[Poison]

Baby Doll

『ベビイドール』

【Part 2】

'A Streetcar Named Desire'『欲望という名の電車』で大成功を納めた監督Elia Kazan(イーリア・カザン)の製作、演出で、Tennessee Williamsも共同製作者の一人です。つまり、『欲望という名の電車』で味をしめた御両人が、二匹目のどじょうを狙ったという感じ。

なお、Elia Kazanには別の目論見もあったようです。『欲望という名の電車』で、彼が主宰者の一人であるアクターズ・スタジオのメンバーMarlon Brando(マーロン・ブランド)をスターダムに押し上げ、この映画の前年'East of Eden'『エデンの東』でJames Dean(ジェイムズ・ディーン)もスターにしました。同じアクターズ・スタジオのCarroll Bakerは、この年'Giant'『ジャイアンツ』の傍役でデビューしたのですが、Elia Kazanは彼女を第三のアクターズ・スタジオ特製スターにしようとしたのだろうと思います。“ダーティ”という評判もあって、このCarroll Baker売り込みは大成功でした。

アクターズ・スタジオはブロードウェイの役者のための“学校”で、スタニスラフスキー・システムを取り入れたリアルな演技を目標としていました。創立者はLee Strasberg(女優Susan Strasbergの父)とElia Kazan。二人の演出が成功を納めたことにより、大スターたち(エリザベス・テイラー、マリリン・モンロー等)までアクターズ・スタジオに入門するという大盛況でした。

肝心の物語ですが、“ダーティ”である以前に、出て来る連中が嫌な奴等ばかりでそのどれにも感情移入出来ず、観ていて苛々します。先ず、私は"Baby Doll"が嫌いです。こんな勝手な女は許せません。結婚し、一年半も待っている男をないがしろにして初めて会った男とイチャイチャして、夫以外なら誰でもいいという態度が不遜です。Karl Maldenも馬鹿な男で、なぜ放火などという大それたことをするのか。明日は晴れて嫁さんを抱けるという晩にやるようなことではありません。この男には吐き気がします。上の二人に較べると、Eli Wallachはごく普通の人間に見えるから不思議です。しかし、このようないけ図々しい男は危険きわまりないし、やはり嫌いです。

しかしまあ、「登場人物が嫌いだ」と云うだけじゃ身も蓋も無いので、もう少し書きましょう:-)。

多分、Tennessee WilliamsとElia Kazanの二人は過去の成功を分析し、それらのいい要素を抽出し、ないまぜにしようとしたのだと思います。『エデンの東』のJames Deanは"naive"な個性を表現したということで話題になりました。Carroll Bakerに指を咥えさせ、世間知らずで触れなば落ちんという女性にしたのも、非常に似通った傾向です。『欲望という名の電車』ではあくの強い役と演技のMarlon Brandoが世界の注目を集めました。ここではEli Wallachのねちっこい役がそれにあたります。南部ということと、セックスの話なので『欲望という名の電車』同様、白黒映画に戻しました(前年の『エデンの東』はカラーでシネマスコープ)。

ミシシッピ州で撮影し、軽い役は現地人を雇ったようです。じっと見守る人とか笑うだけの人などは、役者ですらなくエキストラから引き抜いただけ人々でしょう。こういうやり方は最近では非常に多く、大体上手くいっていますが(NHK TVの佐々木昭一郎ドラマなどがその典型)、この作品ではそうも云えません。素人のシーンは何度もテークを重ねたせいか、勢いが無く、独立したカットのように成り下がっています。ちゃんと流れていず、そこでストップしてしまいます。録音がひどくて、音質まで変わっています。

火事の現場で黒人、白人が面白そうに笑っている顔が出ます。いくら南部でも、人の災難を笑う奴はいないと思います。ミシシッピ州の作家がこういう脚本を書くとはねえ。

Karl Maldenが、いきなり他人の工場に放火するというシーンは準備不足です。そこまで思い詰めた怒りとか、狂気が描かれていなくて、あまりにも唐突過ぎます。「いいことを思いついた!」というようにニッコリして火を点けますが、これってあまりにも脳足りんではないかい?

抜け目の無さそうなライヴァルが家にやって来たのに、Karl Maldenは女房を残して工場へ行っちゃいます。何故、行っちゃうの?"Baby Doll"が大事なら、Eli Wallachが引き上げるのを見送るべきでしょうに。

案の定、Eli Wallachは"Baby Doll"を口八丁手八丁でたぶらかし、興奮させてしまいます。特にブランコの上での息詰まるような攻め方が凄まじい。ここが“ダーティ”と云われた原因でしょう。その余韻をかって、彼は"Baby Doll"の「夫は夕食後に外出した」という署名入りの証言を手に入れてしまいます。しかし、いくら夫が脳足りんであって、見知らぬ男の性的アプローチにおののいていたとしても、夫のアリバイを崩すような証言をするものでしょうか?まあ、彼女にとって、Karl Maldenは「何でもない、虫けら以下の存在」だったとすれば、それもあり得るのでしょうが。

(April 04, 2001)





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