[Poison] Deja Vu
『デジャヴ』

【Part 2】

スパイ衛星四つの映像を合成して、視点を変えられる映像を構築するという技術が可能だとしましょう(それがHDTV並の解像力かどうかは別として)。この映画の中でも言及されていますが、衛星が捉えられる範囲はそう広くないことになっています。そりゃそうでしょう。地球のあらゆる部分を衛星が捉えるとなると、衛星の数は天文学的数字となり、われわれは太陽の光が拝めないほどの数の衛星に取り囲まれなくてはなりません。

スパイ衛星の主なターゲットは軍事上、あるいは外交上監視したい国の基地や施設の筈です。限りある衛星ですから、国防総省とかCIAなどが日時を指定して奪い合うように利用しているのだと推察します。彼らの関心は北朝鮮・キューバなどの共産圏や中東諸国でしょう。国内の、しかもマルディグラの馬鹿騒ぎの翌朝のニューオーリンズなどを偵察する意味は全くありません。四つのスパイ衛星が、ニューオーリンズのフェリー乗り場やフレンチクォーター(Paula Pattonのアパート)を同時に撮影していたというのは驚きです。

スパイ衛星の映像がFBI捜査本部の特殊捜査部門のコンピュータに繋がっているのは間違いありません。しかしそれは双方向というわけではなく、単にデータをダウンロードする一方的繋がり方の筈です。われわれがどこかのウェブサイトを閲覧するとか、XXX画像を入手するとか:-)、ソフトのアップデーターをダウンロードするのと何ら変わりありません。FBI捜査本部のコンピュータ・データが衛星にアップされる回線はない筈です。捜査のデータ集めの装置にそんな機能は予定されていないからです。ところが、何故かFBI捜査本部のモニタにレーザー・ポインタを向けると4.5日前のターゲット(Paula Patton)が反応するという不思議。

次の不思議は、過去のDenzel Washington自身に「フェリー爆破」警告のメッセージを送ろうという試みです。物語はじわじわと過去を改変する作業を描き始めます。SFには「タイム・パラドックス」という定義があります。タイム・マシンその他で過去にタイム・トラヴェルしたとしても、現在に至る過去の出来事を改変すると「現在」そのものの存立が危うくなります。例えば、過去に旅して自分の誕生以前の両親を抹殺するとか、過去の自分自身を殺してしまうとか。こういうことをすると、「現在」が崩壊してしまいます。ですから、過去をいじくり廻したとしても、歴史通りの「現在」に収斂しないといけません。リンカーン大統領やキング牧師を暗殺から助けたりしてはいけないのです。SFの分野では、そういう改変を犯罪として取り締まる「タイム・パトロール」という概念が設定されています。半村 良の『戦国自衛隊』も、自衛官たちが日本の戦国時代にタイムスリップするものの、そこには織田信長などが不在で、いつの間にか自衛官の一人が織田信長となって本能寺で死ぬという辻褄合わせで「タイム・パラドックス」を解決していました。

ところが、この映画は過去に警告メッセージを送るという試みが頓挫すると、Denzel Washington自身を過去に送り込もうとします。FBIはタイムマシンも開発していたわけです。百歩譲って、それもよしとしましょう。Denzel WashingtonはPaula Pattonに惚れてしまったので、何としても彼女の生命を助けたい。気持は分ります。しかし、彼女が死んだ事実は変えられないので、この映画の製作者たちがどう落とし前をつけるつもりなのかが興味の的になります。ところが、この映画は恥も外聞もなく過去を改変してしまいます。フェリーはテロに遭わず無事に済み、543人の乗客・乗務員も無傷、Paula Pattonも生き返るのです。

彼らの拠り所は特殊捜査部門の黒人女性オペレーターが説明する論理です。「時間の流れは過去から未来へと流れる。これはミシシッピ川の流れが上流から下流に流れるのと同じである。しかし、ミシシッピ川の一部をせき止め、流れを支流に誘導することは出来る」 これはSFの世界では「パラレルワールド」と呼ばれているものです。過去の改変によって世界が枝分かれするというもので、これは過去の改変によって起る「タイム・パラドックス」を解決しようという安易な便法に過ぎません。これが許されるなら、勝手に過去をいじくり廻す無法なタイム・トラヴェラーの数だけ「パラレルワールド」が存在することになり、この世界は文字通り混沌としたものになってしまいます。

ATFの同僚を殺されたDenzel Washingtonが、怒りに燃えてFBI製の過去を映し出す撮像装置を備えた車で犯人を追います。高速道路を逆走したりしてスリル満点のシーンですが、よく考えると彼は4.5日前の犯人の車を追跡しているだけなのです。たとえ、彼が犯人の車に追いついたとしてもそれは4.5日前の位置というだけのことであって、実際に犯人を捕らえることは出来ません(現在、犯人はもうそこにいないので)。単に犯人の住処を突き止めることしか出来ないので、いささかがっかりです。

犯人に殺されかけたPaula Pattonを救い、彼女をアパートに送り届けてからが面白い。初めてこの部屋を訪れた時にDenzel Washingtonが、彼女はここで殺されたと考えた血の付いた衣類や脱脂綿などは、全て彼自分のものだったのです。このどんでん返しはなかなかいい着想です。しかし、壁のボードに立体文字で"U can save her"というメッセージを彼が残すのは理解出来ません。未来の自分へのメッセージだとしても、彼はもうこの時点で彼女の命を半分救ったも同然であり、こんなメッセージを残す必要性は見当たりません。

結局、テロを阻止しPaula Pattonの命は救えたものの、Denzel Washingtonは水没した車から出られず溺死します。彼の死を悲しんでいるPaula Pattonのところへ、事情聴取のためやって来た捜査官は何とDenzel Washington(!)。彼は「パラレルワールド」で自分の分身(?)が過去をいじくり廻したことを全く知らず、数時間前に彼女とキスしたことさえ知りません。しかし、Paula Pattonは彼の無事を手放しで喜ぶのでありました。めでたしめでたし。

製作者たちは、時間の支流(パラレルワールド)がこうして本流(現在)に合流し、「全て世はことも無しなのよ。へへへ」と云いたいのでしょう。ところで、ミシシッピ川に沈んだ車が引き揚げられた時、その中で死んでいるDenzel Washingtonはどうなるの?捜査官Denzel Washingtonが自分自身の死体を検分し、調査することになるんだけど?

(May 10, 2007)





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