[Poison] Steamboat Bill, Jr.
『キートンの蒸気船』

【Part 2】

傑作'The General'『キートン将軍』(1927)にしろ、この作品にしろ、当時のアメリカでは興行成績は悪く、批評家からも評価されなかったというのですから驚きです。Buster Keatonの映画は彼の仮面のように凍った表情に代表されるように、Charlie Chaplin(チャーリィ・チャップリン)の情緒的・センチメンタリズムとは無縁で、ドライな身体的スタントが売りです。Buster Keatonが擁していたギャグ作家たちの創造力とセンスも凄いと思います。しかし、現在傑作として愛されているこのような作品群を次々と生み出したにもかかわらず、世に受け入れられず、Buster Keatonは自分のプロダクションを解散し、一俳優としてMGMと契約することになります。これは本人が「生涯で最悪の決断だった」と云っているように、以後の彼の活動は過去の傑作を越えられないもので終りました。

ボストンから息子が父親宛に打った電報(画面にクロースアップされる)では、間違いなく「土曜日に着く」と書いてあります。で、その日は「母の日」にあたっていて、町中カーネーションだらけで、折角息子が準備した白いカーネーションは意味がないことになります。私は「あれ?母の日って日曜じゃなかったっけ?」と思いました。Wikipediaで検索すると、イギリスの元祖「母の日」は奉公先から親元へ帰れる英国版“薮入り”でしたが、アメリカの「母の日」は南北戦争直後に「もう夫や息子を戦争に送らない」という“母親の平和を願う意思”を示すための日としてある女性から提案されたものだったそうです。しかし、次第にそれは母親一般に感謝する日となり、1914年に「母の日」はアメリカの祝日(5月の第二日曜日)と定められました(現在の日本も同じ日)。ですから、この映画が製作された1928年当時は土曜日が母の日だったわけではないようです。一体、どうして「土曜日」という字幕になったのでしょうか?

初めの方で、親父が息子の帽子を選ぶシーンも可笑しい。その終り近くにBuster KeatonのトレードマークであるPorkpie hat(豚肉入りパイ型帽子)と呼ばれるものが出て来て、Buster Keatonが慌てます。これは完全な楽屋落ちですね。なお、彼のこの帽子はヤケに浅いのですが、市販のものではなく手作りだとのこと。で、折角買った帽子は、店を出た途端に突風で川面へと飛んで行ってしまいます。

英米人の紹介記事の多くで、この映画の嵐のことを"cyclone"と云っています。「サイクロン」というのはインド洋などで発生するものを指すと覚えていましたので、「一体どういうこと?」と戸惑いました。日本語版Wikipediaに「英語のcycloneは、低気圧、暴風全般を指す語」とあり、「あ、それなら解る」と納得した次第です。

以下はBuster Keatonの自伝や伝記で確認しないといけないのですが、なぜ死ぬかも知れないようなスタントを行なったかについての推論を読みました。一つは(最初に書いたように)当時彼が心血を注いだ作品群がヒットせず、プロダクションを解散して彼がMGMと契約する話が進行していたこと。これまで実質的に(名義は別)脚本・監督を務めて自由に映画作りをして来たのに、MGMでは単に雇われ俳優ですから天と地の開きがあります。もう一つは、彼との間に二児をもうけた妻が離婚を申し立て、子供たちとの面会も拒否していた時期であること(妻はBuster Keatonの浮気を疑い、私立探偵まで雇っていたそうです)。そんなこんなで、Buster Keatonは自棄になっていて、危険など全く恐れなかったというのです。この推論が本当だとすれば恐ろしい話です。しかし、彼は建物の壁が倒壊する時、ちゃんと窓枠で助かる位置に立っていたのですから、「死にたい」とまでは思っていなかったわけで、そこが唯一救いです。

(December 04, 2007)





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