【Part 2】

わざわざ「1973年」という字幕を出しているのは、ヴィエトナムをルイジアナの湿地に置き換えたのだという目配せですね。ケイジャンが登場するシーンで尺八が鳴るというのも、アジアを象徴する音色と考えられます。現地人が"comfortable"（快適）に過ごしている地域へ侵入し、彼等の仕事（漁、猟）を妨害し、銃撃によって脅かし、果ては住居を焼き払う。これらは全てヴィエトナムで米軍がやったことです。また、姿なき敵、地の利を得た敵に追い回され、一人、また一人と殺されて行くのも米軍が体験したことです。

'Deliverance'『脱出』 (1972)と決定的に違うのは、あちらは現地人の不条理な敵意による攻撃であるのに対し、こちらは徹底的に州兵が悪いがゆえに報復されることです。これもヴィエトナム戦争におけるアメリカの“犯罪”を示唆しているように思えます。

後半のケイジャンの攻撃の一つに、何本もの木を州兵めがけて倒すというのがあります。見た目には派手でいいのですが、どうも現実的には思えません。先ず、あと一押しで倒れるまでに木を切っておくにはチェイン・ソーが必要です。チェイン・ソーを使えば州兵達に気付かれておじゃんです。腕で切るのではたった三人のケイジャンでは準備に数時間かかるので大変です。そもそも、道に迷っている州兵達がそこを通るという保証もないのに、よくまああんな仕掛けをしたものです。道路なら通る確率は高いでしょうが、どちらを向いても変化の無い湿地帯ですからね。

なお、クレディットにも出て来ますが、原題'Southern Comfort'には同名のお酒があって、わざわざその会社の許可を得て使っているのだそうです。直訳すると「南部の快適さ」という感じで、映画の内容と考え合わせると非常に皮肉なタイトルになっています。意味的には'Southern Hospitality'「南部の歓待」あるいは「南部のおもてなし」の方がもっと（反語的で）いいと思いますが、映画の題名としては柔らか過ぎるかも知れません。

この映画に関するアメリカ人の批評を読むと、大方が最後のケイジャン集落におけるお祭りのシーンを高く評価しています。陽気な音楽と裏腹に、ケイジャン達がいつか州兵の生き残りに一斉に襲いかかるのではないかとか、すぐケイジャンの狙撃者達が現われるに違いない、というサスペンスを誉めているわけです。黒澤の『野良犬』の刑事と殺人犯の格闘を、モーツァルトか何かの平和なピアノ演奏をバックに見せられていますから、別にこのケイジャンのお祭りシーンが新鮮には見えません。逆に長過ぎるというのが正直な感想です。

ラストがいまいち良く解りません。脱出した州兵、その頭上のヘリコプター、州兵の眼前の軍のトラック。これらが全部スローモーションになり、何度か交互に出て来ます。トラックの運転手やヘリのパイロットの顔はみえません（意図的に隠している）。最後に、トラックの腹に描かれた★マークがアップになって終り。★マークは「これがアメリカなんだ」という自嘲的なメッセージでしょうが、彼等が救助されたところを見せずに終っているのは何か意味があるのでしょうか？「まだヴィエトナムのツケは終っていない」とでも云うのでしょうか？意味有りげなだけで、こういうよく解らない、欲求不満になるようなエンディングは止めて貰いたい。

私はカメラマンなので、どうしてもレンズの後ろのスタッフを考えながら観てしまいます。想像してみて下さい。カメラに四名（撮影監督、オペレーター、アシスタント二名）、録音二名、照明その他雑用係四名、メーキャップ二名、美術（木を植えたり抜いたりする係）六名、特効（霧を作り出す係）一名、スタントマン五名、監督、助監督、記録係、ロケ・マネージャー…ここまででも28人です。多分、機材や衣装の運搬係、食事の係、俳優の付け人、たまにはプロデューサーも現場に来るでしょう。俳優は常時9名として、多分50名近い人数が湿地で水に浸かって一日中過ごすのです。これは大変なことです。私にやれと云われたら、正直云って嫌ですね:-)。腰も下ろせないような場所で一日撮影するって想像を絶します。

なお、この映画では寒い季節を選んでいます。これには理由があります。私の経験はお隣りのフロリダ州の湿地帯でしたが、一月でも蚊の大群の猛攻に遭いました。蚊の繁殖が絶頂を極める夏だったら、とても生きて帰れない感じです。もし、この映画の季節が夏だったら、州兵達はケイジャンの攻撃の前に、蚊の無差別攻撃による悲劇に見舞われることでしょう。

(May 18, 2001)