[Poison] Steamboat Round the Bend
『周遊する蒸気船』

【Part 2】

その蒸気船レース、今なら全てコンピュータで何隻でもお望みのままに画面に並べられるでしょうが、1935年ですから全て本物を川に浮かべているわけです。大型蒸気船からWill Rogersの中型蒸気船までがミシシッピ川をびっしり埋めてスタートします。煙突から出る黒い煙、蒸気の白い煙で空が覆われてしまいます。壮観です。見守る群衆もコンピュータによる複製ではなく、本物の人間たちです。

レースが始まってからのいくつかのエピソードもよく考えられています。それまでのノッタリしたテンポがここに来てにわかに急速になり、遅い筈の蒸気船まで(低速撮影によって)スピーディに走り出します。

Will Rogersの船は薪が無くなって家具や備品を燃やし、果ては救命ボートや甲板まで壊して燃やしちゃいます。'Go West'『マルクス二挺拳銃』(1940)で、蒸気機関車を走らせるために貨車を壊し、仕舞いには無蓋車のようになってしまうというギャグがありましたが(凄く可笑しい。必見)、こちらの蒸気船が五年も前に発表していたネタだったのですね。

このDVDにはコメンタリーがついています。「こんな古い映画に生きている関係者なんかいないだろうに」と思ったら、案の定、John Fordの伝記を執筆した映画評論家Scott Eyman(スコット・アイマン)の解説で、殆どはWill Rogersの生い立ちや当時の映画界に関する話が主です。彼は撮影に関係したわけではないのですから当然ですわね。彼の「推測」ですが、撮影は'Steamboat Bill, Jr.' 『キートンの蒸気船』(1928)と同じカリフォーニア州のサクラメント川だろうとのことです。彼の見解では「当時は撮影機材、照明機材も大型で重く、ロケーションに出るのは大変だった。スタッフ・キャストを運ぶのにも金がかかった。だから、製作者たちはなるべくならハリウッド周辺で撮影を済ませたがった。低予算の映画であればなおさら」と云っています。で、この映画も低予算でした。到底ミシシッピ川まで撮影に来ることなど夢のまた夢だったわけです。しかし、ミシシッピ川の雰囲気はとてもよく出ています。

Will Rogersはこの映画を撮り終えた後、自家用飛行機が墜落して亡くなってしまいました。彼の死後二週間でこの映画が公開されましたが、製作者は最後のシーンを変更して配給しました。もともとは、若い男女(John McGuireとAnne Shirley)の船出を見送って手を振るWill Rogersの姿がエンディングでした。しかし、彼の死がまだ生々しい時期だったので、「この世の人々に別れを告げるWill Rogers」という感じになってしまい、観客を泣かせ過ぎるだろうという心配からだったそうです。

ライヴァル船'Pride of Paducah'号の"Paducah"は、ケンタッキー州の町の名前のようですが(テキサス州にも同名の町がある)、Will Rogersの船'Claremore Queen'の"Claremore"は、Will Rogersのホームタウン(オクラホマ州)の名前。

邦題『周遊する蒸気船』はおかしいと思います。関係者は原題'Steamboat Round the Bend'の"round the bend"を何とか日本語にしたかったのでしょうが、これには「周遊」という意味はありません。"round trip"(周遊旅行)とは違うのです。ミシシッピ川は蛇のようにのたくっていまして、その曲がり角が"bend"です。この映画でも私がPart 1に書いたように、正面の曲がり角からゆっくり蒸気船の姿が見えて来た時発せられる言葉が"Steamboat round the bend!"です。蛇行している川ですから、対向船は突如曲がり角から出現するわけです。ですから、"Steamboat round the bend!"は「曲がり角に対向船発見!」とか「曲がり角に蒸気船(現わる)!」という確認の掛け声ですね。

(December 17, 2007)





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