[Poison] Bright Road
(未)

【Part 2】

たった68分の映画なので、焦点はDorothy DandridgeとC.T.に絞られています。Dorothy DandridgeとHarry Belafonteが、お互いに好感を抱く様子は感じられるものの、二人のロマンスは描かれません。C.T.の大家族のシーンもクリスマスの晩餐で一度出て来るだけです。なぜ、C.T.が子供らしい考え方をしなくなったのか、その原因などは触れられません。要するに児童心理学などはどうでもよく、熱中教師と屈折した生徒の師弟愛に収斂しているわけです。これは原作が、ある婦人雑誌の読者投稿コンテストのベスト・ワンになった短編だったということと関係あるでしょう。心温まるストーリィではあるものの、それ以上深みがある物語ではありません。

Dorothy Dandridgeは美しく、初々しさや健気さを巧みに表現しています。彼女は翌年、再びHarry Belafonteと組んで'Carmen Jones'(歌劇『カルメン』の現代アメリカ版)でアカデミー賞候補になったり、ミュージカル映画『ポギーとベス』に出演したりしますが、才能の割にあまり認められず、不幸な結婚をしたり、ビジネスに失敗したりした後、41歳で精神安定剤の服み過ぎで亡くなってしまいます。薄幸な女優です。

映画の背景は定かではないのですが、Dorothy Dandridgeが休暇には「Mobile(モビール、アラバマ州)の家族のもとに帰る」とか行っていますから、アラバマ州かお隣のジョージア州でしょうか。ニューヨークへ行ったことのある子供が数人いるそうなので、ニューヨークに少し近いジョージア州が有力です。アラバマは貧しい州なので子供たちの身なりは映画ほど良くない筈です。Tanyaを診察に来た医師が白人であるというのが引っ掛かります。この当時、まだ深南部の人種差別は激しく、黒人は黒人の医師にしか診て貰えなかった筈です。ヴァージニア州かノース・キャロライナ州なら分りますが…。

なお、私の住むミシシッピ州Meridian(メリディアン)で「ニューヨークへ行ったことある?」と聞いたら、白人の大人でさえ多分十人に一人いるかいないかでしょう。黒人だともっと減ります。列車では二日がかりですし、車では三日、飛行機は高い。滞在費(ホテル代や食事代など)も世界一高い都市ですし。知人の元高校教師でさえ定年退職するまでニューヨークへ行ったことはなく、最近になって「今度行くのよ」と興奮していたほどですから。日本人の大多数が、少なくとも一度ぐらいは東京へ行ったことがあるのと対照的です。

この映画が公開された翌年に「公教育の場における人種差別は憲法違反」という最高裁判決が出ています。そのまた翌年に「モンガメリ(アラバマ州)のバス・ボイコット」が始まって一年間続きます。その中でキング牧師が登場し、公民権運動が燎原の火のように全米に広がって行きます。この映画の公開時には黒人の誰一人気づかなかったわけですが、まさに原題のような"Bright Road"(輝ける道)が目の前に続いていたわけです。【参考:『公民権運動史跡めぐり』

学園ものだけに、"Pledge of Allegiance"(忠誠の誓い)が見られます。始業前に起立して国旗に向かい、左の胸に手を当て、以下を唱和します。 "I pledge allegiance to the flag of the United States of America and to the Republic for which it stands, one Nation under God, indivisible, with liberty and justice for all." 最近ではこの"under God"の部分について異を唱える人々が出て、裁判沙汰にまでなっています。多民族、多宗教の国なので、キリスト教の"God"を全ての国民に強制するのは憲法違反だというわけです。

子供たちは最初"I ain't do nothing."(何もしなかった)などと発言し、それを教室の誰も咎めません。これは主に黒人や南部の白人が使う云い方で、二重否定ではなく、否定を強調する只の冗長な云い回しです。和田 誠が有名にした"You ain't heard nothing yet."(お楽しみはこれからだ)という台詞も同類です。映画の後半になると周囲の皆が咎めだてし、話し手は""I ain't do anything."と正しく云い直すようになります。二つのシーンの間にDorothy Dandridgeが教育したことが実を結んでいることを、さりげなく間接的に表現しているわけです。

子供たちの遊びで"Three Blind Mice"というのが出て来ます。大勢が手を繋いで輪を作り、中に猫の役の子が入ります。"Three Blind Mice"という歌を歌いながら、かなり早いテンポで輪になった子供たちがかけ廻ります。"Now!"という猫のかけ声で猫に捕まった子供が、今度は猫になります。一見「かごめかごめ」風に見えますが、のどかな「かごめかごめ」とは大違いです。

"Three Blind Mice"のメロディは、この映画のテーマとして、繰り返し変奏されます。無邪気な明るい曲なのですが、C.T.はこの歌と遊びを嫌悪しています。「おれはネズミじゃない」と主張します。生き物は好きでもネズミは嫌いなのです。

羽化した蝶を生徒たちが捕まえようとすると、C.T.が「やめろ!」と邪魔します。生徒の一人がHarry Belafonteに「C.T.が叩いた!」と訴えると、Harry Belafonteは「C.T.は正しい。蝶だってFreedom(自由)が欲しいんだ」と諌めます。ここにも「C.T.と蝶」、「黒人と差別の無い自由」という隠喩があるようで、これがこの映画のメッセージなのでしょう。

(January 18, 2006)





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