[Poison]

Gone With the Wind

『風と共に去りぬ』

【Part 2】

いつかは忘れましたが、ちゃんとこの映画を前に観てるんです。しかし、どういう筋だったか殆ど忘れていました。一つには、この映画は私の好みじゃないのです。先ず、主人公のScarlettが嫌いです。生意気で我が侭で、人を騙し、自分も騙し、金のことだけ考えていて、いいところが一つもありません。大体、この女性は文句ばかり云っていて、誰かに感謝した試しがありません。三回も結婚していますが、全部自分勝手な理由で踏み切っており、一度も相手を幸福にしていません。

Rhett Butlerも年を食い過ぎていて、足ながおじさんみたいです。よく分らないながら金だけはあるみたいで、今でいうプレイボーイのように振舞っています。女性経験豊かな感じでいつも余裕たっぷりニタニタしていますが、それならこんな悪女に惚れても仕方がないことが分りそうなものなのに、何年も忠犬ハチ公のように待っています。「おれたちは似た者同士なんだ」とか云いますが、プラスとプラスはいい組み合わせではないんだよ、Butler君。

Melanieを選んだAshleyは人を見る目があります。いくら恋い焦がれてくれてもScarlettはいい妻、いい母にはなり得ません。

戦場に戻る前にAshleyが、「留守中Melanieのことを頼む」と云い置いて行きます。ScarlettはMelanieが嫌いだし、Ashleyを奪った憎い相手なのですが、恋するAshleyの頼みなのでMelanieと赤ん坊の面倒を見ます。Melanieが死ぬ時、今度はMelanieから「Ashleyのことをお願い」と頼まれます。結局、いつの場合も二人の面倒を見るだけの貧乏くじを引くわけですが、これは身から出た錆でしょうなあ。

なぜこんな勝手な女と馬鹿な男(Rhett Butler)の話がウケるのでしょうか。うちのカミさんに「もし、なれるならScarlettとMelanie、どっちになりたい?」と聞きました。「Scarlett」という答えでした。「我が侭一杯に暮したい」と云うのです。「いまでも十分我が侭じゃない」と云ったら、家中追い回されました。

Melanieは素晴らしい女性ですが、でもマザー・テレサみたいで、一寸浮き世離れしていますね。

召使いの黒人女性はいいことを云いますが、奴隷の身で当時ここまでズケズケものが云えたのでしょうか?

なお、この南北戦争では北軍の死者総数36.4万人、南軍の死者総数13.4万人、他に捕虜として死亡した南軍兵士3万人を含め、計53万人が死亡しました。これは、第一次大戦、第二次大戦で死亡したアメリカ兵士の合計総数に匹敵します。“内乱”としては未曾有の犠牲を出したことになります。

(March 9, 2001)


【Part 3】

この映画のボーナスDVDをレンタルしました。これのメインはTurner EntertainmentとSelznick Properties Ltd.が提携して製作した'The Making of a Legend: Gone With the Wind'という長編ドキュメンタリーです。実はこれ、CATVのTurner Classic Movies(TCM)が放送したのを前に観たことがあり、「なあんだ」とがっかりしました。しかし、このサイトでお伝えしていなかった逸話をいくつか思い出すことが出来ました。

この'Gone With the Wind'(以下GWTWと略)は善かれ悪しかれ製作者David O. Selznickの映画ということが出来ます。彼はこの原作の映画化権を入手しますが、映画化までに二年かかりました(撮影開始までには三年)。Rhett Butler(レット・バトラー)には当時の映画界ではClark Gable(クラーク・ゲイブル)が適役だったので、MGMと交渉し、彼を借り出すことに成功しました。MGMは「映画化権を買い取ろうじゃないか」と申し出ましたが、David O. Selznickは断りました。その決断が彼の名を永久に映画史に残す契機となりました。

Clark Gableは撮影所間の取り引きによってこの映画に出演することになったのですが、実は彼は出たくなかったそうです。なぜなら「この原作は大ベストセラーで、誰もがこの本を読んで既にイメージを抱いている。読者たちは登場人物について知り過ぎており、それを映画に期待している。それが、私がこの映画に出たくない理由だ」と述べました。

誰がScarlettを演じるかは大変な騒ぎでした。何人もの大女優がオーディションにやって来て、台詞テストやスクリーン・テストを受けました。結局、英国女優Vivien Leigh(ヴィヴィアン・リィ)に決まった時、ある女性映画ライターは「アメリカ女性を馬鹿にしている。アメリカ女性はこの映画を観に行かないだろう」とヴォイコットを示唆しました。南部人たちの反応は「(英国人なら)ヤンキー(北部人)よりはマシだ」というものだったそうです。南北戦争はまだ後を引いていたみたいです:-)。

Vivien Leighは原作を読んで「是非Scarlettを演じたい」と願っていましたが、David O. Selznickの眼鏡にかなって見事Scarlett役を射止めました。ちなみに、Vivien LeighのエージェントはやはりエージェントであるDavid O. Selznickの弟の、英国サイドのパートナーでした。Vivien Leighが単にラッキーだったというわけではないようです。

