャー)に軍配を上げます。ユーモアと冷血の双方を表現して、アーモンド・グリコのように二度美味しいからです:-)。

終盤、義兄Jay C. Flippenのおかげでモテルのオーナーとなった女性Helen Craigは、入獄中の夫を釈放させるための取り引き材料としてボウイーの居場所を官憲に伝えます。メキシコ行きを断念したボウイーは、Helen Craigのモテルに戻りますが、妊娠している愛妻キーチィには会わずに一人だけで逃亡生活に入る決意で、「キーチィを頼む」とHelen Craigに札束を渡します。キーチィへの手紙を走り書きし、それを部屋に届けに行こうとし、振り向いて「色々ありがとう」とHelen Craigに感謝します。観客はHelen Craigの裏切りを知っていますから、ボウイーの素直さだけが引き立ち、来るべき悲劇の前で彼の存在の純粋さがいや増します。うまい脚本・演出です。

この映画の後継者である'Bonnie and Clyde'『俺たちに明日はない』(1967)の主人公の男女は87発の弾丸を浴び、'Thieves Like Us'『ボウイ&キーチ』(1974)のボウイは“500発の銃弾”を浴びると宣伝されました。この映画の場合はそんな派手ではありません。三発ぐらい同時に射たれただけでボウイーは絶命してしまいます。

亡き夫の手に握り締められていた手紙を読むキーチィ。「いつか子供に会いに必ず戻る。愛してる。ボウイー」という文面ですが、キーチィは途切れ途切れに最後まで読み、ボウイーの亡きがらを振り返って唇の動きだけで(無音で)「ボウイー」と呟きます。いい演出です。

Farley Grangerは2001年頃まで映画、TV、舞台などで活躍していました。そんな彼が尊敬している監督と云えばAlfred Hitchcockと、この映画のNicholas Rayだそうです。そして、好きな作品と云うとAlfred Hitchcockの'Strangers on a Train'『見知らぬ乗客』(1951)と、この'They Live by Night'『夜の人々』の二本だとのこと。2007年に発売されたこの映画のDVDのコメンタリーでは、暗黒映画評論家の質問に答える感じで彼が当時の思い出を話していますが、81歳という高齢のせいか、監督や俳優仲間を繰り返し賞賛するだけで何も目新しいことは喋っていません。唯一、印象に残ったのは次のようなことです。

この映画はRKO社が製作したのですが、丁度その頃Howard Hughes(ハワード・ヒューズ)のRKO買収工作が進んでいました。RKOを傘下に収めたHoward Hughesは、全ての新作映画を点検し、手直しを命じたりしたそうです。この映画はさしたる手直しもなかったのに、何と二年も公開されませんでした。Farley Grangerはこの二年間のお蔵入りを相当憤っていて、Howard Hughesへの怒りを何度も口にしています。二年後、この映画は先ずイギリスで公開され絶賛を浴びました。それを受けて、Howard HughesのRKOも一般公開を決意したのだそうです。二年後、同じFarley GrangerとCathy O'Donnell主演の映画'Side Street'(Anthony Mann監督、1950、本邦未公開)が製作・公開されていますから、本作'They Live by Night'も結構ヒットしたのだと思われます。

(October 17, 2007)





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