【Part 2】
開巻早々に朝食シーンが出て来ますが、Bette Davisは召使いに「Grits(グリッツ)が冷めてるわ。戻して頂戴」と云います。グリッツは南部で愛好されている食べ物の一つで、碾(ひ)き割りトウモロコシのことです。牛乳に溶いて煮て、上にバターを落とすのが一般的食べ方ですが、食料品店へ行くと様々なものを混ぜたインスタント・グリッツが販売されています。確かに、冷めると美味しくありません。
夕食の献立であるgumbo(ガンボ)は正確には「ガンボ・スープ」で、これも南部の代表的料理の一つ。"gumbo"とはオクラのことなので、オクラはどのガンボにも入りますが、主な材料によってシーフード・ガンボ、チキン・ガンボなど色々に別れます。映画では蟹を入れていますが、crawfish(ザリガニ)を入れるのが一般的。ザリガニはクセがあるので、北部の人をもてなすために蟹にしたということかも知れません。エビ、イカ、帆立などに野菜とハーブを加えてスープで煮込み、御飯にかけて食べます。「スープ」とは云うものの、御飯にかけて食べる点ではクリオールやエテュフェ(いずれも煮込み料理)に似ています。私の好物はシュリンプ・エテュフェです。
原作(戯曲)もこの映画の脚本もLillian Hellman(リリアン・ヘルマン)が書いています。戯曲と映画で異なるのは、新聞編集者Richard Carlsonの役で、これは戯曲にはなく、映画で初めて付け加えられた人物だそうです。映画会社が「醜い人間ばかり出て来る映画なので、清涼剤として淡いロマンスの要素を加えたい」と考えたのでしょう。
ブロードウェイでヒットした戯曲だけに、名場面と云える部分がいくつもあります。
屋外の椅子でHerbert Marshallが休息していると、ピアノを弾いていたPatricia Collingeが加わり、crab apple(小型の野生りんご)を摘んでいたTeresa WrightとRichard Carlsonも加わります。Patricia Collingeはelderberry wine(ニワトコの実で作ったワイン)を飲みながら身の上話をします。彼女が綿プランテーションの娘だった当時優しくしてくれた夫と結婚したが、それは夫の兄が綿農園を欲しがったため弟が協力しただけだったこと(夫が今では暴君であることは周知の事実)。自分の子供ながらDan Duryea演ずる息子が嫌いであること。そういった哀しい話を、笑いながら話すPatricia Collinge。彼女もこの映画でアカデミー助演女優賞候補になったほどですから、堂に入った演技です。また、このシーンの多くはHerbert Marshall越しに撮られ、彼が自分の不幸な結婚をPatricia Collingeの不幸とオーヴァラップさせて聞いていることが分ります。
その翌日、Herbert Marshallは自分の銀行の貸し金庫の遺言状をチェックしに行きます。現金出納係として窓口で欠伸を漏らしていた甥のDan Duryeaはびっくり仰天。何しろ、Herbert Marshallが金庫を見に来るのは半年に一回と思い込んでいたため、ユニオン・パシフィック鉄道の債券を一時的に(無断で)借り出した直後でした。もう仕事どころではなく、彼はマネジャーの部屋で金庫を点検している叔父のところへ行き、彼の気をそらすべく出任せを喋ります。彼は金庫がマネジャーの手に戻されたところで安心して退出します。どうなることかと見守っていた観客は、Herbert Marshallが無くなった債券に気づかないのでがっかり。しかし、去ろうとするマネジャーをHerbert Marshallが呼び止め、「保険証書も確認しよう」と云い、再度金庫の中を改めます。ここは観客の心理をうまく操るいいシーンです。
Herbert Marshallは妻の兄弟たちが甥Dan Duryeaに債券を盗み出させ、紡績工場の資金の一部に充当させたことを察知します。彼は妻Bette Davisに、紛失した債券の額が、彼に期待されていた資本金の額とぴたりと符合する事実を見せ、自分の推理を話します。そして、その額を妻への遺産とし、残り全ては娘に与えると宣言します。Bette Davisは憤激し、彼との結婚が金目当てであったことを暴露します。Herbert Marshallは俄に心臓の発作に見舞われ、救急薬を服もうとしますが手が震えて床にこぼしてしまいます。彼はBette Davisに「二階の薬を取って来てくれ」と頼みますが、彼女は身動きもしません。夫を見殺しにしようという、冷酷非情な女。Herbert Marshallはよろめきながら階段に行き、這うようにして二階へ向いますが、途中で身動き出来なくなります。このシーンもBette Davis越しに背後の夫の動きが写されています。身の毛もよだつという言葉がぴったりの、恐ろしい場面です。
映画全体の中で娘Teresa Wrightの成長が描き出されるのも素晴らしい点です。彼女は専制君主のような母Bette Davisに何につけ"Yes, mama." "yes, mama."と従順で、しかも世間知らずの“ねんね”だったのですが、新聞編集者Richard Carlsonの煽動もあって、徐々に自分の意志をはっきり示すようになります。父の“看護婦”を自任してからは、彼のために周囲に立ち向かいます。最後に、愛する父に向って「早く死ね!」と云い放った母に愛想を尽かし、家を出てRichard Carlsonとどこかへ消えて行きます。二時間の間に、このような人間の変化を説得力を持って描き切るのは至難の業で、滅多にお目にかかれるものではありません。
脚本もさることながら、監督William Wylerの演出も見事です。Bette Davisが唯一信頼出来た監督は彼で、二人は長く恋人同士でもあったそうです。William Wylerが妻子を捨てなかったので、結婚は出来ませんでしたが。
Teresa Wrightはこの映画を含む連続三本の映画でアカデミー賞候補になり(二本目は主演女優賞候補)、三本目で遂に助演女優賞を獲得しました。
Dan Duryeaはデビュー作のこの映画の演技があまりに素晴らしかったため、生涯西部劇やギャングもので卑劣な裏切り者の役ばかり演じることになりました:-)。
この戯曲と映画の好評により、作家Lillian Hellmanはこの物語の前史(プリクェル)である戯曲'Another Part of the Forest' (1948)を書きました。
(July 04, 2007)