David O. Selznickの秘書や映画スタッフの証言によって、彼の黒澤顔負けの完璧主義者振りが分ります。彼は毎日のように脚本を自ら書き直し、撮影に口を出し、衣装やセットにまで口うるさく注文をつけたそうです。監督や俳優と激論もしょっちゅうでした。毎日、ラッシュも欠かさず見ていて、彼は撮影最初のシーンだけで数回も撮り直しを命じました。別の日にですよ、同じ日ではなく。男優の髪の色が赤過ぎるとか、Scarlettの衣装が気に入らないとかいう細かい理由でした。ある衣装係の回想。David O. Selznickは南部女性の衣装を昔のまま忠実に再現することを要求した。昔通りの下着から何から。衣装係の女性が「でも、Mr. Selznick、ペチコートは画面では見えませんよ」と云うと、「見えなくたって、あなたは服の下に何があるか知ってるじゃないか」と答えたそうです。彼の完璧主義者振りが分ります。彼のせいで撮影開始から二ヶ月経っても、まだ映画の10分にあたる量も撮れていないという始末でした。

Vivien Leighは遅々として進まぬ撮影に苛立ちました。夫Lawrence Olivier(ローレンス・オリヴィエ)との別離に耐えられなかったのです。で、監督に「もう1シーン撮りましょう」、「まだ2シーン撮れるわ」と毎日のようにせがみ、一日も早く撮影を終えたいという意欲を隠しませんでした。

当時は人種問題が表面化し始めた時代で、黒人対象のメディアがこの映画の奴隷の扱いについて撮影中から抗議のキャンペーンを展開していました。David O. Selznickは脚本の中の"nigger"(黒ん坊)という言葉を全て抹消し、K.K.K.に関する挿話もそれと分らぬようにぼやかしました。映画の後半、Leslie Howard(レスリー・ハワード)演ずるAshley(アシュリイ)が“政治的会合”に出るところがありますが、本当はK.K.K.なのに曖昧に表現されています。

Part 1で触れた、アトランタ駅前で医師を探すScarlettが傷病兵の群れの中を歩き廻るシーン。製作者はこのシーンのために数千名のエキストラを俳優組合に発注しましたが、たった4〜500名しか調達出来ませんでした。そこで、不足分はダミー(人形)を沢山横たえ、その隣りに寝ているエキストラが人形の手を動かして生きている人間に見せかけたそうです。CGでチョイチョイといくらでも群衆が作れる現在とは大違いです。なお、ここで用いられたクレーンは現在見られるような撮影用クレーンではなく、港やビル建設現場で使われる巨大クレーンにカメラ台をぶら下げた間に合わせのものでした。

プロダクション・デザイナーWilliam Cameron Menzies(ウィリアム・キャメロン・メンズィース)は、「色彩による劇的ムード」を讃えられて特別賞(Honorary Award)を受賞していますが、実は彼は絵コンテも描いているのです。このボーナスDVDでそのいくつかが見られます。最終映像はそれらにそっくりですから、監督や撮影監督は絵コンテに忠実に構図を決めたようです。これは現在のアメリカの大作映画の方式と全く変わりません。つまり、William Cameron Menziesは色彩だけを讃えられるべき存在ではなく、もっと広範囲な貢献をこの映画にしていたわけです。もちろん、絵コンテがあったとしても、それを映像化するにはレンズ選びやフォーカス、照明の工夫など撮影のプロの経験と手腕、演出の技量とセンスなどが必要なのですが、こと構図や色彩については監督や撮影監督以前にディテールが決まってしまっていたと云っていいようです。構図に関する監督とカメラマンの即興的アイデア、判断・決断などが画面に反映するという撮影現場の雰囲気は、この頃から古き良き過去のものとなり始めていたと云えましょう。

この映画のプレミア・ショーはアトランタで行なわれ、David O. Selznickをはじめ、Vivien Leigh、Olivia De Havilland(オリヴィア・デ・ハヴィランド)、Clark Gableらが特別機で到着、紙吹雪舞散る目抜き通りをオープンカーでパレードしました。マスコミ嫌いの原作者Margaret Mitchel(マーガレット・ミッチェル)も群衆の前でスピーチしました。彼女は映画を観終えたインタヴューで「ハンケチで涙を拭ったのは私一人ではないと思う。全ての俳優は適役だった」と語りました。

黒人奴隷の召使い女を演じたHattie McDaniel(ハティ・マクダニエル)は、人種差別の色濃いアトランタのプレミア・ショーで黒人席にしか座れないことを知り、欠席を決意しました。それに激怒したClark Gableはプレミア・ショー主催者に「おれも出ない」と脅したそうですが、Hattie McDanielに説得されて翻意したそうです。製作者David O. Selznickも困惑し、アトランタ市や劇場に掛け合い始めましたが、Hattie McDanielから「あたしは事情により欠席するだけ。だから騒がないで」と宥められたとか。こういう事情を勘案すると、彼女のアカデミー助演賞獲得は実に喜ばしい結果だったと云えます。

今回、ボーナスDVDだけでなく本編の映画もDVDで観直しました。内容的には私の七年前の感想に付け足すことはありませんが、修復された色彩と鮮明度には驚嘆させられました。ボーナスDVDにも修復の苦労話が出て来ますが、出来映えは映画館のスクリーンで観るより綺麗なのではないかと思われるほどです。ヴィデオやTVでしか観たことがない方は、是非DVDで観直すことを考えるべきです。長い映画なので一大決心でしょうが、その甲斐はあると断言します。

(January 31, 2008)





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