[Poison] I Walk the Line

【Part 2】

監督John Frankenheimerは、主演男優にGene Hackman(ジーン・ハックマン)を望んだそうです。確かに、Gene Hackmanなら野方図で多少抜けている主人公にぴったりだったと思われます。配給元のコロンビア映画は「Gregory Peckにしろ」と監督に命じました。何故ならGregory Peckはコロンビア映画と契約中であり、知名度も高かったからです。しかし、Gregory Peckの演技はあまりにも真剣過ぎるので、逆に愚かさが際立ってしまいました。観客はこの人物に感情移入出来ません。後に、原作者は「Gregory Peckは適役じゃなかった。彼は自分自身を演じる以外、どの役にも適していない」と不満をぶちまけたそうです。

IMDbのGregory Peckの伝記ページによれば、彼のトレードマークは"Almost always played courageous, nobly heroic good guys who saw injustice and fought it."(彼は不正と闘う、勇敢で、気高く、英雄的な善人を演じるのが常であった)と書かれています。'Moby Dick'『白鯨』(1956)とか'The Boys from Brazil'『ブラジルから来た少年』(1978)など“善人”とは云いかねる人物も演じているので、上の定義は100%正しいわけではありませんが。

この映画のGregory Peckも密造酒作りを見逃し、(恋する女の家族のためとは云え)保安官補殺害・死体遺棄も見逃し、おまけに自分が保安官補の死体をダムに沈める役を買って出ます。選挙で選ばれた保安官にはあるまじき行為です。

アメリカという国は犯罪王国でありながら、不正を許さないことを建前にしています。悪が栄える物語は嫌われ、特に映画ではそうです。ですから、Gregory Peckが演じるこの男に明日はないのは解り切っているのです。彼が殺されずに生きながらえるのは、随分慈悲深い結末に思えます。

名匠John Frankenheimerにしては締まりのない映画ですが、Wikipedia英語版がその辺の事情を明らかにしています。John Frankenheimerは大統領候補Robert Kennedy(ロバート・ケネディ)のいい友達で、Robert Kennedyが1968年に暗殺される前夜、大統領候補を自宅に泊め、翌日暗殺現場となるホテルまで一緒の車で向かったほどでした。暗殺事件の後、John Frankenheimerは鬱病になってフランスで暮らし、ごく散発的に映画作りをしただけでした。この映画はその一本なのです。演出に熱気が感じられないのは上のような理由からのようです。

Johnny Cashの主題歌'I Walk the Line'はこの映画以前の1956年のヒット曲で、この映画のために作られたわけではありません。これにしても、他の数曲にしてもどちらかと云うとメロディアスではなく、私の耳にはお経のようにしか聞こえませんでした。Johnny Cashの歌は「君(妻)を愛しているから浮気はしない」という誓いとして作られたようですが、一般的に"I walk the line."という文句は「正道を歩む、正しいことをする」という意味です。「浮気しない」、「正しい道を歩む」のどちらを取っても、この映画の内容には皮肉にしか聞こえず、何でこんな歌を主題歌に選んだのか大いに疑問です。

(November 22, 2011)





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