[Poison] The Help
『ヘルプ〜心がつなぐストーリー〜』

【Part 2】

奴隷制が廃止されてもなお、南部の黒人たちは裁判所の傍聴席も映画館の座席、列車や長距離バスの座席や待合室、市内バスの乗降口と座席、屋外の水飲み場や公衆トイレも「黒人用」と指定された場所を利用するしかありませんでした。この映画には黒人の置かれた状況に同情する人々(Emma StoneやJessica Chastain)が登場しますが、K.K.K.は黒人よりもこういう黒人シンパをもっと嫌悪し、迫害・殺害しました。この物語が事実だと仮定したらEmma Stoneは殺されていたかも知れません。そういう時代も次第に過去のものとなりつつあります。公民権運動に実際に命がけで参加した人々からすれば、この映画の原作はまるでお伽噺のように見えることでしょう。

娯楽としての映画なら、辛く哀しい時代を明るく描いていけない理由はなく、この映画は娯楽的要素と多少のマジ的要素(黒人への共感・同情)をうまく綯い交ぜにした佳作と云えましょう。しかし、悪者(Bryce Dallas Howard)を極端に悪く描くというのは単純化のし過ぎのきらいがあります。1960年代の南部の白人達は男も女もおおむねBryce Dallas Howardのように黒人を蔑視していて、それは社会的通念でもあったのです。映画の中で黒人メイドが「私たちが面倒を見る白人の子供たちは可愛いし、私たちによくなつくけれど、成長するにつれ親と同じような(黒人蔑視の)大人になってしまう」と愚痴っていますが、全くその通りだったでしょう。

Bryce Dallas Howardの母親Sissy Spacekは、娘の不幸を笑ったせいでナーシング・ホームに入れられてしまい、そのせいで娘を恨んでいます。しかし、アメリカのナーシング・ホームは(私の知る限り)日本の老人ホームとは大違いで、それほどひどくはありません。個室が原則であり、明るく清潔で、色んな催し物もあり、マイクロバスで買い物にも行け、結構快適な生活が出来ます。台所が小さいとか訪問者がないと寂しいというぐらいがマイナス要素でしょうか。

この映画が封切られた直後の2011年8月17日の新聞に、この映画に関する裁判沙汰のニュースが掲載されました。この映画の原作小説の登場人物として無断でモデルにされたので、$75,000の賠償金を払えと、ある黒人女性が原作者を訴えたのです。彼女の名はAbilene Cooper(エイビリーン・クーパー)で、小説および映画の黒人メイドはAibileen Clark(アイビリーン・クラーク)。よく似ています。訴え出た女性は小説および映画の人物同様、息子を失っていました。彼女は原作を書いた女性の弟の家の二人の子守りと女中を勤めました。

この記事が印刷された前日、判事はこの告訴を棄却しました。理由は、小説家が件の女性に本を贈呈した後一年経過していたから…です。つまり、黒人女性が本を読んですぐ(一年以内に)行動すれば裁判になったのですが、一年間放置してしまったので訴えは無効となったのです。事実を知った後、一年以内に告訴すべしという法律があるようです。

心温まる物語なのに、裁判沙汰になるというのは非常に残念です。作家も、登場人物に実在の人物そっくりの境遇を与えたり、かなり似通った名前をつけるなど、不注意極まりない書き方をしたとしか云い様がありません。モデルにされた方が一年も沈黙していたのも落ち度です。双方に不注意があったわけです。

邦題『ヘルプ〜心がつなぐストーリー〜』はひどいですね。意味が分からない。『きみに読む物語』、『しあわせの隠れ場所』などと共に「ワースト邦題賞」を進呈したいです。

(February 26, 2012)


【Part 3】

Sissy Spacekの回想録'My Extraordinary Ordinary Life' (Hyperion, 2012)を読み、この映画に関する興味深い逸話を知ることが出来ました。

「監督Tate Taylorが脚本を送って来た時、私(Sissy Spacek)は、この役にとっての印象的な場面があるかどうか探しながらページをめくった。私にオファーされている役はほんの少しの台詞しかなかった。原作を読んでみると、本ではもっと役割が小さかった。しかし、私は公民権運動のこの時代に惹かれていたので、監督と会って話した。
「Tate、この脚本は好きよ。でも、この人物像を描けるだけの出番がないわ」と私。
「心配しないで。アドリブでやって下さい」と彼。
そうのたまう監督は多いのだが、それは口先だけで実際には自由にやらせてくれないのが普通である。Tate Taylorは例外だった。私は父の姉妹で、突飛で派手な叔母たちの記憶から役を創造した。真っ赤な口紅、猫目風の眼鏡、そして常に手元にあるカクテル。私は自分の出番になると臆面もなく他の俳優たちから観客の目を奪ってしまったかも知れないが、それを寸毫も悔いてはいない」

(December 17, 2012)





Copyright (C) 2001-2013    高野英二   (Studio BE)
Address: Eiji Takano, 421 Willow Ridge Drive #26, Meridian, MS 39301, U.S.A.