November 15, 2017

虎の飼育法

 

Tiger Woods(タイガー・ウッズ)の父親Earl(アール)執筆による、子供をゴルフの傑物に育てる方法。親馬鹿の自慢話じゃないかと思って長く敬遠していたのですが、今回只同然で手に入ったので読んでみました。一般の父兄を対象に、どのように子供の好奇心を伸ばし、どう援護していくべきかを説きつつ、興味深いTiger育成秘話が散りばめられています。

[Woods]

私にとってはTiger Woods“は天才的ゴルファー”などという範疇ではなく、Jack Nicklaus(ジャック・ニクラス)をも圧倒するような“化け物”でした。それはEarl Woodsは、子供だったTigerが「お父ちゃん、練習に連れてって」と云えば、毎日でも応じられたような恵まれた境遇でTigerを育てられたからです。一般の親は、そうはいかないでしょう。ですから、われわれには“化け物”を育てることは不可能でしょうが、“化け物”はどう育てられたのかを知る意味ではとても興味深い本です。

'Training A Tiger'
by Earl Woods with Pete McDaniel (HarperPaperbacks, 1997, $5.99)

Earl Woods(アール・ウッズ、1932〜2006)はカンザス州の下層労働者であり野球ファンだった父と、黒人とヨーロッパ人混血で短大卒の母との間に生まれた。彼は野球選手たるべく奨学金を得て、カンザス州大で学んだ。彼は最初の結婚で三人の子供をもうけたが離婚。グリーン・ベレーの中佐として二度ヴィエトナム戦争に派遣されてタイに駐屯中、彼はタイ人女性Kultida(クルティダ)と知り合い、アメリカに帰国後二人は結婚した。1975年、彼らの息子Eldrick(エルドリック)が生まれた。Earl Woodsは、親しかった勇敢なヴィエトナム軍パイロットの愛称にあやかって、息子を"Tiger"(タイガー)と呼んだ。

「ニューヨークの基地で勤務していた時、ある黒人の同僚が一緒にゴルフしようと誘った。彼は、当時珍しく黒人のプロ・ゴルファーを父に持ち、そのキャディを勤めたこともあると云う。私はそれまで一度もゴルフ・クラブを握ったことがなかった。私の最初の一打は、ボールはほとんど動かず、地球の反対側の中国を脅かす地響きを立てただけだった。私の同僚は、三ホール向こうまで聞こえるような高笑いをした。彼は誰彼構わず、私のヘボ・ゴルフについて話して廻った。私は、この新しいゲームの虜になっただけでなく、この同僚に一矢報いる決意をした。

問題は、彼が六週間後には除隊してしまうことだった。私は熱心に、だが秘かに練習した。彼の除隊予定日の三日前、私は彼に挑戦状を突きつけた。公式スコアラーとして別の同僚を迎えて、われわれはマッチ・プレイを行い、私が勝った。彼は唖然とした。

Tigerが生まれる頃、私はほぼスクラッチ・プレイヤーになっていた。

子供に何本ものクラブを購入する必要はない。最初は一本のアイアンとパターで充分である。Tigerの最初のクラブは7番アイアンだった。小さい子供のクラブは正しい長さにするだけでなく、ヘッドも削って重さも変え、さらに子供の手に合う太さのハンドルを装着せねばならない。これらは専門家に任せることを勧める。

Tigerは六歳になるまで十本指で握るベースボール・グリップをしていた。

【編註】本には20歳前後のTigerによるグリップの写真が掲載されていますが、この本出版当時の彼の左手は親指の下の膨らみでハンドルを押さえています(Ben Hogan型)。Tigerが後年に出版した'How I Play Golf' (2001) の写真では、生命線の下の膨らみでハンドルを押さえています。多分、Butch Harmon(ブッチ・ハーモン)の指導による変化でしょう。

