[Poison] Cape Fear (1991)
『ケープ・フィアー』

【Part 2】

この映画の序盤で妙な趣向が見られます。俳優が歩いて来てレンズを塞ぐようにして画面がフェードアウトするテクニック。このテクニックそのものは別に珍しくありませんが、この映画では立て続けに行なわれます。1) 刑務所を出所したRobert De Niro、2) そのすぐ後でNick Nolteの家政婦、3) そのすぐ後でNick Nolteの娘Juliette Lewis。最初のRobert De Niroはまあ主人公の一人ですから、印象づける意味でいいでしょう。しかし、家政婦を印象づける意味は全くありません。娘も似たようなものです。このテクニックがこの映画でバンバン使われるなら、一つのスタイル(文体)として認められなくもありませんが、上記三つが終るともう出て来ません。一体、何だったんだ?と思わされます。映画全体とは何の関係もなく、序盤で使われるだけなのです。只の気まぐれにしか思えないのが不満です。

Nick Nolteの家で私立探偵Joe Don Bakerがピストル片手に待ち受けるシーンは中々スリリングです。Joe Don Bakerは老けていますがタフガイっぽいし、眠りこけたりせずいかにも頼りになりそうな感じ。ところが、あっけなく殺されてしまいます。何故かというと、Robert De Niroが家政婦に変装して台所の流しに立っているのを変装と見抜けずに油断したからです。格闘もせずJoe Don Bakerが死んでしまうのは拍子抜けも甚だしいのですが、Robert De Niroの変装も問題です。彼はどこで、いつ鬘(かつら)を仕入れたのか?このシーンで、彼はNick Nolteはもちろん私立探偵の存在も予期しておらず、簡単に女だけの家に押し入ることが出来ると思ってやって来た筈です。鬘を用意する必要などなかった。侵入してから鬘を探し出した?いや、妻Jessica Langeの部屋は二階で、彼女は二階にいたわけですから、鬘を盗める筈はありません。(15歳の娘は鬘など持っていないでしょう)家政婦が鬘をかぶっていたのなら、家政婦を殺した後それをかぶるというのが最もあり得る線ですが、彼女が鬘をかぶっていたという伏線は示されていません。Robert De Niroの女装は滑稽だし、何やらクルーゾー警部の真似みたいで、ここだけ浮いています。この映画の傷と云っていいと思います。

家政婦と探偵を殺された後、一家はCape Fear(恐怖岬)に注ぐ川に繋留してある「ハウスボート」(浮かぶ別荘みたいなもの)に逃げ出します。そこならRobert De Niroも見つけられまいと思うわけですが、実は彼は自動車の車体の下に身をくくりつけて、一家と共にCape Fearに来てしまいます。Robert De Niroが身体を鍛錬している姿は見せられていますから、彼がタフであることは分ります。しかし、大型トラックでもないので車体の下に余裕はさほどありません。凸凹道だったり、道に何か落ちていれば頭をゴーン!と打って死んでしまうのがオチでしょう。よくまあ御無事で…と思ってしまいます:-)。

この映画にはあまり南部らしい風物は登場しませんが、娘Juliette Lewisを形容する言葉として「Palmetto Bug(パルメット・バグ)も殺せない(大人しい娘)」という台詞が出て来ます。"Palmetto Bug"とは何かと思ったら、ゴキブリのことだそうです。ゴキブリはアフリカ原産だそうで、船荷に紛れて南部の港に“密入国”してはびこり出したので、南部ではゴキブリを"Palmetto Bug"と云うのだそうです(一般的にはcockroach、あるいはroach)。"Palmetto"そのものは、シュロ状の葉を持つ「パルメット椰子」を指します。

そのJuliette Lewisは犯されそうになる前にRobert De Niroに一矢報います。彼が葉巻に火をつけた時に、ライター・オイルのチューブを彼めがけて絞り出すのです。ライター・オイルはBBQ(バーベキュー)の炭に火をつけるのに必要なので戸棚にあったのでしょう。ただし、ライター・オイルは瓶や缶に入っているのが普通で、チューブというのは見たことがありません。それから、ライター・オイルでRobert De Niroの顔面が燃え上がるのなら、チューブを持っているJuliette Lewisの両手も燃えなければならないような気がしますが、どうでしょうか?

旧作の山場は、男二人の夜間の水辺での格闘だけでした。リメイクではRobert De Niroがハウスボートに侵入して来てからが、かなり長い。それも手を変え品を変えて厭きさせません。この部分は圧倒的にリメイクの勝ちです。

Robert De NiroがJuliette Lewisの学校に現われるシーンは、脚本では旧作同様校内での追いかけっこだったそうですが、監督Martin Scorseseは二人にアドリブによる動かない芝居を命じたと伝えられています。推測ですが、アドリブとは云っても書かれた台詞がなかっただけで、俳優たちは二人だけで(Robert De Niro主導で)何度も稽古したのだと思います。いきなり生本番で高価なフィルムをガラガラ廻すなんてことはしなかったでしょう。Robert De Niroは教師を装っているとは云え、いつものギンギンの衣装ではなく落ち着いたスタイル、しかもやたらインテリぶった台詞がこの役に不似合いですが、Juliette Lewisは非常にうまく演じています。処女のはにかみと、異性・セックスへの興味を綯い交ぜにした表情・仕草が素晴らしい。Martin Scorseseはこのシーンの撮影を一発OKにしたと伝えられています。このシーンはカメラ一台による定点からの撮影ではなく、向かい合う二人の正面からのショットが何度も切り替えられています。「一発OK」が本当ならカメラを複数用意したことになります(フィルム代も二倍)。もし、カットを分けて撮ったのなら「アドリブ」とは云えなくなります。この場面の最後でRobert De Niroは“15歳”のJuliette Lewisにねちっこいキスをし、彼女もそれに応えるのですが、処女が正体不明の男にここまで大胆に許すものでしょうか?ここまで進んでしまえば、Robert De Niroが彼女をレイプしそうなものですが、彼はキスだけで去って行きます。何故か?ここでレイプしちゃうと、クライマックスで彼女を犯すという脅しが効かなくなってしまうからです。私はキスすらも行き過ぎだったと思います。Robert De Niroが紳士的にすたすたと去るのも似つかわしくありません。私なら、Robert De Niroがキスしようとした瞬間に警備員か教師を登場させ、「誰だ、舞台に電気をつけたのは?」とか怒鳴らせ、それを切っ掛けにJuliette Lewisは出口に逃げ、Robert De Niroは楽屋方向に逃げるという風にしたでしょう。この方が自然です。

(September 06, 2007)





Copyright © 2001-2011    高野英二   (Studio BE)
Address: Eiji Takano, 421 Willow Ridge Drive #26, Meridian, MS 39301, U.S.A.