[Poison] The Ladykillers
『レディ・キラーズ』

【Part 2】

先ず“大人のメルヘン”になっていません。爆破のプロが自らのドジで手の指を一本吹き飛ばしてしまうという流血がその一つ。さらに、猫がその指をくわえて川へ捨てに行くというのが、グロテスク。コーエン兄弟は'Fargo'『ファーゴ』(1996)でも、死体を農耕用ミキサーで粉砕しようとし、詰まってしまって片足がミキサーから飛び出しているというグロさを見せました。こういうのは“ブラック・ユーモア”を通り越して、陰惨です。オリジナルでは誰かが死んだりするシーンは見せません(死体も足が見えるだけ)。

メンバーが一人ずつ自滅して行くというのはオリジナルと同じですが、その死体の始末法としてオリジナルでは老婦人の家の裏から貨物列車めがけて落としていました。アメリカ版では、ミシシッピ川を下るゴミ運搬船に落とします。このゴミ運搬船、真夜中でも働いているというのが非常に奇妙。貨物列車が夜中に動くのは、同じ線路を使う旅客用列車の邪魔をしないためですが、川を下るゴミ運搬船が夜中に作業する意味がありません。これが嘘っぽい最たるもの。

[Ladykillers]

英国版オリジナルは、各メンバーが“見るからに”それらしい人物でした。すなわち、“教授”は頭が良さそうだがちと薄気味が悪い。“殺し屋”は黒ずくめの衣装で、ヴァイオリン・ケースでさえ機関銃のように抱える。“ちんぴら”は単細胞。紳士風“元大佐”は神経質で臆病。“薄のろ”は、本当に足りない感じで身体はでかいが虫も殺せない。アメリカ版のTom Hanksはどう見ても頭が切れるようには見えません。単にポーの詩だの何だのを喋り散らすだけ。'Forrest Gump'『フォレスト・ガンプ/一期一会』(1994)や'Cast Away'『キャスト・アウェイ』(2000)、'The Terminal'『ターミナル』(2004)といった朴訥な役が向いている人です。ドジなフットボール選手も無理矢理“馬鹿”を演じていて痛々しい。爆破のプロの風貌は、とてもドジな失敗をするようには見えず、これも嘘っぽい。メンバーの一人のカジノの掃除人はニューヨークの黒人のスピードで喋り、とても南部の黒人には見えません。これも嘘っぽい。この役のせいで、アメリカ版には卑語がのべつ幕無し出て来ます。非常に下品です。

最後に生き残った“教授”は、英国版オリジナルでは信号機の腕に打たれて思いがけずに貨物列車へと転落して行きます。アメリカ版では橋桁の彫像の首が折れて教授を殺します。信号機の腕は、常識的に一日に何十回と上がったり下がったりすると考えられますが、彫像の首が折れてそれが下にいる人間に当たるというのは、宝くじに当たるよりあり得ない偶然です。

老婦人の言葉に「キング牧師が亡くなってから30年」というのがあります。キング牧師が暗殺されたのは1968年で、この映画が公開される36年前です。つまり、この映画の中の人間たちは1998年を生きていることになります。1998年にTom Hanksのように奴隷制時代の荘園主の格好で表を歩いているのは、サンドイッチマンか気違いぐらいのものです。荘園主の格好の人間が黒人の老婦人に恭しい態度を取るというのも、非常にちぐはぐ。

コーエン兄弟というのは、実話でもない'Fargo'『ファーゴ』に「これは実話である」という字幕を出したような連中で、「映画なんてのはどうせ嘘ばっかしなんだ」と公言して憚らないそうです。そういう態度なら、私が上に上げたような嘘っぽい要素も、嘘っぽくて当然なのでしょう。

黒人の老婦人が毎月寄付を送っているBob Jones Universityというのは、1970年代まで黒人の入学を拒否した大学として有名だったそうです。これは皮肉で可笑しい。また、University of Mississippi「ミシシッピ大学」がHattiesburgにあるという台詞が出て来ますが、これは間違い。HattiesburgにあるのはUniversity of Southern Mississippi(USM)で、University of Mississippi(愛称Ole Miss)は州北部のOxfordという町にあります。

Tom Hanksは「影響されたくない」と、英国版オリジナルを観ないで撮影に臨んだそうです。あの“名作”を過去に観たことがないという映画人がいるなんて信じられません。しかし、コーエン兄弟からは「出来るだけ臭い芝居をしろ」と云われたんじゃないでしょうか?結構Alec Guinnessの表情に似たようなシーンがいくつかありました。

アメリカ版でがっかりしたことは沢山ありますが、最大のものはゴスペル音楽です。これまで映画に登場した教会合唱団+説教師としては、相当かったるいグループです。こんなトロい音楽で会衆が手を振ったり身体を揺らしているなんて、信じられない。

口直しに英国版を観直し(封切りから数えてもう七回目か八回目)、また堪能しました。小道具の使い方が上手い。教授の身の丈の二倍はあるような長いマフラーの使い方、老婦人の傘のあしらい。Alec Guinnessの芝居らしい芝居も楽しい。“南部もの”ではなく、“倫敦もの”の方がお薦めです。

(October 01, 2006)





Copyright (C) 2001-2011    高野英二   (Studio BE)
Address: Eiji Takano, 421 Willow Ridge Drive #26, Meridian, MS 39301, U.S.A.