[Poison] The Insider
『インサイダー』

【Part 2】

目隠しされた人物が、車に乗せられて中東の町をどこかへ運ばれるシーンがタイトル・バック。中東風の魅力的な音楽がかぶさります。わくわくするような導入部です。時々わけのわからない白い織物が出て来ますが、あれは目隠しされた内側から見た映像だったんですね。しかし、目のすぐ前にある物体にあそこまでピントが合うことは無い筈で、本当は真っ白でなくてはなりません。音楽は、この映画の全体にわたって素晴らしい効果を上げています。音楽が画面をなぞるのではなく、対位法的にお互いが引き立つように計算されています。

Al PacinoとRussell Croweの最初のコンタクトはFaxです。電話に出ないRussell Croweに業を煮やしてAl PacinoがFaxを送ります。Faxは否応なく届いてしまうという特性を上手く使っています。あくまで電話で話さず、Faxでライヴでやりとりするするのがユニーク。しかし、これほど電話によるやりとりを一杯登場させた映画も珍しいのではないでしょうか?リアルではありますが、電話の会話って味気ないですよね。私がカメラマンだったら、「また、電話のシーンかい?」と不平を云ったことでしょう。

'60 Minutes'のスタジオ収録でAl Pacinoはカメラの傍にいます。私はNHKのスタイルしか知らないのですが、担当ディレクターは副調整室の中心人物となるのが普通です。副調整室にはカメラの数だけのモニターがあり(実はもっと沢山ある)、そのどれを選択するか、ライヴで瞬時に“編集作業”を行ないながら、技術者であるスウィッチャーに「ハイA、つぎC用意」などと指示して行きます。他に音声、照明の責任者も調整卓に座っていて、テロップ(字幕)を準備するアシスタント・ディレクター、責任者であるプロデューサーなどもここにいます。カメラの傍にいるのはフロア・ディレクター(NHKの名称)or アシスタント・ディレクター(民放の名称)で、インカムと呼ばれるヘッドフォンで副調整室のディレクターの指示を遂行します。

この'60 Minutes'の収録のように二人の対話を撮る場合、通常三台のカメラが必要です。Aカメはインタヴュアー側(この映画の場合、右)からRussell Croweのアップを狙い、Bカメは左のRussell Croweの側から質問するインタヴュアーの顔を撮り、真ん中のCカメは座った二人の全体像を常時押さえています。切り替えは単に話している人物の顔を選択するのではなく、片方のリアクションも大切です。話の流れの先を読み、各カメラに適切な指示でスタンバイさせ、A、B、Cの切り替えで全体の変化をつけて行きます。これらは全て副調整室で出来ることであって、カメラの傍にいたのでは何も出来ません。

Al Pacinoは何故カメラの傍にいるのか。その理由を考えてみました。

(1) Al Pacinoを副調整室内のディレクターにしてしまうとRussell Croweを客観視することになり、Russell Croweとの一体感が薄れてしまう。どうしても同一スタジオに封じ込めたかった。

(2) 副調整室では大声で怒鳴っても構わないので、Al Pacinoの性格からいって黙らせるわけにはいかない。スタジオにブチ込んでしまえば、黙っているしかなく、Russell Croweの話に脚光を当てられる。

(3) Russell Croweが命懸けの談話をすることで緊張の限界にあることと、いつ臆病風に吹かれて「止めた」と云い出さないとも限らないので、顔馴染みのAl Pacinoが同じスタジオ内にいてRussell Croweを安心させたかった…という配慮を表現した。

(4) 映画関係者達はTVのしきたりを知らなかった。

多分、(1)でしょうね。Al Pacinoのモデル(実物)から詳細に話を聞いている筈なので、(4)ではないでしょう。

Russell Croweがゴルフの練習をするシーンがありますが、映画の中の会話で「ハンデは7だ」というほどRussell Croweは上手くなく、編集とカメラ・アングルで胡麻かしています。そこへいくと、彼をあからさまに尾行していて、遥か向こうで練習している男は結構上手い。しかし、背広を来たまま練習するというのは異常です。私がRussell Croweでこうもあからさまにつけ廻されたら、この男に向けてボンボンとボールを打つでしょう。人に向って打つという滅多にない経験が満喫出来ます:-)。

