【Part 2】

これは実話なんだそうです。北軍のスパイが南軍の奥深くに潜入し、列車を奪って北方へ逃げ帰ろうとしたが、途中で捕まり全員処刑されたというのが本当の話。Buster Keatonはコメディという見地から南北をひっくり返して南軍側から見た話とし、さらに主役を兵士ではなく機関士に変更しています。

Buster Keaton演ずる機関士の名はJohnnie Gray（ジョニィ・グレイ）。"Blue and Gray"という言葉を御存知ですか？南北両軍の制服の色は、北軍は青、南軍は灰色でした。"Blue and Gray"と並んだ時は「南北戦争」を指します。ここでJohnnie Grayという名は南軍を象徴しているわけです。

恋人の名前Annabelle Lee（アナベル・リー）はEdgar Allen Poe（エドガー・アラン・ポー）の有名な詩'Annabel Lee'からのイタダキですが、スペルが一寸違います。何故、ここでAllen Poeかという由来は分りません。

ジョージア州からテネシー州に伸びる鉄道の物語とはいえ、この付近には南北戦争時代のナロー・ゲージ（狭軌）の線路はこの時既に存在せず、やむを得ずオレゴン州で撮影したとのこと。

蒸気機関車の前部にスカートを広げたような傾斜した部分があります。Buster Keatonが枕木を抱えてへたり込んだり、北軍兵士が数人で座ったりしていました。これは"cowcatcher"と呼ばれるもので、日本語では「（機関車前部の）排障器」。線路で寝込んでいる牛などを脇へどかせる（あるいはハネ飛ばす！）ための装置です。

私はマルクス兄弟の破天荒なギャグも好きなのですが、彼等は時々子供向けみたいに他愛ないおふざけを長々と繰り広げ、げんなりさせられることがあります。一篇の映画の中のギャグが玉石混淆なのです。マルクス兄弟の"Go West"『マルクスの二挺拳銃』(1940)にも蒸気機関車を使った傑作のヤマ場があります。燃料（薪）が足りなくなり、客車の壁を全部壊してしまい、乗客は走る列車の上で吹きさらしの中に立っている…というのが凄い。しかし、この列車シーンに辿り着くまでが長い。

そこへ行くとBuster Keatonの映画は退屈するということがありません。手を抜かず、綿密に計算されたギャグの洪水と云っていいでしょう。

この映画の数あるギャグの中からお気に入りを選ぶのは難しいのですが、私は細かいギャグのいくつかがとりわけ好きです。Buster Keatonが恋人に「薪をくべろ」と云うと、娘は楊枝みたいな小さな木をくべます。その後、彼女は大きな木でないといけないと理解しますが、虫が食って穴が開いた木は「これは良くないわ」と外へ捨ててしまいます（燃しちゃうんだから、穴があってもいいの！）。彼女は追われている最中なのに、機関室を箒で掃いたりします。

敵本陣に忍び行ったBuster Keatonがテーブルの下に隠れます。将軍たちが作戦会議を始め、一人が葉巻でテーブル・クロス越しにBuster Keatonを火傷させます。その後、捕虜になった恋人が連れて来られた時、Buster Keatonは焼けたテーブル・クロスの穴から彼女を確認します。一つのギャグが二重の役割を果たしているわけです。

線路に枕木が横たわっていて、もう取り除く時間の余裕は無い！という時に、Buster Keatonは抱えていた枕木を放って線路の上の枕木を弾き飛ばします。こんなアイデアを考えるのも凄いですが、よくまあうまく行ったものです。練習の賜物なのでしょうか？

こうやって思い出しながら書いていると、また観たくなってしまいます。

こんな面白い映画なのに、公開当時アメリカではあまり受けませんでした。アメリカ人は滑ったり転んだり、役者の馬鹿げた行動を見て笑い転げるのが好きなようで、この映画のように気が利いたことをする主人公は気に入らなかったらしいのです。「物語の最初はいい」という反響があったそうですが、それは恋人からキスされたBuster Keatonが転ぶからだと云うんですから呆れます。大金を賭けたこの映画が受けなかったことにより、Buster Keatonは自分のプロダクションを解体し、MGMと契約することになりました。世はトーキー時代となり、Buster Keatonも台詞を喋るようになりますが、往年の覇気は失われて行きます。そういう意味では、この映画はサイレント喜劇にとっても、Buster Keatonにとっても、最後の金字塔だったと云えましょう。

(January 23, 2002)