・第一段階 パッティング

私は、最もシンプルなスウィングであるパッティングからゴルフ習得を始めるべきだと信ずる。ゴルフはグリーンからティー・グラウンドへと逆に教えられるべきである。

【編註】Tiger自身が出版した'How I Play Golf' (2001) も、同じようにパッティングからフル・スウィングへと編集されています。

子供のパッティングに重要なのは、子供の背の高さに合ったパターの長さと、手にフィットするグリップのサイズだ。それが調整が出来たら、パッティングを教えることが出来る。

最初は3メートル位の距離から、下手投げでボールを抛らせる。これは簡単で自然な動きによって子供の距離感を開発する。これを三回か四回連続で行わせ、次に何度か目を閉じて投げさせる。この練習は、ターゲットを見ずにパットする動作に自信を与えてくれる。この練習を親子で競争すると、楽しさが増す。

下手投げに慣れたら、いよいよパターを持つ時である。様々なグリップを試させ、子供が一番快適に握れるスタイルを選ばせる。

最初のパッティングは30センチか、60センチのパットをさせる。この距離だと成功率が高いので、子供にやる気を起こさせる。子供が目をカップとボールに往復させた時、『カップのイメージを目に焼き付けたか?』と問いかけること。答えがノーであれば、再度狙いを付けさせる。テクニックが上達したら、距離を伸ばす。

・第二段階 ショートゲーム

 

20ヤード離れたところからチップさせる。

20〜100ヤード離れたところからピッチングさせる

・第三段階 フル・スウィング

ゴルフはパッティング→チッピング→ピッチングと教えるべきだと述べたが、Tigerの場合は別な道筋だった。Tigerは、車庫に張ったネットに向かってボールを打つ私を、幼児用の高い椅子に座って見ながらフル・スウィングを理解し学んだ。それはエンドレスの映画のように、何度も何度も繰り返されたので、Tigerはチッピングやピッチングの前に、フル・スウィングを覚えてしまったのだ。

Tigerが満十ヶ月の頃。私が休憩する時、Tigerの椅子のベルトを外してやった。彼は自分のパターを手によちよちと私の打席に向かい、ボールを選び、セットアップし、ボールをネットに打ち始めた。私はびっくり仰天し、椅子から転げ落ちそうになった。急いで妻を呼びに行った。Tigerは彼のお父ちゃんのようにボールを打っていた。

唯一お父ちゃんと違っていたのは、Tigerは左利きのように打っていたことだった。彼が、お父ちゃんの打つ方向は逆であるということに気づくのに二週間かかった。ある日、スウィングの途中で、彼は突如スウィングを中断し、ボールの反対側に移り、グリップも右利きに変え、何ごともなかったかのようにボールを打った。私はグリップを左利きから右利きに変えろなどと、一言も口にしなかったので、非常に特別なことが目の前で起ったと感じていた。それはスポーツマンとしての本能がさせた行動だった。

【編註】Phil Mickelson(フィル・ミケルスン)の父親も息子に同じことをしました。父親は裏庭でチッピング練習する際、息子を正面に座らせたのです。息子はミラー・イメージによって左利きのスウィングを頭に刷り込んでしまいました。Tigerは自分でスウィングの方向をチェンジしたのですが、Phil Mickelsonはそうではなかった。大きな差です。

子供には監督し過ぎはいけない。遊ばせるべきだ。

Tigerが18ヶ月で、五以上数えられなかったのに、直観的にパー5、パー4、パー3を知っており、自分のスコアだけでなく、私のスコアまで数えていて『ダディはダブル・ボギーだね』などと云った。

Tigerが四歳の時、私は彼の才能にとってはプロの指導が必要だと実感し、TigerをPGAインストラクターの手に委ねた。

Tigerが私よりいいスコアで廻ったのは、彼が11歳の時だった。

Tigerが13歳の時、Pro-Amで廻ることになった相手は、当時まだ無名だったJohn Daly(ジョン・デイリィ)であった。TigerはJohn Dalyの飛距離に魅せられた。この当時、プロもアマも同一ティーから打ったのだが、No.14までTigerが二打リードしていた。John Dalyはギャラリーに向かって『おれが13歳に負けるなんて許せないね』と云い、その通りにした。彼は残り四ホールで三つのバーディをものにし、Tigerを破ったのだ」