監督の趣味なのか撮影監督の持ち味なのか、色々映像的には問題があります。先ず、手持ちカメラを多用していること。「TVネタだし、ドキュメンタリー・タッチで…」などと考えたのでしょうが、それほど迫力があるわけでもなく、単に煩わしいだけに終っています。室内の明かり(あるいは日蔭)と外光との差が激しい場合、通常は太陽の光を減光フィルターで和らげるか、低い方の光量を上げて、なるべく差が少なくなるようにします。この映画では低い方の明かりに絞りを合わせ、太陽光に曝された顔が白く素っ飛んでもいいという方針です。これも「ドキュメンタリー・タッチ」を模した流れでしょう。実際にはTVニュースなどでは自動絞りを使うことが多く、日蔭から太陽光の下に出ても絞りは自動的に太陽光に合わされ、真っ白に飛ぶということはありません。こういうことが多くあったのは、自動絞りの無い昔のフィルム撮影の頃の話です(ヴィデオでも手動絞りなら起りますが)。

いくつかのシーンの終りで不必要なフォーカス送りをしています。例えば電話しているAl Pacinoに合っていた焦点をぼやかして、後ろの壁に合わせてからやおらフェードアウト。後ろの壁には何の意味も無いので、このフォーカス送りは馬鹿げています。こんなことを指示する監督のセンス、フォーカスを送った撮影監督のセンス、そんなカット尻を残した編集マンのセンスを疑います。

最後の字幕で「(Al Pacinoがモデルとした)Lowell Bergman(ローウェル・バーグマン)はCBSを辞めPBS (Public Broadcasting Service)に転職し、同時に大学での講座を持つに至った」という説明が出ます。Internetで、彼が当時ミシシッピ州の州司法長官だったMichael Mooreにインタヴューしている記事を見つけました。面白いので要旨を紹介します。

「Michael Mooreはロック・ピアニストになる夢を諦め、次に選んだのは法律家になることだった。検事であれ弁護士であれ、依頼人を助けることは恰好良く思えた。彼はUniversity of Mississippi(ミシシッピ大学)に入って法学を専攻した。彼の同期で優秀だった男にRichard Scruggs(リチャード・スクラッグズ)がいた。Michael Mooreが州司法長官時代のある日、やはり大学同期の男が電話して来た。彼の秘書の母親が瀕死の状態で、それは煙草のせいに違いない。何とかならないものか…という内容だった。Michael Mooreは「何とかしたい」と考えた。明らかに煙草産業は人体に害を与えている。それによる患者の救済に州予算がかなり使われていた。煙草産業を相手にすると身の危険もあるが、勝てば数千人の命が救える。自分はどうなってもいい。正しいのはこちらだ…それがMichael Mooreの闘いのスタートだった。

Michael MooreはRichard Scruggsを州サイドの一員に加えた。Scruggsは飛行機を操縦出来た(映画でもMichael MooreとBruce McGillを運んでいます)。幸運にも映画の中のRussell Croweが勤めていた煙草会社の秘密文書が入手出来、さらにRussell Croweをも証人とすることが出来た。Michael Mooreは云う:『なぜ、ミシシッピで?』とよく聞かれるが、ミシシッピにこういう条件が揃っていたからに過ぎない。

Michael Mooreはミシシッピ州だけではなく、全米的な法律的変化にしたかった。彼はフロリダ、マサチューセッツ、ヴァージニア、ルイジアナ、ワシントン各州の州司法長官に連絡を取り、各州でも煙草会社告訴の動きで足並みを揃えるよう要請した。当時のクリントン大統領が蔭ながら支援してくれ、煙草産業各社と各州司法長官の秘密の折衝も実現し、驚くべきことに煙草産業は金を出すことに応じた。1988年には22州が告訴グループに加盟した」

私見ですが「なぜ、ミシシッピで?」に関するもう一つの答えは、ミシシッピが相当貧乏な州であることです。教育に廻すお金が足りず、教師の月給も全米の最下位に近い。医療の予算も同じで、お金は喉から手が出るほど…という感じだと思います。

なお、南部と喫煙についても触れておきます。アメリカ全体の中で南部は遅れた地域ですから、まだまだ喫煙には寛容です。ホテルで"Smoking or non-smoking?"と聞かれなければ、そこは全室喫煙可です。灰皿もちゃんと全室にあり、禁煙フロアというものもありません。ただし、レストランでは必ず"Smoking or non-smoking?"と聞かれます。仕切りなどなく、区別はつかないのですが。カリフォーニアなどですと、レストランは全部禁煙で屋外のテーブルでさえ吸えません。大きな違いです。

(June 20, 2001)





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