[Poison]

Jezebel

『黒蘭の女』

【Part 2】

当時、まだ黄熱病は蚊が媒介するウィルスと知られていませんでした。空気感染とばかり思われていたので、人々はマスクをしたり、かがり火を焚いたり、大砲で空気を撹乱して疫病を逃れようとしていました。黄熱病が蔓延したニュー・オーリンズを隔離するように、周囲の地域はニュー・オーリンズとの往来を絶ちました。ニュー・オーリンズ側では発病した人間をライ病患者を収容していた島に流し、逆らう者は撃ち殺しました。というわけで、砲声、銃声、篝火などによって、一見『風と共に去りぬ』のアトランタの場面に似たような雰囲気が漂うのですが、これは戦争ではありません(「戦火の中」というallcinema ONLINEの解説は間違いです)。そもそも南北戦争は1961年に始まったわけですから、この物語の八年後です。蚊は湿地で大発生しますから、スワンプ(湿地)の多いニュー・オーリンズ周辺は最悪だったわけです。なお、この1853年の黄熱病では11,000人が亡くなったそうです。

私はそういう予備知識無しにこの映画を観たものですから、Henry Fondaが荘園で蚊に喰われる場面をそう重要と受け止めませんでした。「ロマンス映画で蚊を叩くなんて珍しいなあ」と思っただけでした。後になって、「そうか!」と思い当たった次第です。映画でHenry Fondaが黄熱病で倒れるのは、あたかもニュー・オーリンズに着いたその夜のように見えますが、実際には一週間ほどの潜伏期間があるそうです。

Bette Davisは登場早々に「若駒は早いうちに躾けないと駄目になる」と云います。彼女にとっては未来の夫Henry Fondaも若駒みたいなもので、自分の云いなりになるように馴らそうとしていたわけです。物語では語られていませんが、推測するに彼女は親から引き継いだ荘園(綿花プランテーション)の収入で贅沢な暮らしをしていたのでしょう。真面目に銀行家として働いているHenry Fondaが理解出来なかった。夫たるべき男は、四六時彼女をハッピーにすべく勤めなければならないと考えていたわけです。それどころか、世界は彼女のためにあるので、彼女の自由意志を阻むルールや慣習は存在しないとまで考えていました(赤いドレス)。

Henry Fondaは『風と共に去りぬ』のAshley(アシュリイ)のように正しい選択をします。自己中心主義の固まりBette Davisを捨て、東部へ去ります。Henry Fondaを夫と定めていたBette Davisは、Ashleyを恋するScarlett(スカーレット)のように、「彼はいつかは私のところへ帰って来る」と信じています。しかし、Henry Fondaは東部の洗練された女性を娶って戻って来ました。Scarlett同様、Bette Davisにとっては彼が結婚していようがいまいが関係ありません。Henry Fondaに「あなたは(南部という)この土地の一部なの。私達には(南部人としての)同じ血が流れてるの。あなたの奥さんには理解出来ない土地なのよ」と説得し、Henry Fondaを取り戻そうとします。しかし、彼の心を変えることは出来ません。

Bette DavisはHenry Fondaの妻の心も傷つけ、彼の弟を決闘に追い込んでしまうような策を弄したため、叔母は彼女を「あなたはJezebel(ジャザベル)のようだわ」と非難します。Jezebelは「イザベル」として旧約聖書の「列王紀略」に出て来るエイハブ王の妃で、策を弄して結果的に夫を死なせてしまう邪な女です。

Henry Fondaが黄熱病に罹るのはBette Davisのせいではありません。しかし、彼女は自分が"Jezebel"そのものだったことを悟り、贖罪をしようと決意します。彼女にとっては自分の命を賭けて、島流しになるHenry Fondaを看病することでした。Henry Fondaについて行こうとする妻に、「代りに行かせて。利己的でない私になれるチャンスを頂戴」と懇願します。

これでHenry Fondaの妻が承諾するのですが、ここが日本人の私には解りません。愛しあっていないのならともかく、幸せな結婚をした同士ですから、看病するのは妻の役目です(普通は)。結婚式でそういう風に誓った筈です(本気かどうかは別にして)。ま、この映画の場合、一緒に島流しにされれば、それは「死」を意味します。普通の「妻の役目」とは大分異なります。昔の日本の場合は体面という要素があって、妻の役目を果たさない女性は世間から爪弾きにされました。仕方なくついて行くということになったのではないでしょうか?(現在の日本女性が不治の病の夫に同行するかどうかは疑問です)

で、結局Bette DavisはHenry Fondaを“手に入れ”ます。ここが『風と共に去りぬ』と一寸違います。しかし、妻ある男性と心中のように島流しになって終るというアメリカ映画も珍しい。殉教者を悼むような音楽まで加わります。しかし、どう贔屓目に見てもこの結末は割り切れません。

二人が死んでしまえば、残されたHenry Fondaの妻の心理状態が気になります。奇跡的に二人が生還したら三角関係はどうなるのか?Henry Fondaだけが生還したら、自分を見捨てた妻に何と云うか?

原作戯曲の上演は極めて短期間で終ったそうですが、さもありなんという感じです。

(March 16, 2002)





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