【Part 2】

この映画は“南部もの”という香りがしません。実家周辺のシーンはウェスト・ヴァージニア州で撮影され、いくつかのシーンはテネシー州Nashvilleでも撮影されているそうですが（公会堂内部とか）、ほとんどはカリフォーニア州で撮影されているのです。メイジャー映画会社の作品ではないので予算をケチったのでしょう。Patsy ClineがGrand Ol' Opryの常連シンガーになってからは、住居をNashvilleに移したはずなのに、画面上ではどうもそうは見えません。やはり現地主義で撮影してくれないと土地の匂いが漂って来ませんね。

'Coal Miner's Daughter'『歌え！ロレッタ愛のために』（1980）もそうでしたが、一旦成功してしまうと、残るのは夫婦の問題というごく小さな世界の物語になってしまいます。日本映画だと、芸道の悩みとその克服、開眼というような発展がありそうな気がしますが、アメリカ映画にはそういうものは少ないようです。日本人は“道を究める”のが好きで、そのためには家庭（夫や妻、子供）をおろそかにすることも希ではありません。そのため、芸と家庭生活の両立が難問になったりします。アメリカ人の多くは家庭を無視せず、両立させようと努力し、家庭生活を犠牲にしてまでショー・ビジネスに没頭しないようです。そこが日本人には物足りないとも云えます。

'Coal Miner's Daughter'『歌え！ロレッタ愛のために』の主人公の夫は、無名の妻を売り出すための努力をし、見事に成功させます。妻が大スターになる端緒を作ったわけです。そこへ行くと、こちらのCharlie Dickは何の助けにもなっていません。女遊びはする、妻を引っ叩く…で、悩みの種でしかありません。ま、どちらの映画の男も、出だしは熱烈に主人公を愛して好感が持てるのですが、後味が悪いことでは共通しています。

何のためにこんな映画を企画したのか？という疑問が湧きます。この映画の17年前の'Coal Miner's Daughter'『歌え！ロレッタ愛のために』が成功したので、二匹目のどぜうを狙ったということでしょうか。こちらは飛行機事故で主人公が亡くなってしまうので、もっと劇的でいいという狙いだったのでしょうか？しかし、私に云わせれば“犬も食わない夫婦喧嘩”を長々と見せられてうんざりしました。Patsy Clineが歌う場面はどれもいいし、歌も魅力的ですが、歌うシーンとドラマが交錯せず、継ぎはぎされているだけ。これは脚本の責任でしょう。「実話に忠実に描いたからだ」という弁解が用意されているかも知れませんが、誰も知らない夫婦喧嘩の詳細や、飛行機事故直前の操縦席の状態などは紛れもなく創作であって実話の範疇を逸脱しています。

http://en.wikipedia.org/wiki/Patsy_Clineを読むと、Patsy Clineに関する興味深い逸話が満載です。彼女の大ヒットとなった'Walkin' After Midnight'や'Crazy'を、最初彼女は嫌っていたそうです。特に'Crazy'は歌いにくく、レコーディングも難航したとか。また、彼女は仲間の歌手の面倒を良く見るタイプで、食料品を分け合ったり、家賃が払えず困っている歌手にはお金を出したりもしたそうです。こういう人間味のある逸話がこの映画に出て来れば、随分印象が違ったことでしょうに。夫婦喧嘩なんかより、そういうストーリィに時間をかけてほしかったと思います。

とはいえ、この映画はヒットし、故Patsy Clineの人気がリヴァイヴァルしてレコードの売り上げも伸びました。しかし、Patsy Clineの母親は映画を一度観ただけで、二度と観ようとしなかったそうです。夫のCharlie Dickは、「いい映画だ。あんたがフィクションを観たければな…」と云ったとか。なかなか洒落た抗議の仕方です。

なお、飛行機事故に遭う少し前、Patsy Clineは自分の死を予感するような言葉を友人たちに漏らし、自分の愛用品を友人・知人に配ったり、親友に「私に何かあったら、子供たちの面倒見てね」と頼んだりし始めたそうです。最後のアルバム（'Sweet Dreams'を含む）を録音した時、彼女は情緒的にとても脆（もろ）く、いくつかの曲は泣きながら歌いました。その場で彼女の最初のアルバムと最新のアルバムを手に、彼女は"Well, here it is... the first and the last."（ほら、見て。最初と最後よ）と云ったそうです。

(March 20, 2008)