 

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この本の副題は「ゴルフと人生の勝者を育てる」となっています。著者Earl Woodsは幸せ者です。彼は登り竜だった頃のTigerだけしか知らず、ゴルフと人生の勝者を育てたと確信して亡くなったのですから。もし、彼がTigerの醜聞と肉体的凋落を知ったら、この副題は修正したことでしょう。ま、財政的にはTigerは未だに成功者でしょうけど。

【参考】「Butch Harmon(ブッチ・ハーモン)とTiger Woods(タイガー・ウッズ)」(tips_136.html)

【おことわり】Tiger親子の画像はhttp://www.historicgolfphotos.com/にリンクして表示させて頂いています。

(November 15, 2017)

日替わりスウィート・スポット

クラブ・フィッターにアイアンのライ角を修正して貰ったのに、私はそのほとんどをクラブフェースの中央で打てません。このクラブ・フィッターはアイアン以外のライ角は直せないので、ウッドとハイブリッドに関にしては自分でそれぞれのクラブの中心で打てるアドレス法(ボールへの添え方)を見つけなくてはなりません。

数週間前、ハイブリッドでアドレスすべき位置を見つけた後、クラブの上端にマジック・マーカーで印を付けました。どちらもフェースの真ん中から1センチほどトゥ寄りでした。最近になってまたテストしたところ、何とその位置は大きく変わっていました。どちらもフェースの真ん中になっていました。

[sweetspot]

これは厄介です。「本日のスウィート・スポット」てなもんで、こう毎日ころころ変わるんでは、ラウンドする前に必ずチェックしなくてはなりません。何がいけないんだろう?インパクトで体重が爪先にかかるようなスウィングをしてるんだろうか?この場合、僅かでも手が伸びることになり、結果的にフェースのヒール側で打つことになります。しかし、全てのクラブをヒール側で打っているわけではありません。【写真は左から5、6、7、8、9、PW】御覧のように、5番と8番はトゥ側で、ピッチング・ウェッジ(右端)だけがヒール寄りです。

先週末、またもやNo.9(270ヤード)パー4で、私は二打目の9番アイアンをピン傍10センチにつけて、バーディ。よく見ると、8番アイアンの“私のスウィート・スポット”は、フェースのほぼ真ん中です。これが、このクラブを上手く打てる理由かも知れません。

Sam Snead(サム・スニード)は「打撃のための大きな筋肉は脚の裏側、肩、背の中程など背面に位置しており、それが体重を、爪先や拇指球(ぼしきゅう、親指の下の丸い膨らみ)などでなく、踵方向に掛けるべき理由の一つなのだ」と云っていました。私はAnnika Sorenstam(アニカ・ソレンスタム)推奨の拇指球体重をしていました。これがいけなかったという可能性はあります。

次のラウンド前、踵体重で打ってみました。僅かにボールを打つ位置は変化しますが、やはりフェースの真ん中にはなりませんでした。体重の掛け方よりも、アドレス時にどちらかというとゆったり構えた両手・腕が、インパクトでそのままならちゃんと打て、伸びたりするとヒール寄りで打つ原因のように思われました。

私はドライヴァーを打つ時、両手をすんなりと伸ばすようにしています(突っ張るのではなく)。これだとほぼ毎回スウィート・スポットを外さずに打つことが出来ます。アイアンでも同じようにすべきではないか?と思われました。

【参考】
・「スニードの 飛ばしたきゃケツを突き出せ」(tips_159.html)
・「拇指球に体重を乗せよ」(tips_153.html)

(November 15, 2017)



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